2012-5-28
宮川 一郎 氏
iPadなどのタブレット端末を診療現場で活用する動きはクリニックにも広まりつつある。なかでも,問診票や患者説明での利用は,診療の効率化だけでなく,患者の理解度が増し,満足度向上にもつながる。さらには,自らが診療に積極的にかかわる動機付けにもなり,集患対策としても有効と言えよう。今回は,宮川一郎氏が自院での活用事例を報告する。
■はじめに
私は,大学病院・公立病院・救命救急センター・最先端手術を行う個人病院での勤務医を経て, 千葉県船橋市で2007年より継承の形で開業した。開業して感じたことは,かかりつけ医と言われる地域密着の医療現場において,矛盾や違和感であった。
医療者と患者さんの関係は決して悪くはないが,「他所でもらってた薬がなくなったから,ついでに薬をください」とか,「昨日,ほかの診療所で薬もらったけど効かないから,薬をください」などのコンビニ感覚での受診や,自分自身の病態や状態をまったく理解せず,面倒になって内服や治療を中止し,具合が悪くなって慌てて駆け込み寺的な受診をする患者さんが実に多い。
セカンドオピニオンは重要なことではあるが,受診して検査を受け薬をもらい,数日で効果が出なければ,ほかの医療機関を受診して,また検査を受け薬をもらっている方が決して少なくはないのである。重複する過剰検査や投薬は,高額検査機器の増加とともに医療費の増加をもたらしている。
自宅でできる運動療法や食事療法を無視し,投薬や受診してのリハビリテーションですべての解決を求める方も多く,これも医療過多の原因となっている。 患者さん側だけではなく,医療者側にも問題がある。治療の中断や医療不信の原因,医療訴訟の一部には,医療者側の誠意ある対応の不足や説明の不足もあると,実際の医療現場ではしばしば感じる。
2009年2月の日本医療企画社と日本フィードバックジャパン社が行った「患者1万人大調査」では,患者さんの不満のうち,医師の治療技術や診断能力に対する不満より,医師や医療者のコミュニケーション不足(態度や説明,応対)に対する不満がはるかに多かったのである。
■新しいチーム医療の形を提唱する
図1をご覧いただきたい。詳細は割愛するが,20世紀までの医師中心の“強制診療”の形から,21世紀ごろより説明方法や医療形態も徐々に形を変え,現在は“納得診療”と呼ばれるようになった。しかし,「薬を飲めと言われたから」とか「手術された……」と話す患者さんの多くを目の当たりにし,患者さんが自らの治療方針の決定に参加すべきであると考えるようになった。医療チームに患者さん自身も参加してもらい,自身の疾患と闘うという考え方である。自宅で行う体操や運動,食事療法,手帳の記載,投薬継続など患者さん自身が行わなければならないことは決して少なくはない。「治療してもらう」のではなく,自らの意思と責任を持ち自らが「治療に加わる」能動的な立場になってもらうこで,アドヒアランスやコンコーダンスの向上が図られるようになるのである。これこそが“患者参加型医療”であり,この新しいチーム医療の形に欠かせないのが,患者さんと医療者がいままで以上に仲良くするための患者満足度向上と情報共有,すなわち医療情報のICT化であると考える。
■患者参加型医療のための患者満足度
私が電子カルテに深くかかわったのは,2003年の病院勤務医時代である。その中で,HP社のPDA(携帯情報端末)を導入した(図2)。
看護師による検温情報のリアルタイム入力とバーコードによる誤薬防止を図ったが,大きさ・バッテリ・入力しにくさは否めない状況であった。しかし,近年登場したタブレット端末は,その多くの問題を解決できる可能性を感じ,発売当初より実践的に取り入れることにした。
そして,患者さんと医療者が仲良くなるためにiPadなどのタブレット端末をどう活用できるかを考え始めた。
