2024-7-31
はじめに
仙北市(本市)には,現在日本の地方が抱える問題と同様,人口減少と超高齢化,過疎化,医師不足という地域課題が存在し,当地域では公共交通機関が乏しい中山間地域で,医療へのアクセスが困難なことによる慢性疾患の重症化や医療費増大などの問題が生じている。そこで医療DXを推進し,市民へ安全で安心な質の高い医療の提供を行える環境の整備と市民の幸福度向上を目的に,車内搭載設備が充実した医療MaaS(Mobility as a Service)車両によるオンライン診療を導入したので,その概要について報告する。
医療環境
本市は秋田県の東部に位置しており,人口2万3227人,高齢化率45%(2024年3月現在),独居老人や高齢者のみの世帯が多い。市立角館総合病院(198床)と市立田沢湖病院(60床)の2病院があり,市立の診療所や開業医の先生方の診療所が13施設あるものの,医師不足は深刻で,地域の医療提供体制は危機的状況にある。路線バスの廃線,高齢者の免許返納,タクシー不足と経済的負担などで,交通弱者が多く存在する。
特に当院の診療圏である西木町は,人口3768人,高齢化率49.24%,面積は山手線内の約4倍と広大であり,へき地の中山間地の豪雪地帯で,森林率約90%で,集落も点在し限界集落も多く,過疎化している。西明寺診療所と約15km離れた山間部に所在する桧木内診療所の2施設で,日々の外来診療,訪問診療や往診の在宅医療(約30名),看取り,緩和ケア,社会的処方,地域包括ケア支援,介護施設の嘱託医など,さまざまな業務を常勤医師である私1人で行っている。特に冬の悪天候時などは訪問診療や往診,診療所間の移動,効率の悪さ,安全面で問題である。
導入の経過
私は,多くの役職を通じて行政と関わり,信頼関係を築き,市長と市の幹部に,本市の医療問題について諮問された。高齢者は複数の慢性疾患を抱えているが,多くは通院困難で,例えば体調に変化があった場合でもすぐに受診せず,長期間の処方や1か月分の処方を2か月かけて服用したりして,治療の中断につながるケースや家の中を見られたくないとの理由で訪問診療を断られるケースもあり,患者の健康状態を悪化させ,合併症のリスクを高めている。その結果,社会保障費,介護負担が増大し,高齢者は孤立化,孤独化すると,自殺や地域経済の停滞化につながる可能性も増大する。その解決には,在宅医療が重要で,「在宅医療支援型」医療MaaSで積極的に訪問診療を充実させて,ハイレベルの優良な医療を提供し,孤立化,孤独化を軽減させ,住み慣れた地域で,安心して暮らせる体制を構築したいと提言した。
その後市当局より,医療分野のDXとしてデジタル田園都市国家構想で申請した「仙北市DX基本都市構想」が採択され,車両を看護師が患者宅近辺まで運び医療アクセスの向上を図る「中間型」医療MaaSを導入して,市民の幸福度向上をめざすようにと,私に協力の依頼があった。医療MaaSの車両に電子カルテやオンライン診療システム,各種医療機器を搭載し,患者宅などへ看護師が赴き,診療所の医師とオンラインで結び,診療を行うものである(D to P with N)。さらに,2023年10月に仙北市は秋田大学と地域医療課題解決に向けて医療連携協定を締結し,遠隔医療に係る研究などを協力していくことになった。
車両,搭載機器,オンライン診療システム概要
医療MaaS車両は,山間部かつ狭隘地での運用のため,トヨタ「ハイエース バン 2.8Lディーゼル4WD(寒冷地仕様)」で,後部スライドドアには,可倒式手すり,オートステップを取り付けている。車両には,ポータブルバッテリーを搭載し,4K対応32インチ高精細モニタ,光学20倍・超解像40倍ズームカメラとマイク,スピーカーが固定で設置され,デスク,診察用ベッド(180cm)が設けられている。医療機器は,オンライン診療に対応する電子聴診器,ポータブル心電計,ポータブルエコーと,超音波骨密度測定器,上腕血圧計,非接触型体温計,動脈血酸素飽和度測定器,自動体外式除細動器(AED)などがある。PCとプリンタを搭載し,診療所と同じクラウド型電子カルテシステムを使用している。オンライン診療システムは,クラウド版「Kizuna Web」(ボーダレス・ビジョン)を使用し,診療所側の機器は,オンライン診療用PC,タッチモニタ,Webカメラ,マイク・スピーカーを使用している。車内の操作は,オンライン機器すべてを接続してスイッチャー(接続機器切り替え機)で選ぶ。通信機器はマルチキャリア対応の5Gモバイルルータを使用している(図1)。
運用の実際
2024年2月3日より診療を開始し,以後,毎水曜日午後より,定期的に現在1回1,2名の患者宅(距離3~30km)に訪問している。看護師2名と,運転士が乗り,玄関前に停めた車両に,患者と介護者が乗り込み,看護師の補助の下,医師が診療所にいながらオンラインで診療を行っている。医師は遠隔でカメラを上下左右操作して,患者と対面し,問診を行い,全身の診察部位を映し,ときには患部を拡大して視診している。カメラによる映像・音声だけではなく,電子聴診器による心音,心電計やエコーの画像もリアルタイムに診療所へ送信される。画像に自由に書き込みできる機能を有しているので,送信された測定結果にポイントをマーキングしながら患者へ直ちに説明している。その場で患者の電子カルテで診療データ参照し,迅速に処方箋の発行,会計処理を行っている。処方した薬は薬剤師が配達し,必要なら訪問服薬指導を行っている(図2)。
評価と問題点
医療MaaSを開始して,3か月で計12名を診療した。画面越しであるが,患者と医師が対面して,会話を交わしながら,機器を使用して情報を得つつ診療することで,互いに安心感を持って,信頼関係を深めることができる。必要な医療を受けつつ通院回数を減らせて,地理的・時間的・経済的負担も少なく必要な医療を受けることができ,患者,家族の満足度は高く,今後も定期的な訪問を希望されている。これにより,高齢者の孤立化,孤独化を軽減している。高齢医師の労働の負担を少なくでき,医師の働き方改革にも沿っている。以上より本事業は有効であると考えられる。しかし,現行の診療報酬のシステムでは,診療側の報酬が少なく,患者負担は少ないものの,人件費,運用費などの負担が大きく,医療MaaS単体は赤字で,自治体などの協力が必須である。
今後の展開
秋田大学は「遠隔医療推進開発研究センター」を設置し,秋田県の無医地区を診療するために医療MaaS車両を導入し,当院と市立病院と連携協力することになった。医療MaaSの車両を活用し,一般健診,必要な機器を増設してフレイル健診やオーラルフレイル健診を実施できる。また,地域のサークルなどの集いの場に医療MaaSと保健師を派遣し,医師が医療相談を行う予定である。医療MaaSを地域の公民館などでの巡回診療,施設入所者の診療,災害発生時の緊急時対応や被災地派遣,さらに市内のマラソン大会などのイベントへの活用も考えている。
(いちかわ しんいち)
1979年秋田大学医学部卒業。1985年秋田大学大学院医学研究科修了。医学博士。1985年に仙北組合総合病院泌尿器科科長となり,2000年から西明寺診療所所長(兼桧木内診療所所長)。日本泌尿器科学会専門医。2016年に読売新聞秋田県医療功労賞。2022年に日本医師会赤ひげ大賞,秋田県文化功労者表彰。仙北市医療協議会会長,仙北市在宅医療・介護連携推進協議会会長。