inNavi IHE超入門ガイド
Vol. 1 専門用語のとらえ方とIHE導入の考え方
ナビゲータ 奥 真也

東京大学22世紀医療センター健診情報学講座助教授
埼玉医科大学総合医療センター放射線科助教授
松田 恵雄  埼玉医科大学総合医療センター中央放射線部
ビジター 松嶋 民夫  医療法人社団 三友会 彩のクリニック放射線科技師長
(月刊インナービジョン2007年1月号より転載)
 
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●難しい専門用語を理解することは必要ですか?

Q(松嶋):
IHE-Jについて,まずはじめに難しいと感じるのは“用語”です。例えば,「統合プロファイル」や「アクタ」,「トランザクション」という言葉がよく出てきますが,最初に用語解説を読んでなるほどと思っても,次のページではまたわからなくなってしまう,ということがよくあります。専門用語をできるだけ楽に勉強したいというのが本音です。

A(奥):
IHE-Jとは何か,IHE-Jでシステムをつなぐというのはどういうことなのかを知るために,最初におおまかに理解することが重要です。そして,実際にシステムの構築をめざしてベンダーと具体的な話を始めるときには,「アクタ」や「統合プロファイル」,具体的には「PIR」などがどのように機能するかを,必要に応じて知ればいいと思います。つまり,初めから100%理解しなければいけないというものではなく,システムを構築しながら自然に理解していければよいのではないでしょうか。

Q(松嶋):
IHE-J関係の解説書では,やはり用語から説明するものが大半だと思います。その用語がなぜ必要なのかということがわからない限り,覚えるのはやはりちょっと億劫です。最終的にIHE-Jを導入するときには,ベンダーとの間で共通の言語を使わないと,正しい相互理解ができないでしょう。逆に,用語を身に付けてさえしまえば,後のやりとりが楽になりますし,それがつまりは標準化ということなのではないかと思います。

A(松田):
教科書的な話をすると,IHEにはIHE特有の用語と,オブジェクト指向の用語とが混在しています。実はこれが,IHEをわかりにくくしている1つの要因だと思います。DICOM規格がオブジェクト指向で成り立っているので,IHEを理解するためにオブジェクト指向を勉強するというのもひとつの方法かもしれませんが,難解なものなので,そこでつまずいてしまっては困ります。例えば,「統合プロファイル」や「アクタ」はIHEの用語としてよく使いますが,「アクタ」は本来,オブジェクト指向にあるUML(Unified Modeling Language)内のユースケースモデルで使われている用語です。ですから,統合プロファイルが何であるかを知らないと,さすがにIHEについて理解できませんが,アクタの中がどうなっているかまでは知らなくても,その提供する機能を理解すれば,ユーザーはIHEを使いこなすことができると思います。

Q(松嶋):
逆に言えば,ユーザーとしては,仕様書を作るために最低限何がわかればいいのでしょうか。

A(松田):
統合プロファイルに対応してほしいと要求するのが,一番ざっくりした仕様書です。ただ,1つ矛盾があって,統合プロファイルの中身をきちんと理解しないと要求自体ができないことになりますが,誰が中身を理解すべきかという議論は,あまりされていない状態が続いています。ユーザー側が細かく理解しなければいけない状況はもう終わって,ベンダー側が動いてくれる段階になることを期待しています。

Q(松嶋):
はじめからベンダーにおまかせしてしまうと,シングルベンダーに丸投げしたのとあまり変わらなくなりますか。

A(奧):
情報システムを導入する場合,やはり一定の割合の人が深いレベルで医療情報の本質について理解している必要はあるでしょうね。ただ,それはIHE-Jの「技術」自体を厳密に知らねばならないということとは違うので,そこは混同しないでほしいと思います。必要なのは,あくまで医療情報の本来的な役割についての理解,造詣です。

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●IHEは「規格」なんですか?

Q(松嶋):
IHEというのは「規格」であると考えてよいのでしょうか?

A(奥):
いえ,厳密に言うと規格ではありません。私は「規約」という言葉を使っています。つまり,DICOMやHL7などの規格の使い方を表現する方法だということです。

Q(松嶋):
例えば,DICOMやHL7に対して提言を行うということはあるのでしょうか。または,IHEに対して要望を出すということはありますか。

A(松田):
IHEは基本的に,DICOMとHL7をどう使うかを申し合わせたガイドラインです。つまり,DICOMやHL7という規格のあいまいな部分を,このように使いましょうと細かく決めているのがIHEです。ただ,規格側に不備があってうまくソリューションが行えないときには,IHEの委員会が改善策の提案を行うことがあります。その規格の使い方を討議していく上で不都合が生じた場合は,規格そのものを変えることもあるということです。

Q(松嶋):
やっと,IHE,DICOM,HL7の関係がわかってきました。これはIHE-Jの初歩としてはとても重要ですね。

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●IHEによるマルチベンダーのメリットは何ですか?