医師やそれ以外の医療関係者の対応不足,待ち時間の長さ,検査機器に対する不満は多く,上記アンケート結果でも,コミュニケーション・待ち時間・設備は,医師の診断能力や治療技術の不満よりも多く,実際の診療現場においても, 最も多く聞こえてくる声は,「きちんと説明してもらえなかった」「待ち時間が長い」である。この相容れない2つの問題を少しでも解決できればと考え,ちょうど院内の改装を考えていた時期と重なったことで,下記のいくつかの取り組みを始めた(図3)。
■コミュニケーション向上の手段として
1. 患者目線が変わると説明方法も変わる
タブレット端末特有の180°対話方式や平衡対話方式は,いままでのパソコンの画面ではまったく不可能だった説明が可能になった(図4)。
そこで,さまざまな説明用パンフレットや成書・動画をiPadに取り込み,説明に使用し始めた。紙や模型と同じく,説明のための補助としての使用である。特にCG動画を用いた説明は,病態や疾患への興味付けと理解度の向上だけでなく,手術や処置に対する不安の解消にも効果があると考え積極的に取り入れ始めた。とは言え,自由に使える医療用CG動画は世の中にほとんどなく大幅な編集が必要なため,全国のより多くの医療者が自由に活用できる仕組みをつくりたいと考えた。
2. iPadアプリケーション「IC動画 HD」の開発に込めた思い
IC動画 HD
は,少しでもわかりやすい患者説明を行うために,疾患・投薬・手術・処置・リハビリテーションなどの3Dアニメーションを再生するアプリケーションである。診療科別・部位別・シーン別に分類し,動画を探しやすくしてある。すべての動画は,冗長にならぬよう30秒程度とし,再生・停止が簡単にでき,180°対話式を想定して,操作部分を移動せず中の動画だけを反転させる“ICモード”機能をつくった。オフラインでも使えるので,Wi-Fiがない場所でも利用でき,外来・病棟・手術室・リハビリテーション室や在宅医療でも閲覧可能である。
動画はその多くは自らがつくっているオリジナルのCG動画で,わずかな人数でつくっているため,まだまだ本数は数えるほどしかないが,アプリ公開後約半年で3万7000回の動画を利用いただいている。今後も動画制作を継続的にするための仕組みもつくった。利用する医療者の方からもリクエストができるので「こんなシーンで使う,こんな動画あったら良いのに」などのご意見を募集している。また,製薬・医療機器メーカーの病院・薬局への配布用に制作した既存の動画もアプリケーション内にて公開しているので,公開可能な動画があったらご協力いただけると幸いである。
IC動画 HDは,MacintoshやWindows用のソフトウエアにせずにiPad専用にしている。その理由は,iPadの特徴である,携帯性と視野角の広さによる共有性,長時間作動性だけでなく,起動するまでの時間が非常に速く,術後や処置後,ブロック後などの寝ている患者さんの説明にも使えるからである。医師だけでなく,多くの医療者の方や内容によっては患者さんとなる一般の方でも使えるよう,動画ごとに閲覧権限を設けてあり,iTunes App Storeにて無料でダウンロードができる。
そして,ほとんどの動画には,BGMもナレーションなどの音声や説明用のテロップがない。その理由は,患者さんに待ち時間などに見て待っていてもらうためのツールではなく,医師や医療者が口答での説明をするための補助ツールであるからである。IC動画 HDは,より患者さんと仲良くなるためのコミュニケーションツールとなってほしいと願っている(図5)。
■待ち時間対策の一環としてiPadを使いたい
1. 待ち時間の質の改善
現行の保険制度において,待ち時間を改善する方法として考えられるのは3つしかない。その1つである予約制は,混雑している時間を空いている時間に振り分けることで混雑を避ける方法であるが,そもそもの来院数が多すぎると機能しない。そこで,待ち時間の質の向上と待ち時間を短縮するための効率化を考えた。
医療情報のオンデマンドサイネージ(Medical on Demand Digital Signage:MoDDS)は,待ち合い室などの大型モニタ用で再生される医療用のサイネージ動画をメディアコンテンツファクトリー社のiPadアプリケーション「MediTouch
