VARIAN RT REPORT
2018年9月号
ここまでできるがん放射線治療シリーズ No.8
免疫放射線療法への期待
太田 陽介(兵庫県立がんセンター放射線治療科)
PACIFIC試験がもたらす地殻変動
切除不能局所進行非小細胞肺癌を対象として,根治的化学放射線療法(CRT)後のデュルバルマブ投与の有効性を評価したPACIFIC試験は,11.2か月もの無増悪生存期間改善を示し1)(図1),全生存期間においても有意な改善を達成したと発表された。本試験は,免疫療法の開発がいよいよ根治治療対象となる局所進行がんへ拡大されてきていることを示すのみならず,これまでの治療体系を大きく変革する可能性を秘めている点でインパクトが大きい。
実際に,デュルバルマブへの期待は大きく,「地固め療法は全例デュルバルマブに変更」というだけでなく,「手術対象のⅢA期もCRTしてデュルバルマブで地固めする方が,治癒率が上がるのではないか」というような議論も起こり始めている。CRTの適応が拡大する可能性が示唆されるとともに,今後は照射線量や照射野設定にも何らかの対応が求められるかもしれない。
腫瘍免疫活性化のトリガーとしての放射線治療
ニボルマブやペムブロリズマブ,デュルバルマブをはじめとする免疫チェックポイント阻害剤(ICI)の有効性が数多く報告されている。しかし,単剤での奏効割合は20%程度と十分とは言えず,今後は放射線治療を含む併用療法での治療開発に期待が大きい。併用療法の初期経験から,放射線照射された腫瘍細胞において免疫表現型の変化が生じ,腫瘍免疫が増強することが明らかとなってきた。
このような放射線照射による全身の腫瘍免疫増強により,照射野外の離れた病巣に腫瘍縮小効果が認められる事象をアブスコパル(遠達)効果と呼ぶ。アブスコパル効果は,放射線治療単独では頻度の高いものではないが,ICIとの併用により,その頻度や効果を高める可能性がある。従来の局所進行がんに対する根治的な放射線治療に加えて,再発・遠隔転移がんに対する腫瘍免疫活性化のトリガーとして,放射線治療の新たな役割が提起されている。
免疫放射線療法のrationale
放射線照射によるDNA損傷・細胞膜損傷や細胞内活性酸素の産生は,多くの転写因子やシグナル経路を活性化することで,腫瘍細胞の免疫表現型や免疫原性に変化を引き起こす。放射線照射による主要な免疫学的効果として,主要組織適合遺伝子複合体(MHC)クラスIの発現上昇による抗原提示の増加,カルレティキュリン発現とHMGB1放出による貪食・免疫誘導,FASリガンドの膜発現上昇によるアポトーシス誘導などが知られる。また,放射線照射による腫瘍細胞の崩壊は,腫瘍抗原とHMGB1をはじめとするダメージ関連分子(DAMPs)の放出により樹状細胞を刺激することで細胞性免疫応答を活性化し,結果として腫瘍抗原のクロスプレゼンテーションを強化することが報告されている2)(図2)。
免疫チェックポイント阻害剤と放射線治療の併用療法
ICIと放射線治療の併用療法については限られた知見しか得られていないものの,免疫誘導細胞死の増加による放射線増感効果を有する可能性が示されている。両者の併用により,ICIで誘導される免疫性細胞障害が増強することがその機序と考えられている2)(図3)。多くの前臨床研究において,併用療法による抗腫瘍効果の向上が報告されている3)。
併用療法によりアブスコパル効果が高率に発現することも報告され,注目されている4)。この全身的な腫瘍免疫増強効果は,放射線照射によるimmune-priming効果ととらえることができる。
以上から,ICIと放射線治療の併用戦略における2つの方向性が提起される。つまり,局所抗腫瘍効果の放射線増感戦略と,アブスコパル効果に示される全身腫瘍免疫の活性化戦略である。特に後者においては,単独療法では奏功割合の低いICIに放射線を併用することで,高率に全身の腫瘍を長期制御へ持ち込むという新たな治療目標が提起され,免疫活性化のトリガーとしての,新たな放射線治療の役割として大変画期的と考える。
免疫放射線療法における放射線治療の最適化
放射線照射によるimmune-priming効果を効率良く誘導するにはどのような線量分割が最適か,また,そのタイミングや併用順について,現時点で明らかとはなっていない。再発・遠隔転移例に対してはアブスコパル効果を期待した,主に緩和照射との併用に関する遡及的な報告が散見されるが,照射法や線量,分割回数については各研究で異なるものが採用されている。
免疫放射線療法の最初の臨床報告はMemorial Sloan Kettering Cancer Centerからの悪性黒色腫に対する緩和照射とイピリムマブの併用に関する29例の遡及的解析で,イピリムマブ導入時の緩和照射(線量中央値30Gy)併用例と維持期間中の併用例における全生存期間はそれぞれ,9か月と39か月と大きく異なり,ICI導入後の放射線治療が予後延長に寄与する可能性が示されている5)。これから最適な併用治療を考える上で大変興味深い。
免疫放射線療法の安全性
ICIの適応が拡大を続ける中で免疫放射線療法への期待は高いものの,やはり安全性への懸念は大きい。併用治療においては通常の放射線治療における有害事象の評価とともに,ICIに特有の免疫関連有害事象(irAE)増悪の有無についても慎重な評価が望まれる。多数例での緩和照射とICI併用に関して,特にirAEに着目した北米5施設からの遡及的解析が報告されている6)。2008〜2016年の悪性黒色腫,腎細胞癌,非小細胞肺癌の133例において,56例(34.6%)で1つ以上のirAEが経験され,特にICI投与前後14日以内の緩和照射でirAEが多い傾向(39% vs. 23%,P=0.06)にあった。また,投与線量の高い症例でirAEが多い傾向にあったものの,Grade 3,4は少なく,おおむね安全であった。
これまでの報告から,緩和照射とICIの併用において安全性には問題ないと考えられるものの,一部には有害事象増強の報告も見られる。併用療法における放射線性有害事象,また,irAEを考える上では,緩和線量と根治線量,通常分割照射と定位照射(寡分割照射),また,通常照射法とSRT/SRSや強度変調放射線治療などの高精度照射法は区別して評価していく必要があり,臨床においては引き続き注意深い適応判断や治療実施が望まれる。
まとめ
放射線照射による免疫活性化の機序が解明されつつあり, ICIとの併用療法による放射線増感効果に大きな期待を感じている。また,アブスコパル効果に示される全身免疫活性化のトリガーとしての放射線治療の新たな役割が,今後どのように展開されていくのかに興味は尽きない。われわれ放射線腫瘍医がイニシアチブをとって,十分に安全性を担保しながら,最適な免疫放射線療法の確立に向けて努力を続けていきたいと考えている。
●参考文献
1)Antonia, S.J., et al., N. Engl. J. Med., 377・20, 1919〜1929, 2017.
2)Sharabi, A.B., et al., Lancet Oncol., 16, e498〜509, 2016.
3)免疫チェックポイント阻害薬の治療・副作用管理. 佐藤隆美編, 東京, 南山堂, 2016.
4)Postow, M.A., et al., N. Engl. J. Med., 366, 925〜931, 2012.
5)Barker, C.A., et al., Cancer Immunol. Res., 1, 92〜98, 2013.
6)Bang, A., et al., Int. J. Radiat. Oncol. Biol. Phys., 98, 344〜351, 2017.