2023-12-1
小西 正三(大阪大学大学院 医学系研究科 医療情報学)
山本 征司(大阪大学医学部附属病院 医療情報部)
武田 理宏(大阪大学大学院 医学系研究科 医療情報学)
医療・介護の現場において,タブレットやスマートフォンなどの利用が進んでいる。本シリーズでは,毎回,モバイルデバイスを有効活用している施設の事例を取り上げる。シリーズ第19回は,大阪大学の小西正三氏が,スマートフォンを用いた院内チャットツールの導入経験を報告する。
背 景
医療現場では多職種が協働して業務を行っている。医療者間でのやり取りの内容は,職員の呼び出しなどの単純な業務連絡から,患者の病状報告や治療方針の相談まで,その緊急性や機微性はさまざまである。
当院では,院内における医療者間の連絡手段として電話(固定電話・PHS)および電子カルテ内のメッセージ機能が用いられてきた。電話は特定の相手に対する連絡手段であり,即時性が担保され,臨機応変な対応ができるため,患者の病状急変の報告や指示を仰ぐには適している。一方で,診療やケア中に電話応答することは,医療安全や患者サービスの点から好ましくない状況もある。伝えられた内容を保存できないため,情報伝達ミスにつながることもありうる。また,相手の業務を中断させることを懸念して,架電をためらう場合もありうる。
電子カルテ内のメッセージ機能は,電子メールに類似したインターフェイスであり,1対1または1対多の連絡が可能である。テキストメッセージに加えて添付ファイルの送信も可能であり,送信相手の既読・未読のステータスも表示することができる。しかし,電子カルテ端末にログインしなければ使用できず,院内を動き回ることの多い医療者にとっては即時性に乏しいことが短所である。そのため,患者診療に関する緊急性の高くない報告や相談,診療グループにおける入院予定や手術予定の周知,あるいは臨床研究などでの被験者データシートの受け渡しなどでの利用が中心である。
近年,多くの企業では業務上必要なコミュニケーションをサポートするツールとして,従来の電話や電子メールに加えて,ビジネスチャットツールの導入が広がっている。当院においても,PHSサービスの縮小に伴って院内PHSからスマートフォンへのリプレイスが決まったことを受け,新たな職員間コミュニケーションツールとしてチャットツールの導入を検討することとした。
システムの必要要件
当院でのチャットツール導入検討に当たり,以下の点をシステムの必要要件とした。
1.患者情報のやり取り
医療者間における業務連絡は,個々の患者に関する具体的な情報を含むことが多い。電子カルテと同様にセキュアなネットワーク環境下にてチャットツールを運用することで安全な患者情報のやり取りを可能にし,業務支援ツールとしていく必要がある。
2.既読・未読の把握
チャットツールを用いて行う連絡は急を要する内容ではないとはいえ,一定の時間内にレスポンスを必要とすることもありうる。したがって,送信者が相手の未読・既読ステータスをメッセージごとに把握できることが必要である。相手が確実にメッセージを読んだかどうかを確認することで,情報伝達ミスを防ぐことができる。また,不必要な確認や念押しを避けることにもつながる。
3.グループ内での情報共有
チーム医療の浸透とともに,診療科や部門の枠を超えて多職種が情報共有を行うことも多くなっている。したがって,それぞれのユーザーが任意のグループを設定でき,メンバーの出し入れも自由に行える機能が必要である。また,場面に応じて,テキストではなく写真で示すことで簡便かつ具体的に伝えられる場合や,部署内で文書を回覧する場合も考えられる。したがって,写真やドキュメントなどのファイル添付が可能である必要がある。
4.セキュリティの担保
スマートフォン端末でのチャットツール利用は利便性を向上させるが,一方で常に紛失のリスクがある。したがって,端末自体にメッセージが保存されないことや,管理者が簡便にアカウントの抹消手続きを行える必要がある。
実 装
1.システム構成
一般にサービスの形態としてオンプレミス型とクラウド型が挙げられる(表1)。近年は導入のしやすさなどからクラウド型のサービスが主流と言えるが,前述の必要要件を勘案し,当院では院内に専用サーバを構築した上でオンプレミス型のツールを選択した。サーバ構築費用などの初期費用を要したが,大学病院の特性として職員数が約4000人と多いこともあり,最終的な費用はクラウド型とほぼ同等の水準と見込まれた。
システム構成を図1に示す。患者情報を安全に取り扱うため,スマートフォン端末は病院情報システム配下のWi-Fiに接続した。チャットツールはスマートフォン端末および電子カルテ端末のいずれからでも利用でき,スマートフォン端末では専用アプリによって,電子カルテ端末ではWebブラウザによって利用することとした。病院の敷地外からは,VPN接続を介してスマートフォン端末でチャットツールを利用するようにした。
2.ユーザーインターフェイス
メッセージの作成,閲覧画面は一般的なチャットツールに類似しており,直感的に使える仕様である(図2)。ファイル添付の可否やその種類は管理者が設定できる。また,メッセージ作成画面からカメラを起動し,写真の添付を行うこともできる。また,ワンタップ/クリックで既読者,未読者の一覧を確認できる(図3)。
3.ユーザー管理と紛失対策
日々のユーザー管理はシステムの大きな課題である。当院ではオンプレミス型のメリットを生かし,電子カルテのユーザー管理と連携することで省力化と削除忘れの予防を図っている。また,チャットのメッセージ内容はすべてサーバに保存されており,スマートフォン端末には保存されない。添付ファイルについても,スマートフォン端末へのダウンロードはできない設定とした。スマートフォン端末のログイン認証およびチャットツールのログイン認証を必須とし,スマートフォン端末紛失時には管理者がチャットアカウントを削除でき,またモバイルデバイス管理により端末そのものの利用を停止させられる運用体制とした。
まとめ
スマートフォン導入を契機に,院内チャットツールの導入を行った。セキュリティ面に留意しながら,患者情報を含む内容をやり取りできる体制を構築した。ユーザー数に比してメッセージ量はまだ限定的であり,引き続き普及を図っていきたい。
(こにし しょうぞう)
2006年大阪大学医学部医学科卒業。大阪警察病院(循環器内科)などでの勤務の後,2019年大阪大学大学院医学系研究科にて博士(医学)を取得。同年4月より特任助教(常勤)。