」で再生できるようにして,それを,貸し出したiPadで待ち時間中に患者さんに見てもらう仕組みである。自らが動画を見るインセンティブが少ないので改良の余地はあるが,今後間違いなく必要になる仕組みだと考えている(図6)。
2. 業務の効率化として問診票の見直しを
日本の医療は「3時間待ちの3分診療」と言われてきた。保険制度や医療費の問題など,さまざまな理由があるにせよ,日本の医師は欧米の3.5倍の患者数を診察していると言われている。日本の保険診療において,問診票は必須であり,電子カルテの導入が増えた現在でも手書きが主流である。診療所の少ない人員と狭いスペースでは,医師以外のスタッフ入力は意外と難しく,診察時に医師は手書きの問診票を見て患者さんの話を聞きながら電子カルテに情報を入力する。
このような紙の問診票には,いくつか問題がある。記載した質問すべてに患者さんが答えてくれるわけではなく,記載がないときには診察時に再度確認する必要がある。記載内容が多いと,電子カルテへの転記作業に時間を要する。電子カルテへの転記を怠ると,情報の見落としがあったり,必要な際に再度紙の問診票を確認しなければならない。当院には,多い日は40人近くの新患の患者さんが来院し,転記作業に約3分間の時間を要しており,平均で約60分の転記時間を要している計算になる。この転記時間を極力減らし,効率化することにより,診察時間の短縮につながる。
3. 問診票をiPadで作成(図7)
これまでも,問診票を電子化する取り組みはあった。しかし,それらはせっかく端末で入力しても最終的には紙に印刷するタイプのものや,高価な電子カルテの一部として組み込まれたものが多く,安価でどこのメーカーの電子カルテとも連携できる電子問診票はなかった。そこで,新規にiPadで使える問診票をつくった。ホームページと同じHTML5言語で作成したもので,iPadのアプリケーション「Safari」上で作動する。
初期のiPad問診票は,ボタンの押しにくさや文字の大きさに難があり,利用者を限定して使用していたため,高齢者の多い当院での利用率は45%程度の状況であった。そこで今回,バージョン2を開発した。大きな特徴は,(1)操作ボタンをできるだけ大型化した,(2)操作感を出すため,タップ時に音を付けた,(3)選択しないと次へ行けないよう誤作動を減らした,(4)いまから誰の診察を受けるのかがわかるように医師のイラストを入れた,などの工夫を凝らした。現在,バージョン2の運用を開始しており,ほぼ全員の患者さんに入力してもらっている。
4. 医療者間の情報共有ツールの制作
いままでとまったく異なるタブレット端末の感覚に慣れるまでは,少々時間を要するので,初めて触る患者さんにはある程度完成された問診票などが必要であるが,使い慣れてしまった医療者にとっては,紙やノートPCに代わる媒体,ツールとなり,キーボードの代わりに手書き入力もできる。
特に,帳票類や各種疾患の評価票,承諾書など医療機関では多くの帳票類が存在する。これら帳票類は,病院独自のタイプもあるが定型も多く,多くの医療機関で共有可能である。これら帳票類を1つのアプリケーションでライブラリ化できれば,電子カルテだけでは手の届かない院内の情報共有に有効で,入力情報を電子カルテへ自動転記することも可能となる。こうしたスコアを時系列で管理することができれば,患者さんにとっても有益である。そこで,iPad問診票を応用した情報共有ツールを制作した(図8)。
これは,不妊治療を中心に行っている婦人科クリニックでの医師・看護師・胚培養士の情報連絡と凍結タンクの管理用のツールで,リアルタイムに情報管理と共有ができる。CSV形式での書き出しも可能で,学会や標準化機関などへの情報提供も容易になる。
■必要な検査を必要な時に
