2013-1-21
山崎 友義氏
医療現場でのモバイルデバイスの活用が広がる中で,電子カルテシステムと連携して,実施入力などを行い,診療業務の効率化を図る事例が出てきている。これまで携帯情報端末(PDA)やノートPCで行われていた業務がモバイルデバイスに切り替わることで,どのようなメリットを生んでいるのか。 宮崎大学医学部附属病院の事例について,山崎友義氏が解説する。
■はじめに
宮崎大学医学部附属病院(以下,当院)は,医療従事者の電子カルテ入力業務の軽減と医療情報の共有・活用を促進するため,電子カルテシステム「CUMNAVI(カムナビ)」と一体化したAndroid OSスマートフォンシステム「WATATUMI(ワタツミ)」を,2011年4月から段階的に開発・導入した。当初は,病棟看護師の入力業務補助として病棟看護師へ配布し,順次業務を追加するとともに(図1),医師には2012年5月より病院勤務者全員に配布した。
本稿では,病院概要,ワタツミの導入の目的と経緯,運用現況,導入効果を示すとともに,医療情報端末としての今後の開発予定と課題について述べる。
■病院概要
当院は,病床数が612床,18診療科で構成され,医師と看護師を合わせて1000名の職員数を有する宮崎県の高度先進医療施設である。看護師へは日勤帯勤務者数として250台,病院に勤務する医師へは400台,計650台のスマートフォンを配布している。
■電子カルテシステムへのスマートフォン導入の目的と経緯
当院は,診療業務補助として,携帯情報端末(PDA,NECインフロンティア社製)250台を用い,ベッドサイドで患者認証や観察項目結果,注射実施の看護入力業務を行える電子カルテシステムのカムナビを独自に開発し,2006年5月より外来・病棟で運用している。カムナビの設計コンセプトは,クリニカルパスを軸とする電子カルテである。しかし,PDA運用の問題点として,大きさと重量が79mm×157mm×25mm,300gもあり,看護師のポケットに入れての携帯は困難で,画面サイズと画素数も3.5インチ,250ピクセル×320ピクセルと小さくて鮮明でないため,表示内容の視認性が悪く,ボタンを押す操作も必要とされるなど,携帯性,視認性,操作性の問題を利用者から指摘されていた。さらに,更新価格が1台16万円(見積もり価格)と高価であり,PDAの更新と台数を増やすことが困難であることも,経営上の問題点として挙げられていた。
2011年5月から運用を更新した新カムナビでは,看護師が指摘する問題の解消を目的として,市販のAndroid OSスマートフォン「GALAXY S SC-02B」(SIMなし,1台6万円)を用いて,新カムナビに連動した診療業務が行えるワタツミを同時に開発・導入した。
ワタツミの開発・導入では,入力業務の軽減と機器更新の費用軽減とともに,スマートフォンの機能(電話,メール,動画配信など)を利用した医療専門職の間でのコミュニケーション促進を想定した。
Android OS端末を選択した理由として,システム開発・導入の自由度がiPhone系に比べて高く,維持管理コストの低減を見込めたからである。
■ワタツミの運用現況
2012年11月の時点で,看護業務と画像表示,検査歴表示,写真撮影(編集を含む),文書参照・承認,の機能を運用している(図2,3)。
患者認証や注射薬剤オーダは,リストバンドや注射ボトルに印刷したバーコードを,スマートフォンのカメラで連続的に取り込み,認証している。入力・閲覧の操作はタッチパネル方式として,タップ,スライド,フリック,ピンチイン・アウトなどのスマートフォンの特徴的な操作方法を活用している。
検査歴参照では,検査項目ごとに時系列とグラフが表示できる。画像ビューワは,単純撮影,CT,MRI,PET,超音波診断装置,内視鏡の画像を参照できる(JPEGで提供)。
写真撮影機能は,患者認証後に利用でき,カムナビに設定した患者写真フォルダに保存・管理される。カムナビに保存された写真は,ワタツミ上で編集(作図と文字入力)することができ,ベッドサイドで写真を編集することもできる。カムナビで保存されている写真は,ワタツミで共有できる。
ワタツミのセキュリティポリシーは,専用のイントラネット環境下で端末にデータを保存させないことである。写真を含む患者データのすべては,入力操作終了後,直ちにカムナビの患者データベースへ保存され,管理されている。利用者の利用履歴(ログ)のすべてを記録している。
