|
肝がんの診断、治療で
世界をリードする日本 |
工藤 わが国の場合、肝がんの背景病変として最も多いのがC型肝炎で、約75〜80%、次いで、B型肝炎が15%程度となっています。1989年にC型肝炎ウイルスが発見されて以降、C型肝炎を原因とする罹患率は右肩上がりに増加しており、最近では10万人あたり約25人となっています。また、死亡者総数は3万6000人前後となっており、右肩上がりに増加していたものが、ここ1、2年で横ばいになってきました。将来的には、いずれの数値も下がっていくことが予想されているのですが、10年、20年先の話であり、ウイルスの持続感染による肝がんは現在、大きな社会問題になっています。
一方、海外に目を向けると、東南アジアやアフリカなどでは20年前はB型肝炎ウイルスを原因とした肝がんが多く、欧米ではあまり見られませんでした。しかし、最近では、スペイン、イタリアなどの南ヨーロッパで、日本と同様にC型肝炎ウイルスによる肝がんが増加しています。この要因としては、わが国の場合と同じく、注射針の使い回しという社会的な背景が挙げられます。また、米国では、アルコール性肝障害や非B・非C型肝がんが多いことが特徴ですが、C型肝炎ウイルスのキャリアは人口の2%前後、つまり約400万人いると考えられています。ベトナム戦争時に兵士間で静注麻薬の回し打ちが行われたことなどが原因と言われており、キャリアの年齢のピークは40歳代です。肝がんの発症は60歳を超えてから多くなるので、米国でも今後ますます増加してくることが予測できます。
このように海外における増加傾向により、肝がんは世界的に注目される疾患になってきました。その中で、日本は、B型肝炎ウイルス、C型肝炎ウイルスの肝がんの診断、治療に対する先進国であり、肝動脈塞栓術(TAE)、経皮的エタノール注入療法(PEIT)を開発するなど、世界をリードしてきました。
▲ページトップへ
|
世界の手本となるスクリーニングシステム
高いレベルの検査や診断が確立 |
村上 肝がんの画像診断においても、日本のスクリーニングのシステムは非常に進んでいます。ハイリスクの患者さんに対して腫瘍マーカーや超音波検査が定期的に行われており、それに加えてCT、MRIなどの検査も必要時に行われます。日本では、経時的に検査を行ってきたので、肝がんの画像診断における知見や検査の方法が高いレベルで確立されているのです。
肝がんの診断までの流れですが、まず腫瘍マーカーでチェックし、その上で超音波検査を行います。しかし、肝硬変のケースでは、再生結節や境界病変があったり、肝臓の強い変形があったりするために、超音波検査では見えにくいこともあります。そこで、行われるのがdynamic
CTやdynamic MRIです。両者は診断能にほとんど差がないのですが、検査料金やスループットを考慮すると、現状ではdynamic
MRIに対応できない施設も多くあると思います。被ばくという観点からはCTとMRIを交互に実施するのが理想ですが、簡便に行えるCTだけという施設が多いようです。ただし、MRIはSPIOなどの組織特異性造影剤で早期の病変の組織学的分化度を評価する場合に有用なので、積極的に行っている施設も多くあります。
工藤 2005年に日本肝臓学会が「肝癌診療ガイドライン」を公表しましたが、B型・C型肝硬変の超高危険群では、3か月に1回の腫瘍マーカーと超音波検査、6〜12か月ごとのdynamic
CTまたはMRIを行うとしています。また、B型・C型肝炎、ウイルス性肝炎以外の肝硬変である高危険群では、6か月に1回の腫瘍マーカーと超音波検査、適宜dynamic
CTまたはMRIを実施するとしています。施設ごとにモダリティの選択が異なるため、現在改定作業中のガイドラインでは、診断の流れについても内容を充実させる動きがあります。
▲ページトップへ
|
64列MDCTにより最適なタイミングでの
dynamic CTが可能に |
村上 dynamic CTは、ここ数年間で至適撮影法の研究が進み、造影剤の注入速度や注入後の濃染が始まる時間についてのスタディが数多く行われました。16列以下のMDCTでは、2mL/kgの造影剤を30秒で注入して、造影剤の到達を自動的に感知するアプリケーションにより、腹部大動脈に到達した約20秒後に動脈相のスキャンを開始し、注入開始後70秒から門脈相を撮影するといったプロトコールが有用と考えています。当院では通常、至適撮影タイミングによる4相の撮影を行っています。肝がんのdynamic