Q(松嶋):
ところで,同じようなシステムで,かつ標準規格に対応していても,ベンダーごとに若干仕様が異なるということもありますか。

A(松田):
例えば,同じようなシステムが同じ標準規格に対応していても,その実装仕様は大きく異なります。

標準規格は,ベンダーごとに異なる解釈をされる余地を残しており,それが相互接続時の障害となる場合があります。IHEは,そのあいまいさを排除する目的で策定されており,解釈による問題は起きにくくなっています。ただし,現実にはユーザーからの実装要求を優先するあまり,独自適用をしている場合があります。そうなると,せっかく標準化に対応していても,次のシステムを入れたときに不具合が生じることも当然あると思います。ですから,ユーザーはそこまで考えて,自己責任で利便性と標準化とのバランスを選択することが必要です。逆に,予算があって,標準化をせずにずっとそのベンダーと付き合う覚悟があるなら,シングルベンダーの方が使いやすいかもしれません。つまり,相互接続性だけを実現するのであれば,シングルベンダーでもマルチベンダーでも,費用はそんなに変わらないと思います。しかし,マルチベンダーで相互運用性を実現しようとした場合は,IHEでないと莫大な費用がかかるでしょう。

また,日本のこれからの方向性として,例えば2011年までにレセプトが完全オンライン化されますが,それがさらに進んだときには,相互運用性が実現できているかどうかは大きな違いになるはずです。病診連携など施設間で標準フォーマットを交換する実験や実証はすでに始まっていますし,そういった波が,いつ自分たちの医療機関にかかってくるのかを正確に把握することはとても重要です。

いずれにしても,近い将来,大切なデータをスムーズに移行できるかどうかが大きな問題になるのではないでしょうか。また,ベンダーによっては,保守は行うけれど新規開発はしない,というところが出てくる可能性もあります。そうなると以後永久に,そのフォーマットを標準規格に変換できないわけです。シングルベンダーで,かつIHEでない場合は,そういったリスクについても考える必要があります。

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●具体的にIHEをどのように活用すればいいのでしょうか?
  -- 必要な部分に必要な機能だけを!

Q(松嶋):
彩のクリニックがIHE導入によるシステム構築を考える理由は3つあります。1つは,どうすれば苦労をせずにPACSなどのシステムを更新できるか,2つ目は,近々電子カルテを導入する予定がありますので,PACSなどとの連携を考えたときに,標準化を視野に入れる必要があるということです。そして3つ目は,病診連携や遠隔読影を見据えたシステム構築が必要だということです。この3つをより良く実現するために,IHEをどのように活用していけばよいでしょうか。

A(松田):
まずは,何をしたいかを明確に決めることです。IHEのソリューションは限られていますので,それで解決可能な問題があれば採用することです。IHEありきで考えると本来の問題解決にならない場合もありますから。

Q(松嶋):
医療連携をする場合,例えば相手施設もIHEに準拠していなければならないのでしょうか。

A(松田):
それが理想ですが,必ずしも必須ではありません。相手にDICOMやHL7の規格で情報を出してもらえれば運用することはできます。ただし,それはオフラインの場合です。オンラインの場合は,同じソリューションがないと難しい場合もあります。

Q(松嶋):
やはりインフラの整備としては,IHEが世の中に浸透しているというのが理想だということですね。

A(奥):
そういう意味では,DICOMは世界中に広がりました。この時点で最低限のインフラ整備が終わっているわけです。もう一歩,IHEというところまで行けば,インターネットのケーブルを引くように,本当に簡単に施設間連携が可能になると思います。ベンダーの用意するパッケージを買ってくればすぐに連携できるところまで来れば,その価値はとても大きいと思います。しかし,ビジネスとして成り立たないと,「普及」というキャンペーンが形骸化してしまう恐れがあります。

Q(松嶋):
ベンダーがIHEをビジネスとしてとらえて,ベンダーの方から提案してくるようになるでしょうか。

A(奥):
例えば大学病院などは,今後ある程度,IHE-Jでシステムを構築しましょうという話になってくると思います。また,とても小さな医療機関,例えば(無床)診療所などには,IHE-Jが普及する可能性が高いと思います。実際にいま,埼玉医大と圏央入間クリニックは,IHE-Jで連携しています。圏央入間クリニックでは限定された,たった1つの機能だけしかIHEに対応していませんが,それは,撮影した画像をオンラインで直接つながっていない埼玉医大のシステムで読影に用いる場合にもっとも手軽な方法だったからです。つまり,IHE-Jは仕組みを丸ごと全部ではなく,一部の医療情報システムの機能だけを施設の特徴に応じていいとこ取りして提供されていくようなスタイルが,今後は増えていくと思います。メーカーとしても,このシステムを入れればあの施設とつなげますよ,というメリットをアピールできるので,とても良いビジネスと言えます。それがユーザーにとっても,非常に簡単なIHEの導入になるわけです。

Q(松嶋):
私はこれまでIHEというと,すべてフルセットのようなイメージを持っていたのですが,そんなに簡単にIHEが導入できるというのは,疑問が氷解した思いです。自分たちが何をしたいのか,IHEで何が解決できるのかを明確にすることが重要であり,ある1つの目的でIHEを導入するだけでも,業務においては十分な運用ができるというお話をうかがいましたが,これは規模の小さな施設にとってはとても大切なことだと思います。IHEに対して感じていた敷居の高さも,だいぶ低くなったような気がします。シングルベンダーに近い感覚でIHEを導入できるわけですね。

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・IHE-J(用語集もあります) http://ihe-j.org/
・北米IHE http://www.ihe.net/
・IHE-Europe http://www.ihe-europe.org/
*IHE-J協賛団体:
日本医学放射線学会(JRS),日本放射線技術学会(JSRT),日本医療情報学会(JAMI),医療情報システム開発センター(MEDIS-DC),保健医療福祉情報システム工業会(JAHIS),日本画像医療システム工業会(JIRA),経済産業省,厚生労働省