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医療DXの推進には,すべての国民,患者,医療者がメリットを享受できることが求められる
医療機関は地域における役割を明確にして,戦略的に取り組むことが大切  
長島 公之 氏(公益社団法人 日本医師会 常任理事) 日本医師会が考える医療DX

2023-3-8

長島 公之 氏(公益社団法人 日本医師会 常任理事)

日本医師会は,2001年の「日医IT化宣言」以降,医療のIT化に取り組んでおり,政府の医療DX推進本部の施策が適切に進むよう積極的に協力していきたいと考えている。技術革新と医療環境の変化により,国を挙げて医療のデジタルトランスフォーメーション(DX)を推進するが,実現に向けては安心・安全を確保し,国民,患者,医療者が誰一人取り残されることなくメリットを享受できることが求められる。そして,医療機関は地域での役割を明確にして戦略的に取り組むことが重要である。

日本医師会は20年以上,医療のIT化を推進

日本医師会では,2022年6月に閣議決定された「経済財政運営と改革の基本方針2022 新しい資本主義へ~課題解決を成長のエンジンに変え,持続可能な経済を実現~(骨太方針2022)」の中に,医療DXの推進が盛り込まれたことを大いに評価しています。
これまでも日本医師会では,医療のIT化,デジタル化の必要性を主張するとともに,旗振り役として推進してきました。まず2001年に「日医IT化宣言」を発表し,医療のIT化を進めるために,その土台となるネットワークづくりに向け,レセプトコンピュータの標準化を図る「ORCA Project」において,「日医標準レセプトソフト」を無償公開しました。さらに,2016年には,「日医IT化宣言2016」を公表しました。この中で,安全なネットワークを構築するとともに,個人のプライバシーを守ると宣言しています。加えて,患者の同意に基づいて収集した医療情報を研究・分析して,医療の質向上と安全の確保をITで支えるために努めることを盛り込みました。また,国民皆保険をITで支えるとして,日医標準レセプトソフトの提供と普及を進め,診療報酬請求のためのインフラの整備を行うことを明記しています。さらに,地域医療連携・多職種連携のために,電子カルテのない医療機関でも電子化された医療情報を活用できるようなツールを開発・提供するとしました。そして,電子化された医療情報を電子認証技術で守るために,電子認証局(HPKI)事業の推進と医師資格証の普及を図ることを表明しています。
このように,日本医師会が20年以上前から医療のIT化に取り組んできたのと同様の内容が,「全国医療情報プラットフォームの創設」「電子カルテ情報の標準化等」「診療報酬改定DX」として,骨太方針2022に取り入れられました。今後,政府の医療DX推進本部の下に施策が進められますが,日本医師会としても適切な方向に進むよう,積極的に協力していきたいと考えています。

医療DX推進の背景に技術革新と医療環境の変化

骨太方針2022の中で医療DXの推進が盛り込まれたのは,日本の医療が抱える課題があり,それがITなどのデジタル技術によって解決できるからです。
政府が医療DXを推進する背景には2つの要因があります。1つは技術の進歩です。ITなどのデジタル技術の進歩により,これまでは困難だったことが可能になりました。ネットワークやハードウエア,ソフトウエア,セキュリティなどの技術が進歩して,安全に情報を利活用できるようになりました。また,もう1つは医療を取り巻く環境の変化です。以前は病院完結型医療が中心で,1人の患者を1施設が診ていました。しかし,疾病構造が変化して,1人の患者が複数の疾患を抱えていたり,医療機関の機能分化と連携が進んだこともあり,複数の医療機関が1人の患者を支える地域完結型医療へと移行しています。その一方で,医療情報の複雑化,データ量の増大によって,紙やフィルムでのやりとりだけでは情報共有が難しくなっています。そこで,ITを活用して医療機関が電子化された情報を共有する仕組みが求められるようになってきました。
このような状況を踏まえると,「全国医療情報プラットフォームの創設」については,各地域で地域完結型医療のために構築されている既存の地域医療連携ネットワークと併用していくことが必要だと思います。すでに地域医療連携ネットワークが有効利用され,定着している地域もあるので,この仕組みは残すべきです。両方のメリットや特性などを考慮して,進めていくべきでしょう。「電子カルテ情報の標準化等」は,国が主導していくことが大事です。すでに,電子カルテなど多くの医療情報システムの導入が進んでいる中で,標準化を進めるには,しっかりとした方向性を示してほしいと思います。また,「診療報酬改定DX」は,改定時の大きな問題となっているレセプトコンピュータの更新作業が効率化されると期待しています。現状,更新作業は改定時に集中しておりベンダーの負担になっていますが,このスケジュールに余裕を持たせることで軽減できます。さらに,共通算定モジュールの開発が明記されていますが,これが実現すれば更新作業が効率化し,マンパワー不足などの問題も解決できるでしょう。

