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冠動脈疾患の的確な診断・治療に向けて
MDCT登場のインパクト |
厚生労働省の統計データにある死因別に見た粗死亡率では、わが国の場合、がんに次ぐ2番目に多い死因が心疾患であり、毎年右肩上がりに増加しています。心疾患の中でも、急性心筋梗塞に代表される虚血性心疾患が約半数を占めており、動脈硬化に起因する冠動脈疾患を的確に診断し、治療することは重要なテーマとなっています。
冠動脈疾患の診断は、冠動脈造影検査(CAG)がゴールドスタンダードとされてきました。40年以上もの歴史を持つ診断法であり、空間分解能に優れているほか、その場ですぐに経皮的冠動脈形成術(PCI)を施行できるなどの長所があります。しかし、血管内にカテーテルを入れる侵襲性の高い検査であり、入院が必要で検査コストも高いといったデメリットもあります。また、血管内腔の造影像であるため、血管壁の情報を得られません。
1998年に4列検出器のMDCTが開発され、心臓CTの第一歩を踏み出しました。心臓CTのメリットは、非侵襲であるだけでなく、短時間で、かつ外来での検査が可能で、コスト面でもCAGより優れています。血管内腔だけでなく、血管壁の情報が得られることもCAGに比べて有用です。MDCTは目覚ましい進歩を続け、2004年には64列のMDCTが登場し、わが国の臨床現場でも急速に普及しています。
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64列MDCTの登場で高まる
心臓CTのメリットと適応の拡大 |
64列MDCTの登場により、心臓CTにおける適応がさらに広がっています。4列MDCTでは、10〜12cmの心臓全体を1.25mmのコリメーションで、約40秒かけて撮影していました。つまり、40秒間の息止めを患者さんは強いられていたのです。私たちの施設の64列MDCTは0.625mmのコリメーションで、約5秒で心臓全体を撮影できるようになりましたので、患者さんに大きな負担をかけることがなくなりました。
これは、検出器の幅が4cmに広がり、ガントリの回転速度が1回転0.35秒にまで高速化され、時間分解能が向上したことによるものです。これらの技術がもたらすメリットは、心電図同期撮影により広範囲を短時間でカバーできることです。冠動脈バイパス術(CABG)の症例では、鎖骨下動脈から心臓下縁まで10〜12秒で撮影することができ、術前・術後の評価に役立ちます。さらに、息止め時間が短くなったことで、撮影中の心拍が安定し、良好な画質が得られます。また、時間分解能の向上により、80bpm程度の高心拍の症例でもきれいな画像が撮影できるようになりました。このほか、撮影時間の短縮により、ほとんどの検査で造影剤量が50mL以下に低減できています。
64列MDCTの適用は、大きく3つに分けることができます。まず第1に、スクリーニングです。例えば非定型的な胸痛、安定型の狭心症においてトレッドミル検査で判定できない場合などに適応され、冠動脈病変の有無の診断に用いられます。また、動脈硬化のリスクファクターが多く、冠動脈病変が疑われるような症例のスクリーニングにも有用で、CAGに置き換わりうるものになると言えます。
第2に、CAG以上の情報を提供する目的での精査があります。プラークの検出や性状・定量評価、冠動脈奇形の把握などに有用です。ほかに慢性完全閉塞性病変のPCI施行前に、閉塞の長さや走行形態、石灰化の有無などを事前にチェックすることで、手技の成功率を高めたり、短時間化を図ることができます。
第3の適用としては、CABGやPCI後の経過観察が挙げられます。術後の経過観察におけるMDCTはすでに高い評価を得ており、スタチンなどの薬剤の効果判定も非侵襲的に行え、患者さんにとって大きなメリットになります。今後、この分野でもMDCTがCAGを代替すると考えています。
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冠動脈疾患の診断ストラテジーに新たな選択肢
急性冠症候群のトリアージにもMDCTを |