当院では,問診票用のサーバとしてiMacを購入したことにより,以前より導入を検討していた「OsiriX 」を,既存のPACSと併用で使用を開始した。OsiriXは,高価な医療画像用ワークステーションと同様に,さまざまな編集機能を有するオープンソースのMacintosh専用アプリケーションである。Mac OSで使用する32ビット版であれば,無料で誰でも利用することができる。さらに,iOS用の「OsiriX HD 」を利用することで,院内のどこからでもX線装置などの画像をiPadで参照できるようになった(図9)。
また,最近ではVPN回線により,院外のどこからで安全に画像を参照できるようにもなった。当院にはCTやMRIといった大型の診断機器はない。その理由はスペースと費用の問題だけではなく,大型機器導入による費用回収のための過剰検査を抑止したいと思うからである。このためコニカミノルタ社の「連携BOX 」というクラウドサービスを利用し,近隣の病院と遠隔画像連携を開始した。同一法人やグループ施設外での利用は初めての試みで,今後多くの診療所が同様の仕組みを取り入れることで,医療費の削減が図れることを期待している。
■患者さんへの興味付けに積極的に活用
当院では,iPadと連動させて使用する,iHealth Lab社の「iHealth 」やWithings社の「Blood pressure monitor 」(図10)など血圧測定機器を患者さんへの興味付けとして使用している。通常の味気ない血圧計に比べグラフィカルで楽しくグラフ化ができることは,血圧を測る意義や投薬継続の動機付けとしても有用である。 また,IC動画 HDで制作したCG動画を3D化し,大型の3Dモニタにて患者さんへの説明に用いている(図11)。
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■おわりに
今後も,医療費・医師不足・医療訴訟など,医療に関するさまざまな問題が噴出していくだろう。直ちにすべての問題を解決できる方法はない。診療所における医療は,初期医療として最初に患者さんとなる方々がその扉を叩くところであり,必要な患者さんを適切に専門医や高次医療施設へ導く役割と,現代医療ですべての病気が治せない以上,患者さんとともに地域に密着し支える役割があると思う。悩みや日々の心配事の相談を受ける良きアドバイザーであり,病気に対し患者さんと一緒に闘うサポーターでもある。一方的に医療を押し付ける仕組みから脱却し,よりわかりやすい説明を行うことで患者さんもチーム医療の一員となり,アドヒアランスやコンコーダンスの向上をめざすことは,さまざまな効果をもたらす。
大きな病院では,すべての統制を図ることは簡単ではないが,小回りの利く診療所こそ,良さそうなことはどんどん取り入れ,良くなければ別の方向を考えて,すぐに動くことができる。この「“考”動力」こそが今後のこの国の医療を支える力になると確信している。多くの診療所が,自らが考え,些細なアイデアでも実行し続ければ,いつかより良い未来につながると信じている。
〈謝辞〉
このたび,4月20日に「MCPC award 2012
」(後援:総務省,経済産業省,日本商工会議所,ITコーディネータ協会)にて最優秀4賞である,モバイル中小企業賞をいただきました。この場を借りまして,当方らの取り組みにご協力いただいている皆様のお陰と,心より感謝申し上げます。
◎略歴
(みやがわ いちろう)
1993年帝京大学医学部卒業。大学病院・公立病院・救命救急センター・個人病院などの勤務を経て,2001年医療法人財団岩井医療財団岩井整形外科内科病院整形外科部長,2007年に習志野台整形外科内科を開業。iPadを中心としたタブレット端末は情報共有ツールとして医療にも浸透しつつあり,かねてより理想としていた患者参加型医療の実現に向け,わかりやすい医療を行う目的で 2011年にメディカクラウド株式会社を設立し,現在に至る。日本整形外科学会専門医,日本整形外科学会脊髄脊椎病認定医,日本医師会会員。