CTでは、単純と動脈を描出するための早期動脈相、がんが染まる後期動脈相、肝実質や門脈、肝静脈が濃染される門脈相、腫瘍のwash
outを観察するための平衡相の5相を撮影するのが理想ですが、当院では被ばくも考慮して、早期動脈相は術前の血管解剖の評価時以外は撮影しません。わが国の場合、
3または4相の撮影というのが多いのではないでしょうか。
64列MDCTの登場で、ややこしいプロトコールを考えなくても確実に撮影できるようになりました。64列MDCTでは、0.63ミリの最小ピクセルサイズでも1.6秒で全肝を撮影できるので、造影剤が到達して腫瘍が染まり始めてから撮影スタートボタンを押しても十分間に合います。1ミリ以下の薄いスライス厚から再構成される多断面のMPRやボリュームレンダリングなどの三次元的な情報により、描出能や確信度が大幅に向上するとともに、IVRや手術前のシミュレーションに役立つ情報が得られるようになりました。実際に、術前の血管造影検査がかなり減っています。
現在、時間軸を加えた四次元画像や、それに機能診断を加えた五次元画像の研究が近畿大学と大阪大学で進められていますので、将来的にも期待されます。
▲ページトップへ
|
次世代超音波造影剤の登場が与える
肝がん診断へのインパクト |
工藤 スクリーニングだけでなく、鑑別診断、ステージングまでdynamic
CTで可能なケースもあります。消化器内科では切除目的の症例の場合、CTA(CT angiography)や
CTAP(CT during arterial portography)を依頼しますが、TAEやラジオ波焼灼療法(RFA)の適応症例では、造影超音波とdynamic
CTだけというケースも増えてきています。
造影超音波では、肝がんにおける新しい次世代超音波造影剤ソナゾイドが、2005年12月世界で初めて日本で認可されました。ソナゾイドは非常に低音圧で、リアルタイムに血流を見ることができます。限局性結節性過形成(FNH)の中心性車軸状血管構築もきれいに描出できますし、血管腫の確定診断にも有用です。まだ症例数は少ないのですが、動脈血流と門脈血流の分離評価ができ、Kupffer細胞の機能を見ることも可能で、CTA、CTAP、SPIO造影MRIに匹敵することが認められ、注目されます。ただし、1つの結節しか対象にできないため、肝臓全体を見るにはCTの方が優れています。その点からも造影超音波とCTをうまく使い分けていくことが重要です。また、ソナゾイドについては、RFAの治療効果判定にも有効だと考えています。現在、多くの施設ではCTで術後のフォローをしていると思いますが、被ばく低減という観点からも期待できます。このほか、造影超音波からそのまま治療に移行する際の穿刺ガイドとしても使用できると思います。
▲ページトップへ
|
インターフェロン治療や診断、治療法の進歩により
肝がんは確実に減らせる |
工藤 これからの肝がん診療について考えると、まず発症を減らすことをめざさねばなりません。住民健診でC型肝炎ウイルスの感染者を見つけ、インターフェロン治療を行うことが大事です。最新のペグインターフェロン・リバビリン併用療法を用いれば、かつてウイルス駆除率が2%だった難治性C型慢性肝炎(Ib型かつ高ウイルス群)も、いまでは50%まで高まるなど、インターフェロン治療は大きく進歩しています。
村上 そうした一次予防に加え、小さい腫瘍ならばRFA、PEIT、進行がんならばTAE、動注化学療法や手術など、治療法も進歩しています。このように治療法や診断法が進歩し確立しているという点からも、肝がんを確実に減らしていくことができると確信しています。 |
|
工藤正俊先生
近畿大学医学部消化器内科学教室教授
1978年京都大学医学部卒業。神戸市立中央市民病院勤務などの後、87年からカリフォルニア大学客員教授(デービスメディカルセンター)。帰国後、神戸市立中央市民病院消化器内科医長を経て、97年から近畿大学医学部第2内科学助教授となり、99年から現職。
村上卓道先生
近畿大学医学部放射線医学教室放射線診断学部門教授
1986年神戸大学医学部卒業。91年大阪大学医学部大学院博士課程修了。 93年大阪大学医学部助手。94年からピッツバーグ大学メディカルセンター放射線科客員講師。大阪大学大学院医学系研究科助教授(放射線医学講座)などを経て、2006年から現職。
|