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日本病院DX推進協会では病院と企業がフラットな立場で共に成長でき,医療現場に新しい発想,価値を生み出す活動を展開する 石川 賀代 氏 (一般社団法人 日本病院DX推進協会 代表理事,社会医療法人 石川記念会 HITO病院 理事長,一般社団法人 i shikoku holdings 代表理事)

2025-3-3

石川 賀代 氏

医療のデジタルトランスフォーメーション(DX)に向けて,国を挙げて施策が取り組まれている一方で,多くの病院が課題を抱えている。この課題を解決するために日本病院DX推進協会を設立した。今後,病院と企業がフラットな立場で成長でき,新しい発想,価値を生み出すために活動していく。人材不足,患者さんの高齢化が進む中で,病院は「前提を見直す」ことでDXを進め,働き手に選ばれることが大事である。

病院が抱える医療DXの課題を解決するために日本病院DX推進協会を設立

日本は今,超高齢少子社会となり,人口減少が進み,人材不足が深刻化しています。医療においても,高齢化による医療ニーズが高まる中で,限られた人材で質の高いサービスの提供を維持していくことは重要なテーマであり,その解決にはデジタル技術の活用が必要です。HITO病院では,このような背景からDXを進めてきました。私たちの取り組みについて,多数の施設から問い合わせや見学の申し込みなどがあり,医療DXに対して課題を抱えている病院が多いと感じていました。一方で,HITO病院が医療DXに取り組む中で,企業の「伴走」がないと困難なことを何度も経験してきました。また,医療DXを進める上で人材が不足していると相談を受けることが多かったことから,教育機関とも情報共有などの連携を図っていくことが大事だと思いました。
そこで,DXを推進するために,病院と企業,教育機関が情報を共有して,課題を解決するための場づくりが必要だと考え,2024年9月13日に日本病院DX推進協会を設立しました。10月11日に設立総会を開催し,2025年1月末の時点で会員数は病院,企業を合わせて123団体に上ります。

病院と企業がフラットな立場で成長し新しい発想,価値を生み出すために活動

今後,高齢の受診者が増加していくことが想定される状況で,多くの病院が課題に直面しています。その課題を解決するには,単にデジタル化するだけではなく,同時進行で組織を変革することが重要です。協会では,病院と企業がフラットな立場で共に成長でき,新しい発想,価値を生み出せるようにしたいと考えています。そのための主な活動として,(1) DXの普及啓発や技術導入支援のための会員制組織の運営,(2) 病院と企業のマッチング,(3) 好事例の表彰,(4) 調査研究事業,(5) 政策提言を行っていきます。
DXの普及啓発や技術導入支援のための会員制組織の運営については,会員への情報提供や,病院と企業が連携するためのフレームワークの構築,病院が医療技術の開発に関わるためのルールづくり,安心してデジタル化に取り組めるような環境の整備,企業のビジネス機会の創出やパートナーシップの拡大に取り組んでいきます。また,病院と企業のマッチングについては,単なるデジタル技術への投資にならないように,病院の課題に対してどのようにアプローチして解決を図るのかというところまで踏み込み,パートナーを見つける機会を提供します。そして,このような取り組みから生まれた成功事例を共有するために,表彰を行うことにしています。10月に開催予定の「2025年度一般社団法人日本病院DX推進協会総会」において,アワードの発表会を予定しています。さらに,そこで表彰されるような先進的なDX成功事例に対しては,調査研究事業として業務改善や費用対効果といった定量的な評価を行い,政策提言につなげていきたいと考えています。