すべての人がメリットを享受できることが大切

昨今,頻用されるDXという言葉に明確な定義はないのですが,この言葉を提唱したスウェーデンのエリック・ストルターマン氏は,“Information technology and the good life”という論文の中で,「デジタル技術が人々の生活に影響を与え,より良い方向に変化させること」だと述べています。この言葉を踏まえると,日本医師会がめざす医療DXとは,「ITなどのデジタル技術が,社会,医療界に浸透して,人々の生活をより良い方向に変化させること」になります。具体的には,「ITという手段によって業務の効率化や適切な情報連携を進めることで,国民,患者により安全で質の高い医療を提供するとともに,医療現場の負担を減らすこと」だと考えます。そして,これは2001年の「日医IT化宣言」の中ですでに示していることでもあります。日本医師会では,IT化やデジタル化は目的ではなく,あくまでも手段と考えています。デジタル技術は万能ではありません。従来の方法と組み合わせて,適切に活用することがとても重要です。国民や患者に適切な医療を提供すること,医療現場を効率化することが目的である以上,拙速に進めてしまい,医療現場に混乱を生じさせるようなことがあってはなりません。
今後,医療DX推進の施策が進められると思いますが,医療現場の状況を把握して取り組むことが求められます。また,医療情報は生命や健康にかかわるものなので,有効性と安全性を確保した上で,利便性や効率性を追求していくことが大事です。そして,国民,患者,医療者の誰一人も取り残されることがないように進めなければなりません。そのためには,3つのポイントがカギとなります。1つ目は,誰にでも使いやすい技術を用いることです。特別な研修など受けなくても容易に扱えなければなりません。2つ目のポイントは,サポートです。高齢者や障がい者でも利用しやすいように,どのようにサポートしていくかがカギとなります。そして,3つ目は情報リテラシー(活用能力)の向上です。このリテラシーには2つの意味があります。1つはデジタル技術を使いこなす能力を高めること,もう1つはメリットとデメリット,リスクを理解することです。この3つのポイントに取り組み,すべての人がメリットを享受できることが大切です。

サイバーセキュリティ対策のための専門知識,人材,財源の不足が課題

今後,医療DXを推進していく上で,課題も多く残されています。日本医師会では,「日医IT化宣言2016」の中で,安全なネットワークの構築に言及していますが,昨今,医療機関がサイバー攻撃を受けるなど,セキュリティへの対応が十分だと言えません。多くの医療機関で,サイバーセキュリティのための専門知識,人材,財源が不足しています。医療者の多くは,専門的な教育を受けておらず,専門家の雇用が困難な医療機関がほとんどである一方,診療報酬にはサイバーセキュリティに対する評価がありません。サイバー攻撃のリスクが高まっている現状を踏まえると,安全なネットワークを構築するためには自助だけでなく,環境整備のための公助が必要です。国には,サイバーセキュリティ対策の教育・研修だけでなく,補助金などの支給も検討してほしいと思います。なお,日本医師会では,2022年6月からサイバーセキュリティ支援制度の運用を開始しています。この制度では電話での相談窓口の設置,サイバー攻撃の被害を受けた施設や個人情報が漏えいした施設への一時支援金の支給などを行っています。

医療機関は地域の中で自施設の役割を考え戦略的にDXを進めることが重要

超高齢社会の進展と医療技術の進歩により,今後ますます地域医療連携の必要性が高まってくるでしょう。都市部や地方,へき地など,地域によって求められる連携のあり方は異なります。医療機関には所在する地域の中で自施設がどのような位置付けなのか,どのように連携に参加するのかを考えることが求められています。そして,地域での役割を明確にして,安全で質の高い医療を提供するために,自施設のDXに戦略的に取り組むことが重要です。

(取材日:2023年1月6日)

 

(ながしま きみゆき)
1984年島根医科大学卒業。92年に自治医科大学大学院を修了し,同年長島整形外科を開業。日本整形外科学会専門医,医学博士。日本医師会医療IT委員会委員などを経て,現在,日本医師会常任理事,栃木県医師会常任理事を務める。

ITvision No.47(2023年2月25日発行)転載