VARIAN RT REPORT
2018年3月号
ここまでできるがん放射線治療シリーズ No.3
スクリプト機能を活用した放射線治療計画に対する品質管理の効率化の現状
脇田 明尚(国立がん研究センター中央病院放射線治療科)
はじめに
近年の放射線治療は,ハードウエア・ソフトウエア双方の進化により高精度化が進んでいる。高精度な治療は複雑な技術により実現されるため,品質を担保しながら安全に治療を実施するためには一連の治療工程の品質管理が必須となる。とりわけ,放射線治療計画の作成時に発生するインシデントは,全治療期間にわたって患者に影響を及ぼす可能性があるため,重要な品質管理項目の一つとなっている。一方で,治療計画に用いられるパラメータは多種多様であり,すべてを手動で確認して計画の品質を担保するためには多大なマンパワーが必要となる。
上述した状況を改善するためには,機械的・自動的に治療計画のパラメータを抽出し,妥当であるかを判断する仕組みが有用となることが予想される。バリアンメディカルシステムズ社製の治療計画装置「Eclipse」(Version11以降)には,“Eclipse Scripting API (ESAPI)”と呼ばれる,治療計画のパラメータ
をユーザーが作成したスクリプトから呼び出すことのできるAPI(application programming interface)が搭載可能であり,これを用いることで効率的な治療計画の品質管理が可能となる。本稿では,当院でのESAPIを用いた治療計画の品質管理について例示しながら,その有用性を報告する。
Eclipse Scripting APIについて
ESAPIは,マイクロソフト社の“.NET Framework”上で動作する。C#言語を用いた開発が可能で,Eclipse上でスクリプトとして実行することで,さまざまな治療計画情報にアクセスし,ユーザーの目的に応じてデータを取り出すことが可能となっている。
当院における放射線治療計画の品質管理体制
近年の放射線治療計画は,治療計画装置と呼ばれるコンピュータと患者CT画像を用いて計画される。計画者は計画装置を用いて,腫瘍や近接する正常組織の輪郭を描出し,それに対して放射線をどのように照射するかを決定する。これらのプロセスには一定の確率でヒューマンエラーなどが含まれうるため,計画者以外が治療計画を第三者的に確認することで品質管理を行う。当院では,医師もしくは医学物理士(以下,物理士)による計画が完了した後,主担当医師のチェックを経て物理士2名によるダブルチェックを行い,その後に診療放射線技師(以下,技師)2名によるダブルチェックを経て治療が実施される。物理士と技師はそれぞれ別のプロトコールに基づいて治療計画のチェックを行うことで,ヒューマンエラーなどをより確実に発見し,安全な治療を行うことができる。
当院では,物理士が使用する治療計画のチェックプロトコールに基づいたスクリプトを作成し,計画者自身および物理士のチェック時にESAPIを通じてスクリプトによる自動チェックを行うことで,治療計画の品質管理の効率化を図っている(図1)。表1に,スクリプトから取得している情報(全20種以上のパラメータ)の一部とその対応を,図2に,スクリプトが実行された時のユーザーインターフェイスを示す。物理士のチェックステージで発見されたエラーについて,本稿ではニアミスとして取り扱うこととし,本報告ではニアミスの割合がスクリプトの使用の有無でどの程度変化するかについて検討する。
スクリプトによるニアミス率の減少
2014年4月〜2016年3月にEclipseで作成された治療計画5402件に対して,月ごとに提出された計画数に対するニアミス数の割合を算出した。2014年4月〜2015年3月はスクリプト未使用群,2015年4月〜2016年3月はスクリプト使用群として,両者のニアミス率の平均値に有意な差があるかどうかについてt検定を行った。
図3に,2014年度(左)および2015年度(中央)のニアミス率のボックスプロットを示す。ニアミス率の平均値は2014年度と2015年度で,それぞれ8.3%±3.1%,5.5%±1.9%(p<0.01)となり,有意に減少していた。これらのデータは,それぞれの年度において物理士のチェックステージで発見されたニアミスであり,計画作成者が自らスクリプトを用いた自動チェックを行うことにより,治療計画に生じたニアミスを修正することが可能であったことがわかる。一方で,図3右側(2015_2)のデータは,計画作成者が100%の確率で自動チェックを実行した場合に想定されるニアミス率であり,平均値は4.0%±1.2%となっている。図3中央と右で結果が異なることは,必ずしも計画作成者がすべての計画に対して自動チェックを実施していなかったことを示しており,このことはスクリプトによる自動チェックという新しいワークフローが習慣として根づいていなかったことにより生じたと考えられる。これを解決するためには,できるだけ簡便かつ自然なワークフローの中に機能を組み込むことが重要であると考え,図2における「Printボタン」(当院では治療計画について紙運用をベースとしている)から治療計画サマリの印刷を可能にするような実装を行うなど,計画者全員が100%自動チェックを実施できるような習慣化のための試みを継続している。
効率化と人間と機械の相補的な役割
スクリプトを用いた治療計画の自動チェックにより,有意にニアミスが減少することが示された。もしニアミスが物理士のチェックステージで発見された場合,計画者との間でのコミュニケーションコストが発生する。主たる計画者である医師は多忙であり,コミュニケーションをとるための時間的コストも生じる。つまり,ニアミス率の減少は,そのまま治療計画の品質管理を効率化することにつながっていると言える。
一方で,本報告で取り上げた治療計画の品質管理をすべて自動化することが可能かというと,必ずしもそうではないであろう。計画者が100%自動チェックを実施したとしても,約4%のニアミスが残されており,これらは現状では放射線治療についてよく知っている人間がチェックすることで発見される。ただし,自動的に発見されるニアミスに対して人間が注意を向ける必要性が小さくなるため,その分より機械が発見しづらい要素に対して重点的なチェックが可能となる。つまり,人間と機械がそれぞれの得意分野で活躍することで,より効率的で安全な品質管理の実現へとつながるであろう。
最後に
本稿では,治療計画装置Eclipseに搭載されているESAPIについて紹介し,当院で実施している治療計画の自動チェックスクリプトによる品質管理の効率化について述べた。機械化・自動化は,これからの放射線治療の一つのキーワードになると考えられ,うまく使いこなすことでより良い治療が提供できるように研鑽を続けたい。