冠動脈疾患の診断ストラテジーの中で、今後MDCTは重要な存在になってくると思います。従来では、胸痛を訴える患者さんの場合、まず理学的所見をとった上で、心電図や超音波検査を行います。その後、トレッドミル検査を実施し、疾患が疑われる場合は、冠動脈の形態を調べるためにはCAGを、心筋虚血の有無や梗塞の判定には心筋シンチグラムを行います。そして、PCIやCABG、薬物療法などの治療を選択していきます。
64列MDCTの登場により、このストラテジーの中に、CAGに替わりうる検査として心臓CT検査が位置づけられていくと思います。ただし、心筋シンチグラムについては、心筋の虚血を見るための検査ですから、今後もそれぞれの目的に応じて併用されていくでしょう。
一方、治療におけるMDCTの位置づけですが、すでにお話ししたとおり、PCIにおける術前検査の役割が大きいです。術前に閉塞部位や石灰化の状態を把握できることは、術者にとって大きな安心感につながります。また、急性冠症候群(ACS)の疑いがある場合は、トリアージとして有用です。私たちの施設では、心電図変化があってもトロポニンTが陰性だったり、心電図変化がないようでも臨床的にACSが疑われるときに、患者さんに入院していただいて抗凝固剤と亜硝酸剤を点滴し、安定化したところで心臓CTを行っています。このようなトリアージにおいて、64列MDCTは非常に有用であり、通常の検査枠外の緊急検査も増えてきています。
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低被ばく化、空間分解能・時間分解能の向上
64MDCTの課題克服に向けて |
64列MDCTの有用性は大変高いのですが、一方で課題もまだ残されています。その1つがCAGに比べ、被ばく線量が1.5倍程度高いことです。これについては、私たちの施設では64列MDCTのアプリケーションである「SnapShot
Pulse」により低減化を図っています。これは従来のようにヘリカルスキャンを行わず、40mm幅を持ったコンベンショナルなアキシャルスキャンを5mmずつオーバーラップしながら3〜4回撮影するもので、心電図同期でプロスペクティブに撮影タイミングに合わせてX線を照射し、不要な被ばくをなくす撮影法です。2006年10月に導入以来、従来より約65%の被ばく低減効果があったという数字が出ており、CAGと比較しても同等か、それ以下への線量低減が可能になっています。
64列MDCTの2つめの課題として、高度石灰化病変への対応が挙げられます。これについては、140kVと80kVの2種類のエネルギーによる撮影を行い、ヨード造影剤あるいは石灰化情報だけを抽出するデュアルkVという撮影法を研究中です。
また、現在、新エネルギー・産業技術総合開発機構(NEDO)のプロジェクトで、0.3mmの空間分解能を持つ超高分解能MDCTの研究が行われています。これが実用化されれば、細いステントの内腔や狭窄度の正確な判定が可能になると思いますので、その成果に期待しています。
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心臓CTの普及に向けて
教育や啓発活動を展開 |
慶應義塾大学では、2002年から生命医科学の融合研究の場としてリサーチパークを運営しています。その中で私たちも心臓血管画像研究室を設け、「angiographic
view」に代表されるような画像表示法、解析法の研究開発を行っています。この研究室は、教育、啓発も重要な目的としており、全国の施設から研究者を受け入れているほか、施設を提供して心臓CTのトレーニングコースの開催も行っています。64列MDCTでの心臓CTは非常に有用ですが、撮影や画像解析にはノウハウも必要です。より多くの施設が心臓CTで心疾患と闘えるよう、今後も普及に向け努力していきたいと思います。 |
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栗林幸夫先生
慶應義塾大学医学部放射線診断科教授
1973年慶應義塾大学医学部卒業。同放射線科学教室入室。79年からハーバード大学医学部放射線科学教室(Brigham
and Women's病院)に留学。帰国後、東海大学医学部放射線科講師、助教授を経て、92年に国立循環器病センター放射線診療部医長となり、2000年から現職。
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