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医療制度構造改革のゆくえ
公的資金による医療の限界
 日本の医療現場はいま、さまざまな問題を抱えています。超少子高齢化社会に向けて、政府主導の大規模な医療制度・医学教育制度の構造改革が進められており、平成18年度の診療報酬改定では、全体で−3.16%という過去最大の引き下げ率となりました。診療報酬の引き下げ傾向はこれからも続くと考えられますので、それにどう対応していくのかが今後の大きな課題となります。
 OECD Health Data 2006によると、2003年4月現在、日本の国内総生産に占める医療費の割合は8.0%です。これは、米国の15.3%、OECD加盟国平均の8.9%と比べると、かなり低い割合であると言えます。もちろん、保険制度などの仕組みが違いますので一概には判断できませんが、誰でも自由に病院を選び高度な医療を受けられる日本の医療制度は世界に誇れるものです。問題は、医療とは本来、採算がとれない性質のものであり、それを公的資金でどこまでカバーすればいいのかという本質的な議論が置き去りにされているということです。例えば診療報酬については、包括化の範囲を入院から外来にまで広げる方向にありますが、それがどのような効果を生むかということはあまり議論されていません。ルールの範囲内であれば、どういう医療でも診療報酬が支払われるのが現状ですので、今後は支払い基準の根拠から見直す必要があると考えています。
 

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平成18年度診療報酬改定が残した課題
医療の質をどう盛り込むか
 平成18年度診療報酬改定については、放射線診療にかかわる項目には一定の評価をしています。厚生労働省の基本方針として、施設規模や特性に合わせて役割分担をはっきりさせ、より専門性が求められる高度医療に診療報酬の割合をシフトさせたいという考えがあります。原資に限りがあり、それをどう配分するかを考えれば当然の方向性ですので、われわれとしてもその方針に沿って要望を出しました。具体的には、(1)放射線科専門医による画像管理・診断の評価、画像診断管理加算の増点とDPCからの非包括化、(2)MRI・CT撮影料の引き下げ阻止と性能差別化、放射線科専門医が読影しない場合の減額、(3)血管撮影料の適正化、動脈カテーテル法の増点、(4)先進画像加算と乳房撮影の特殊化といった特殊撮影技術への加点、(5)婦人科、食道がん、PET/CTへのPETの適応拡大でした。
 この中で、画像診断管理加算の非包括化やMRIとCTの性能差別化が認められたことは間違いなく前進です。ただし、性能差別化について言えば、装置の能力を引き出すのは医師や診療放射線技師ですので、例えば64列MDCTで冠動脈の撮影を行う場合は循環器科や放射線科の医師がいること、といった“ドクターフィー”も施設基準として盛り込んでほしいと思います。放射線専門医のレポートを加算項目として加えるなど、加算条件の細分化についても検討する必要があるかもしれません。
 逆に、非常に不本意だったのは、CTとMRIの月2回目以降の撮影について、部位別の条件が削除されたことです。これは採算を考えると非常に深刻な問題です。治療すべき疾患があって、改めて検査が必要な場合は、1回目として扱ってもらえるよう、次回の改定へ向けて要望していくつもりです。また、特殊撮影技術への加点という要望に対して乳房撮影が新設されましたが、これも結局「一連の検査につき」ということですので、撮影回数が増えるほど赤字になってしまいます。医療の質を保つという意味で、特殊撮影については例えば、心臓CTなら冠動脈造影や治療が行える、あるいは頭部なら365日24時間の受け入れと血栓溶解療法が行えるといった加算条件を設ける必要はありますが、必要な診療に対しては、きちんと点数をつけていただきたい。ただ、あらゆる新技術を保険収載してカバーすることは不可能ですので、混合診療などを導入し、患者負担へとシフトしていくことも、やむを得ないと考えています。
 

