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スマートフォンを活用したデータ共有の試み─「WAKARTE」を中心に中村 明央(昭和大学 総合情報管理センター)

2025-3-3

中村 明央(昭和大学 総合情報管理センター)

中村 明央 氏

医療・介護の現場において,タブレットやスマートフォンなどのモバイルデバイスの利用が広がっている。昭和大学では,PHR(Personal Health Record)システム「WAKARTE」を開発。高いセキュリティの下,スマートフォンを活用して医療機関と患者(利用者)間で診療情報を共有している。中村明央氏がそのコンセプトや運用の実際を報告する。

はじめに

「カルテは患者のものである」。このポリシーに基づいてPHRシステム「WAKARTE」が作成された。東日本大震災で歯科治療データが失われたことがきっかけで,診療内容をスマートフォンで自己管理し,いつでもどこでも提供できるシステムを目指して開発が始まった。これがWAKARTEの始まりである。

コンセプト

機微な診療情報を医療機関同士で連携し,患者(利用者)に情報提供する従来の方法では,個人情報の扱いや継続性などに限界があり,登録施設しか利用できず患者にとっても施設にとっても平等なシステムとは言えない。また,サイバーセキュリティの観点からも電子カルテシステムと外部連携することは,システム障害,情報漏えいといったセキュリティリスクを抱えている。いくら確保された閉域網が堅固であっても接続先のセキュリティレベルが低ければリスクは減らない。外部連携接続による情報の共有は,電子カルテシステムのセキュリティ確保とは相反する事象である。システム管理者としては,「便利は不便の始まり」で電子カルテシステムと外部連携接続を積極的に推し進めるのは躊躇せざるを得ない。
このような背景から,患者(利用者)への情報提供を推進するためには,「安全に(提供側・受領側のセキュリティ確保)」「平等に(どの施設においても対応可能)」という点を重視した新しい仕組みが必要と考えた。WAKARTEの基本コンセプトはスマートフォン,オフライン,高セキュリティ,安価な導入,平等,患者管理であり,患者スマートフォンを使って,診療情報を医療機関と患者(利用者)間で共有することである。

システム仕様

WAKARTEが診療情報の共有という点で重視するポイントとしては,以下の8項目である。
(1) 患者(利用者)主体
(2) 安心安全,安価に,平等に
(3) 誰でも簡単に扱える。
(4) ログインIDはメールアドレス,郵便番号も登録
(5) 集まったデータを分析し,余病未病に活用
   個人のデータ,地域のデータを分析
(6) 緊急時・災害時のカルテに
(7) 医療情報・健康情報のプラットフォームとして
(8) オンライン診療,スマートフォンカルテを目指して

WAKARTEは患者(利用者)を主体とし,医療情報や健康情報を個人が管理できるようにする。今まで施設が所有していた診療情報を患者のスマートフォンに情報提供することで管理を施設側から患者側に移行する。まさに,PHRとして情報を扱う形へと展開する。スマートフォンにて情報管理することで,いつでもどこでも自分の情報を共有でき,安心安全かつ安価に,平等に情報を提供することが可能となると考える。WAKARTEは,電子カルテシステムから安全に患者のスマートフォンに診療情報を提供できるシステムであり,HL7 FHIR規格に準拠している。また,誰でも簡単に扱えるよう設計されており,二次元バーコード「Fuzzing×QR®」を使って簡単に情報の授受が可能である。
さらに,医療機関から受領した自身の医療情報を共有したい家族やクリニックなどに対しても簡単に提示できるよう考慮され,アクセスについては患者自身がいつでもWAKARTEで操作が可能である。ログインIDはメールアドレス,郵便番号も登録するため,地域や施設の広報などにも利用価値がある。情報の共有により重複検査防止など,医療費の削減にも貢献でき,集まったデータを分析し,余病や未病に活用することが期待できる。WAKARTEは,医療情報・健康情報のプラットフォームとして,災害時はもちろんのこと,スマートフォンカルテやオンライン診療を目指している(図1)。

図1 サービスイメージ

図1 サービスイメージ

 

画面構成(図2)

WAKARTEでは上段に,個人識別二次元バーコード,クラウドへの保存,施設からの診療情報取り込みボタン,中段は格納したデータ種である,基本情報,検査情報,アレルギー,処方,予約,レポート,画像情報へのアクセスするマイデータ。下段には,ほかのアプリとのサービス連携や自身のデータ公開設定をはじめ,他ユーザー情報参照がある。施設からのデータは黒文字,血圧,体温など個人が記録するデータは青文字にすることで,診療情報と健康情報を識別できるようにしている。また,格納した情報に基づいたお知らせ通知も備えており,例を挙げると,予約情報に基づいて外来日の数日前の通知や,お薬の飲む時間に通知することで利用者のヘルスケアに関する情報を提供する。

図2 WAKARTEアプリ

図2 WAKARTEアプリ

 

Fuzzing×QR®の活用

二次元バーコードの欠点として,大容量の情報を転送する場合に巨大な一枚の二次元バーコードとなってしまう。また,読み取りやすい大きさにしてしまうと,二次元バーコードの枚数が増えてしまう。巨大な二次元バーコード1枚をスマートフォンのカメラにて収めようとすると二次元バーコードからかなり離れたところから読み取る必要があり,また読取焦点を合わそうとすることで手間取ってしまう。複数枚の二次元バーコードについても多くの二次元バーコードを取り込む必要があり同様に手間がかかる。
そこで,多くの枚数の二次元バーコードを動画として連続で表示させることで読み取る手間を省力できないか考えた。近年のスマートフォンのカメラの性能を鑑み,カメラにて二次元バーコード動画を読み取ることで,手間をかけずに情報のやりとりができることを考案し,これをFuzzing×QR®と呼ぶ。WAKARTEにFuzzing×QR®を実装することで,診療情報のデータ転送にかかる時間を極小化している。実際には,医療機関の電子カルテ画面に2要素認証にてFuzzing×QR®を出現させ,スマートフォンをかざして診療情報を授受することで,300KBのデータを0.8秒で転送が可能である(図3から模擬体験可能)。

図3 WAKARTEデモンストレーション(模擬体験)

図3 WAKARTEデモンストレーション(模擬体験)

 

WAKARTEが創る世界

このようにWAKARTEは患者個人が診療情報を自己管理することができるPHRシステムである。診療情報だけではなく,さまざまな個人に関する情報を集約し組み合わせることで,さまざまな活用が想像できる。地域医療連携は当然ではあるが,基礎疾患に基づいた健康支援サポートなど健康意識向上を志向したサービス受容や,災害時の医師とのスムーズな共有を可能とする災害時カルテなど多岐にわたる。さらにマイナポータルとの連携を視野に,個人に関わる情報を集約することで生まれる力は,今後のヘルスケアを取り巻く環境,ひいては健康寿命の延伸によりQOLの向上に寄与するものである(図4)。

図4 WAKARTEが創る世界

図4 WAKARTEが創る世界

 

(なかむら あきおう)
昭和大学総合情報管理センター長・教授。昭和大学医学部卒業(医学博士)。外科教授から臨床経験を生かし,2014年に昭和大学江東豊洲病院開院準備にて電子力ルテ導入に関わり,2022年4月より現職。医療現場DX推進に注力している。
モットーは「カルテは患者のもの」である。
*昭和大学は2025年4月1日より「昭和医科大学」に校名を変更します。