端末のセキュリティー対策は,2012年5月よりワタツミを利用する端末のすべてに不正プログラム対策,遠隔制御,集中管理が実施できるソフトを導入している。
■ワタツミの導入効果
2011年5月のワタツミ導入前に,一部の病棟で従来のPDAシステムとワタツミの両者を1か月間の併行運用し,看護入力業務の軽減効果を検討した。その期間で同一入力者による患者認証,基本バイタル入力,点滴実施入力のタイムスタディ(対象患者数32例)を行い,看護入力業務負荷の調査を行った(表1)。
調査の結果,入力時間は短縮し,PDAと比べて入力業務の負荷を減少させる効果を得た。入力時間が短縮した理由として,患者ID認証作業をPDAではWebアプリで行っていたのに対し,ワタツミはネイティブアプリで行ったこと,カメラのオートフォーカス機能を利用することで画面展開速度が速くなったことが考えられる。
全病棟導入から2か月後に行った利用者アンケート(対象は看護師421名,回収率88.6%)より,携帯性,操作性,視認性の項目で高い評価を得た(表2)。
アンケート時に寄せられた要望として,もう少し小さい端末がよい,電話として利用する,インターネットに接続,記録の入力を可能にする,などが挙げられた。問題として,画面展開が速く,操作が追い付かないことを指摘された。
検査歴・画像の表示機能は,医師や看護師がベッドサイドで患者にデータや画像を参照させることを可能とした。カメラ機能は,患部の撮影や手術時の撮影(術野や摘出臓器)などで利用されている。文書参照機能は,文書入力機能が未導入なので,利用頻度は多くないのが現状である。
医師のワタツミ利用調査は,2013年1月下旬のPHS機能,医師オーダ複写機能の運用の開始後に行う予定である。
スマートフォンの購入コストは,PDAの更新に比べて約1/3であった。その結果,当初のPDA更新予算で,医師に貸与するスマートフォンを購入できる経営的効果を得た。
■今後の開発予定と課題
2013年1月下旬より,SIPフォンによる院内PHS機能,医師オーダ複写機能の運用を開始し,2013年度より文書入力などの図1の未開発業務を順次導入する予定である。この開発と同時に,医療専門職による指導・教育や臨床所見とりなどのベッドサイドで簡便に記録する業務を,携帯端末(スマートフォンやタブレット)で実施する機能も開発している。さらに,院外でのワタツミ利用や個人所有のスマートフォンへのワタツミ導入の検討も行っている。
上記の機能は,医療専門職の記録に関する業務負担を軽減する目的とともに,病態に応じた記録内容の体系化・構造化も視野に入れている。そして,今後のワタツミ開発は,電子カルテにデータをどのように入力するかでなく,電子カルテシステムの膨大なデータをどのように活用して,ベッドサイドの医療専門職へリアルタイムで有用な知識として提供できるかに目的をシフトしている。
当病院では,2012年4月以降にグループウエア用端末機能を充実させている(図4)。これらの機能を用いて「いつでも,どこでも,だれでも」が利用できるユビキタス環境下,クリニカルパスを軸とする電子カルテシステムを利用しながら,医療専門職の間で知識コミュニケーションを促進させ,患者へ提供する医療の質を向上させていくことを試みている。ワタツミはこの知識コミュニケーションを促進させるツールであり,電子カルテシステムの膨大なデータを個々のレベルで共有・活用しながら医療の質を向上させる新たな知識をつくり続ける動的知識循環のマネジメントツールとなるよう,開発・運用を行っていくことが,当院の医療情報部に与えられた課題である。
◎略歴
(やまざき ともよし)
1977年大阪府立公衆衛生学院卒業。78年に大阪府立病院研究検査科(現・大阪府立急性期・総合医療センター)入職。その後,2004年に大阪工業大学工学部卒業,2010年に北陸先端科学技術大学院大学博士後期課程修了(短期終了)。 同年北陸先端科学技術大学院大学知識科学研究科。2011年から宮崎大学医学部附属病院医療情報部に所属し,現在に至る。著書として「Knowledge Management of Healthcare by Clinical-pathways. : Managing Knowledge for Global and Collaborative Innovations」〔Samuel(eds),World Scientific,2009〕がある。