デジタルツールを強制せずに積極的に活用していく流れを

HITO病院では,2017年1月に「未来創出HITOプロジェクト」を発足し,ICTを活用した業務の効率化による働きやすい環境づくりに向けた取り組みを始めました。将来的に生産年齢人口が減少し,医療従事者が不足することを見据えて,働き手世代に選ばれる病院になることを目指し,「小さく」ICT化を始めて,少しずつ成果や気づきを積み重ねていきました。病院経営が非常に厳しい時代となり,淘汰されるような状況の中で生き残るためには,DXを進める以外に道はないと言っても過言ではありません。また,現在,多くの業種で賃上げが行われていますが,医療は公定価格のため十分な対応が困難な病院が多いのが現実です。人材不足で業務量が増大しストレスを抱えている医療従事者も多く,このままでは人材が流出してしまうという危機感があります。働き手に選ばれる魅力的な職場にするためにもDXは重要です。
このような視点からHITO病院も業務用スマートフォンやチャットツールの導入といったデジタル化を進めましたが,職員にはデジタルツールの使用を強制しませんでした。自分たちが使って便利だと感じたら積極的に活用していくという流れをつくることで,DXを加速させることができました。HITO病院が導入しているスマートフォンやチャットツールは,すでに社会に広く浸透していて,特別なものではありません。他業種で活用されている技術を医療に応用していくという手法で取り組んだことで,職員に負担をかけずにコストを抑え,スムーズに進められました。さらに,デジタル技術を導入することで,小規模ケアチーム「多職種協働セルケアシステム®」のように組織体制やルールも変わって,病院DXを実現できたのだと思います。そして,私たちの取り組みが成果を得られたのは,理事長直轄の組織としてDX推進室を設けたことも大きな要因だと考えています。3人のメンバーが企画,企業との調整,教育・開発といった役割を分担して,迅速な意思決定により行動できています。
病院がDXに取り組む上では多くの課題があります。その一つとしてコストが挙げられますが,現在の診療報酬はDXに対する評価が低く,投資に見合うものではありません。また,医療DXに取り組む上で費用対効果を算出することがありますが,それを意識しすぎると前に進めなくなってしまいます。例えば,デジタル化により時間外労働を削減できたとしても,継続的に右肩下がりに減っていくわけではありません。加えて,DXのための専門の人材を確保することも困難な施設が多いと思います。HITO病院では,収益に応じたDXへの投資額を定めた上で,職場環境を最重視して少しずつ始めていきました。協会でもこのようなノウハウを会員と共有していければと思います。

「前提を見直す」ことが必要 DXで働き手に選ばれる病院に

現在,国を挙げて医療DX施策が取り組まれていますが,各施策を個別に進めるのではなく,関連させて方向性を示していくことが求められます。現状では,医療現場の職場環境を改善するような効果はあまり期待できません。全国医療情報プラットフォームなどの施策が進んでも,多くの病院がメリットを得ることは難しいと思います。まずは,個々の病院がDXを進めて,情報共有やデータ活用のためのプラットフォームを構築することが必要です。また,国にはDXを進めるための環境整備として,病院をイノベーションハブとして捉え,プラットフォーム構築のための補助や,企業が持つデジタル技術とのマッチング支援を行うといった施策にも期待します。
一方で,病院の経営者,管理者には,将来に向けて「前提を見直す」ことが必要だと思います。人口減少が進んでいく中で,今までの常識を当てはめようとしても,次世代には受け入れられないのではないでしょうか。トランスフォーメーションは「前提を見直す」ことから生まれると思います。これから医療現場に入ってくる人材は,すでに教育現場でデジタルツールが取り入れられていて,当たり前のようにそれらを使って勉強してきたデジタルネイティブ世代の若者です。彼らにとって,電話や紙を使って仕事をしなければならないことは大きなストレスになっているはずです。医療現場では,当たり前になっている旧態依然の業務,慣習を見直していかないと,スマートフォンで生成AIを使いこなしているような若い働き手には選ばれないでしょう。
今後,高齢者が増えていく状況で,私たちは医療職として本来あるべき姿である「患者さんに寄り添う」ことに専念できる環境が,今まで以上に大事になってきます。それを実現するためにも,DXで業務の効率化を図ることが必要です。協会では,このような視点から会員をはじめ多くの方々からアイデアをいただき,病院の抱える課題の解決に寄与していきます。

 

(いしかわ かよ)
病院にスマートフォンを導入し,地域における積極的なICT活用による働き方改革を推進,ひとの「いきるを支える」医療提供を目指すとともに,医療分野におけるDX推進に尽力する。2024年10月より日本病院DX推進協会を発足,代表理事を務める。