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がんの罹患率・死亡率減少を目指して
有効ながん予防法・検診法の研究が使命
 国立がんセンターがん予防・検診研究センターは2004年、がんの早期発見のための新しい検診法の研究と、がんの要因究明による予防法の研究を目的に設立されました。日本では現在、国民の3人に1人ががんで亡くなっており、年間の死亡者数は32万人に上ります。交通事故による死者が年間約7000人ですから、がんによる死者は、その45年分にも相当します。また、40代の女性では、がんが死因の約47%を占めます。これは非常に大きな社会問題であり、早急な対策が求められています。
 日本では従来、がん対策としてはもっぱら治療、つまり三次予防が行われてきました。国立がんセンターの統計を見ると、1964年から94年までの30年間で、5年生存率が41%から60%へと、約20%も向上しています。これは、診断法や治療法の進歩によるものですが、94年以降はほぼ横ばいです。進行したがんの治療には限界があるということが示唆されていると言えます。そこで重要なのが、がんになることを防ぐ一次予防と、早期発見によって生存率を上げる二次予防です。当センターでは、この2つの予防の研究を推進し、がんの罹患率と死亡率の減少に寄与することを目指しています。
 

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がん検診のエビデンス確立へ向けて
徹底したデータの蓄積と検証で新しいがん検診法を構築
 有効ながん検診法を構築するためには、検診のエビデンスを確立する必要があります。近年、EBM(Evidence Based Medicine)が重要視されてきましたが、実は日本だけでなく、海外でも検診のエビデンスは十分に確立されていません。その理由の1つは、フォローアップが行われていないためです。検診内容は施設によってさまざまですし、がんが発見された人のその後のデータは、どこにもフィードバックされません。検診による発見の有無や、どの病期で発見されたかなども、データとして蓄積されないわけです。また、検診精度の問題もあります。画像診断装置や医師の能力には差がありますし、例えば乳がん検診では、視触診だけなのか、マンモグラフィや超音波診断も行うのかなどによって、まったく精度が違ってきます。
 そこで当センターでは、がんが見つかった人については、本人が亡くなるまで経過を追跡し、検診の内容や有効性を検証してエビデンスを確立します。それで得られた検診のエビデンスをほかの医療機関にもフィードバックすることで、検診全体の精度の向上にもつながると考えています。当センター設立時には、検診事業のマーケットにがんセンターが参入するのはいかがなものかという声も一部で聞かれましたが、こういった息の長い研究は国立の施設だからこそ可能なのです。また、がん検診のエビデンスが確立されれば、受診する人が増えることにもつながります。
 

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センター設立から3年間の取り組みの成果
がん検出率5%という驚異的な結果
 当センターでは、検診時に症状がない人を対象に受診していただいていますが、2004年2月からの1年間で、3792人中191人、約5.04%の人にがんが見つかっています。全体で20人に1人、胃がんでは100人に1人の割合ですが、自治体の検診ではだいたい1000人に1人ですから、これは驚異的な数字です。もちろん、当センターではあらゆる検査を行いますし、最新鋭の装置で十分にトレーニングされた医師が診断を行いますので、特殊な例と言えるでしょう。しかし、それらを差し引いても、予想をはるかに上回る検出率でした。翌年に再度受診した人については、がんはほとんど見つかっていませんので、1回目の検診で、ほぼすべてを拾い上げているということです。
 このような結果を見ると、検診の精度がいかに重要かということが言えます。ある自治体では、5000人の胃がん検診を行ったところ、1人も見つからなかったということでしたが、それはちょっとあり得ない話です。実際に指導に行ってみると、読影精度に問題があり、見落とされていることがわかりました。検診を行うことはもちろん重要ですが、同時に検査技術や読影の精度を上げていかなければ、早期発見にはつながりません。当センターでは常時、診療放射線技師や医師のトレーニングを受け入れていますが、これも検診精度を上げる取り組みの一環です。

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がん予防・検診研究センターの検診内容
部位別に診断法の有用性を調査
 具体的な検診内容としては、大きく総合検診と部位別の単独検診があります。各検査方法の有用性を調べるために、特に女性の総合検診では胸部CT、内視鏡のほか、マンモグラフィ、乳房超音波、骨盤MRIなど、2日間で10種類の検査を行い、比較検討します。PET/CTについては、総合検診の受診者に限り追加することも可能で、食道から卵巣までの全身について、ほかの検査方法と比較しながら有用性を検証します。10万円から20万円を超えるまで、4つのコースを設けています。
 検診の内容は、エビデンスに基づいて決めたものもあります。例えば、肺の検査では喀痰細胞診と胸部CTを行い、胸部単純撮影は行いません。これは、1994年からの「がん克服新10か年戦略」の研究班が、世界に先駆けて行った研究成果が基になっているのですが、10年間で、喀痰細胞診だけで見つかったのは扁平上皮がんが5例、胸部単純撮影だけではゼロでした。つまり、喀痰細胞診と胸部CTを行えば、胸部単純撮影は不要ということになります。また、マンモグラフィでは乳腺密度が濃い人の石灰化を見つけることは困難ですが、超音波では可能ですので、この2つを併用することで検出率が向上します。
 ただ、人間ドックなど個人の自由意志で受診する“任意型検診”と違って、自治体が行う“対策型検診”は税金で行われるため、費用対効果が求められます。検査にどのくらいの能力があるのかを明確にすることは最も重要ですが、費用対効果についても併せて検討し、対策型にも取り入れていくようにすればよいと考えています。

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新しい検診技術の開発に取り組む
がん検診の受診率向上を目指し、啓発活動にも着手
 がんの早期発見に向けた取り組みとして、新しい検診技術の開発を進めています。1つは、大腸がんの危険群を探すための、便潜血に含まれるタンパク質の研究です。がんに特異的なタンパク質を突き止められれば、擬陽性を減らし、早期発見にもつながります。2つ目は、CT colonographyの開発です。大腸内視鏡検査に抵抗がある人も多いので、希望者には通常の検診に追加して取り入れています。非常に小さな結節が見つかった場合の対応についても研究を行っていますが、まだ結論は出ていません。検診精度の向上という点では、胸部CTとマンモグラフィを対象にCAD(コンピュータ支援診断)の研究を進めています。CADを活用することで常に一定の結果を出せるようにし、全国的な診断精度の均てん化を図るのがねらいです。
 日本では、がん検診に対する国民の意識がまだまだ低いのが現状です。欧米では、罹患率はわずかに増加しているものの死亡率は減少しているのに対し、日本では罹患率も死亡率も増加傾向にあります。検診精度がどんなに向上しても、受診者が増加しなければ、がんの早期発見にはつながりません。今後は学校教育の現場にも踏み込んで啓発活動を行っていく予定です。


森山紀之先生
国立がんセンター がん予防・検診研究センター長
1973年千葉大学医学部卒業。87年Mayo Clinic客員医師。92年から国立がんセンター東病院放射線部部長。98年から同中央病院放射線診断部部長を経て、2004年から現職。

●お問い合わせ先
国立がんセンターがん予防・検診研究センター
〒104-0045 東京都中央区築地5-1-1
TEL 03-3542-2511(代) FAX 03-3545-3567
http://www.ncc.go.jp/jp/kenshin/index.html