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専門医不足、進まない新技術認可……
放射線診療を取り巻く課題と対策
 放射線診療は、この四半世紀で飛躍的な進歩を遂げました。MRIやCTなど、モダリティの進歩によるものが大きいと言えますが、同時に問題もあります。それは、新技術の薬事承認に非常に時間がかかるということです。例えば3T MRIは、欧米では7年ほど前から臨床応用が開始されましたが、日本ではやっと2005年に薬事承認されたばかりです。新技術の臨床での取捨選択は当然必要ですが、まずは選択肢の中に入れてもらわなければ何も始まりません。医薬品と診断技術の承認手続きを別々にするなど、欧米での評価方法を取り入れて、認可システムを迅速化してほしいと思います。
 また、放射線診療の急速な発展に医師の人数が追いついていないという問題もあります。ただ、これについては小児科や産科ほど深刻な状況ではありませんし、人材を集めるにはわれわれの努力も必要です。現状では、医学部の卒業生の1割程度が、初期研修の2年間のうちに放射線科の仕事を経験しますので、その時にどうアピールしていくかが重要です。もし希望者が増えなければ仕事に魅力がないということになりますが、私は決してそんなことはないと思っています。
 最近、放射線科医が疲弊しているということはよく言われますし、仕事量は大幅に増えていると思いますが、読影環境についてはここ数年でずいぶんと改善されました。米国のデータを見ると、放射線科の労働量は数年前にピークを迎え、現在は減少傾向にあるそうです。日本でも、放射線診断医は年間300人くらいずつ増えていますので、あと10年もすれば状況は改善されると思います。ただ、放射線治療医については、他の診療科の人材を取り込むことも検討する必要があるかもしれません。

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放射線診療の新たな可能性
22世紀医療センタープロジェクト
  医療の進歩のためには画像診断技術の進歩が必要不可欠であり、画像診断なしの医療は、もはやあり得ないものとなりました。がんでは早期の肺がんが胸部CTで見つかるようになり、マンモグラフィを含めた検診が生存率の向上に寄与しています。心筋梗塞では、核医学検査に加えて、冠動脈CTなどでリスクの高い不安定プラークが検出できるようになってきました。脳梗塞の非常に精密な診断も可能になり、交通外傷ではCTによる全身検査が可能になったことで救急救命率が大きく向上しています。また、病院経営の面でも、装置にかかるコストや人件費などと検査件数や保険点数とのバランスを考え、施設ごとの社会的な役割なども勘案して検査項目を取捨選択できますので、放射線科は経営にも貢献しうる部門だと思います。
 東大病院では現在、企業との産学連携によって新たな臨床医学や医学関連サービスの研究と開発を行う「22世紀医療センタープロジェクト」を行っています。その一環として、PET/CTや3T MRIなど最先端の画像診断機器を導入した検診センターを設立しました。ここで得られたデータを集約して新しい解析法や予防医学領域への応用の可能性について研究するとともに、経済的自立も目指しており、独立行政法人化後の大学病院経営の新しい取り組みとして注目されています。

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放射線医療の質の向上につながる
診療報酬改定を要望
 次の平成20年度診療報酬改定まで、すでに1年を切りました。放射線医療の関係者には、放射線科医や診療放射線技師、モダリティメーカーなどの団体であるJIRA、他科の医師など、さまざまな立場がありますので、当然、意見が食い違うことも多々あります。しかし大切なのは、安易に妥協するのではなく、自分たちのスタンスをきちんと表明し、軌道修正しながら進めていくことではないかと思います。
 日本医学放射線学会としては今後、前回の改定の内容を踏まえて、放射線科医や診療放射線技師の専門性を反映させることなどを引き続き要望していきます。それが結果として、放射線医療の質の向上につながっていけば良いと考えています。

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大友 邦先生
日本医学放射線学会理事長/東京大学大学院医学系研究科放射線医学講座教授
1979年東京大学医学部医学科卒業。同年放射線医学教室助手。86年附属病院分院放射線科講師。91年山梨医科大学附属病院放射線部助教授。この間、86〜87年ワシントン州立大学病院、92〜93年ピッツバーグ大学病院に留学。95年東京大学医学部附属病院放射線部助教授を経て、98年から現職。日本医学放射線学会理事長、日本磁気共鳴医学会理事などを歴任。

●お問い合わせ先
日本医学放射線学会
URL http://www.radiology.jp/
東京大学医学部附属病院
URL http://www.h.u-tokyo.ac.jp/
〒113-8655 東京都文京区本郷7-3-1 TEL 03-3815-5411(代)