2023-7-12
OpenAI社が手がける生成AI「ChatGPT」が医療の世界でも話題だ。このOpenAI社に出資しているのがマイクロソフト社である。同社は製品にChatGPTの組み込みを進めるなど,生成AIにおいて大きな存在感を示している。日本の医療における生成AIの事業展開について,日本マイクロソフト株式会社業務執行役員パブリックセクター事業本部ヘルスケア統括本部長の大山訓弘氏に確かめた。
生成AIは業務や働き方が変わる可能性を秘める
─AIに関する事業展開を教えてください。
マイクロソフトは,以前からクラウドサービス「Microsoft Azure」のプラットフォーム上でAIソリューションを提供するなど,AIのビジネスを展開してきました。その中で,ChatGPT開発元のOpenAI社に出資をして戦略的なパートナーシップを結び,AIのビジネスを加速させています。2023年1月には,CEO兼会長のサティア・ナデラが,マイクロソフト製品すべてにChatGPTなどのAIツールを搭載すると発表しました。その第1弾として,検索エンジンの「Bing」にOpenAI社の大規模言語モデル「GPT-4」を組み込み,検索,チャット,生成などの機能を提供しています。今後「Microsoft 365」や「Microsoft Dynamics 365」にAIを組み込み,日常的にAIを利用できるようにします。さらに,2023年3月には,企業や官公庁など法人向けの「Azure OpenAI Service」を発表しました。これは,Azure上でOpenAI社のAIが利用できるサービスです。すでに,製造や金融などの大手企業が採用しており,文書作成などの業務を効率化しています。
─生成AIを強化している理由は何でしょうか。
マイクロソフトは,「地球上のすべての個人とすべての組織が,より多くのことを達成できるようにする」を企業のミッションとしています。そして,AIは,このミッションを実現するための技術として必要です。特に,生成AIはインパクトがあり,業務や働き方が変わるなど,大きな可能性を秘めています。マイクロソフトとしても非常に期待をしており,それがOpenAI社への出資につながっています。
医療分野では文書作成業務や研究の効率化のための活用が進む
─医療分野での生成AIの活用について聞かせてください。
主に2つあります。1つは医療機関で発生する大量の文書作成などの業務の効率化に生成AIが用いられています。もう1つは,研究の効率化のために活用されています。文書作成に関しては,2023年3月に米国において,子会社のNuance Communications社が,臨床文書自動作成アプリケーション「Dragon Ambient eXperience Express(DAX Express)」を発表しました。DAX Expressは,会話型アンビエントAIとGPT-4を組み合わせ,医師などの文書作成を自動化します。また,4月には,米国の電子カルテの大手ベンダーであるEpic Systems社と提携し,同社の電子カルテと生成AIを統合すると発表しました。これにより,生成AIが電子カルテ内のデータを読み取って,手術や退院などのサマリを自動作成できるようになります。
また,研究向けとしては,Microsoft Researchが開発した「BioGPT」があります。「GPT-2」をベースに「PubMed」上の論文名と抄録を学習させており,対話形式で必要としている論文に速やかにアクセスできます。その精度も高く,質疑応答のデータセット「PuMedQA」における正答率では,専門家の78%を上回る81%という結果を得ています。
─海外では医療分野での活用が進んでいるようですが,日本での取り組みはいかかでしょうか。
マイクロソフトは医療向けのシステムやアプリケーションを提供する企業ではなく,あくまでもこれらを手がける企業のパートナーです。医療分野での生成AIの利用に向けては,パートナー企業や業界団体,有識者から意見をいただきながら取り組んでいきます。具体的には,Epic Systems社の事例のように,日本でも電子カルテのデータを基に文書作成などができるようにしたいと考えています。また,今後は医療機関との共同研究なども検討します。
─医療で生成AIを使うメリットは何でしょうか。
医師は,診療以外に膨大な文書作成業務があり,それに多大な労力を要しています。生成AIを利用することで,これらの文書が自動で作成され,診療や研究,プライベートの時間を増やすことが可能になります。医療機関からのヒアリングでは,文書を生成AIが自動作成し,その内容を医師が確認,修正して完成させることで負担軽減になり,働き方改革にもにつながると期待されています。
医療での生成AI活用に向けて求められるガイドラインやルール作り
─医療で生成AIを使用することを不安視する声もありますが,どのように考えていますか。
不安視される理由は3つあると考えています。1つは,データの出所やAIが出した答えの根拠が不明というブラックボックス問題,2つ目がクラウド上で利用するためデータの保護や収集されたデータがどのように利用されるか不明だという懸念,3つ目としてAIが出した答えが誤っていた場合にその責任を誰が取るのかが明確でないことです。1つ目のブラックボックス問題ですが,生成AIで使用するデータは,インターネットなどオープンな環境のデータを用いずに,限定的かつセキュアな環境の臨床データだけを使用することが求められます。そのための環境整備が必要になってくるでしょう。2つ目のデータの利用に関する懸念などのルールは,生成AIの利用者とサービス提供者との信用関係にかかわることであり,事前に個人情報の取り扱いを明確にしておくことが重要です。また,3つ目の責任の所在については,システムやアプリケーションで生成AIがどのような位置づけにあるのかによって,異なると考えています。マイクロソフトとしては,生成AIのことを飛行機における副操縦士(co-pilot)だととらえています。操縦士は人であり,AIそれを補助する存在です。医療においても,繁雑な作業の効率化,見落としや見逃しの防止など,医療者を支援するのが生成AIの役割だと考えています。
─生成AIの使用について規制を設ける動きが世界で広がっていますが,どのように対応しますか。
5月に開催されたG7広島サミット(第49回先進国首脳会議)でも生成AIが議題に上るなど,大きなテーマであると認識しており,日本マイクロソフトも政府,行政と議論しています。官公庁が生成AIを業務に使用することを検討していますが,そのためにも国としてのガイドラインが必要だと思います。医療においても,学会,業界団体が中心となってガイドラインやルールを作成すべきです。日本マイクロソフトでは現在,日本医療情報学会や医療AIプラットフォーム技術研究組合(HAIP),PHR普及推進協議会などと意見交換を行っており,ガイドラインやルール作りに協力していきます。
医療の課題を解決して,医療の質の均てん化,個別化医療の実現に寄与
─医療への生成AIの普及に向けて,日本マイクロソフトではどのような取り組みをしていきますか。
生成AIのコンポーネントを提供していくのが私たちの立場ですが,それだけではなく,データ倫理の観点から,正しいデータの取り扱いの支援や,生成AIの安全な利用のためのセキュアな環境を確保することも,重要な役割だと考えています。
─医療での生成AIを普及させる上で,行政や医療界,産業界にはどのような取り組みが求められますか。
今後は生成AIに対する不安を解消するように,協力して方向性を示すことが求められます。その方向性に基づいて,日本マイクロソフトは医療機関や企業と協力して,生成AIの製品への組み込み,研究などに取り組んでいきたいと思います。
─生成AIで日本の医療はどのように変わりますか。
日本は,少子高齢化が加速し,それに伴い医療費が増大しており,国民皆保険を含めて,現在の医療システムを維持していくのが厳しくなっていきます。このような国家的な課題を解決する手段の一つとして,生成AIの活用があります。医療の質の均てん化,個別化医療などの実現に,生成AIは寄与できるはずです。近い将来,生成AIが電子カルテやPHRと連携して,場所を問わず高度な医療を受けられるようになると期待しています。
(取材日:2023年5月18日)
(おおやま くにひろ)
日本マイクロソフト株式会社にて,ヘルスケア業界に対する全般的な事業活動についての責務を担う。AIや複合現実・各種クラウドテクノロジーなどを含むマイクロソフトの製品/サービス全般を日本の医療現場や医療行政,製薬企業における経営改革,働き方改革に対する提案活動に従事している。また,医療情報に関連する学会・団体を通じた提言活動も行っている。2018年にマイクロソフトに入社する前はSAPジャパンにおいて各種マネジメントを歴任し企業の経営改革支援に従事。一般社団法人PHR普及推進協議会理事,一般社団法人日本ユーザビリティ医療情報化推進協議会監事,一般社団法人医療トレーサビリティ推進協議会監事,医療AIプラットフォーム技術研究組合マネジメントボード。香川大学経済学部卒。