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スマートフォンとタブレット,Resi-Share Pyramidによる研修医教育金井 伸行 氏(医療法人社団淀さんせん会金井病院理事長)

2012-1-26

金井 伸行 氏

金井 伸行 氏

多忙な日常診療の中で学習していかなければならない研修医にとって,教材や時間の確保は重要である。こうした状況を踏まえ,最近,スマートフォンやタブレットなどをeラーニングツールとしての活用する動きが広がっている。今回は,モバイルデバイスを使った研修医向け学習ツールの開発に取り組んだ金井伸行氏が,そのねらいと成果について報告する。

■医師臨床研修の現状と課題

現在の医師臨床研修制度では,2年間の初期研修でローテートする診療科が増加し,研修医には膨大な量の学習が要求されている(図1)。しかし,1つの診療科をローテートする期間が短いため,指導医は知識や経験を十分に研修医に伝えられず,研修医も思うように教わることができないままの研修になりがちなのが現状だ。そのため,現在も書籍やレクチャーといった一方通行型の学習が主体とならざるを得ない。
そうした中,「毎日が忙しく,まとまった勉強時間が持てない」「同期や研修医仲間の中で自分のレベルが気になる」「研修医の視点で実のある教材がほしい」と研修医たちは心情を吐露する(図2)。研修医が求める「スキマ時間の学習活用」「学習者へのフィードバック」が,臨床教育の中で解決すべき課題であった。各病院が,新しい解決策を模索していた。

図1 臨床研修の学習現場

図1 臨床研修の学習現場

図2 研修医が抱える課題

図2 研修医が抱える課題

 

■「SHARE=教え合う」ことが一番の教育

そんな課題の解決に光をもたらしたい。そこで注目したのが,私が初期研修時代に飯塚病院(福岡県)で取り組んだ「スライドのSHARE(共有)」による「教え合い」の仕組みであった。
飯塚病院では,2003年から臨床研修において自分たちが日ごろ使っている講義スライドを共有する「情熱のレクチャースライド集」という,研修医がお互いに切磋琢磨する仕組みをつくり,院内イントラネットを用いて日々の学びをアップロードし,共有し合っている。シンプルなツールだが,開始1年間で200以上のスライドが集まった(図3)。そして,この取り組みは現在も続けられている。
この取り組みの効果は3つのSHAREで表される。すなわち“知識のSHARE”“技術のSHARE”“成功・失敗体験のSHARE”である。この3つのSHAREは,教科書や座学では得られない貴重なナレッジ資産をもたらした。“アウトプット志向型医師の育成”と,学習者が相互に教え合う“SHARE文化の醸成”は,病院全体の組織風土の改善をもたらしたほか,スライドの制作過程での学習習慣,発表でコミュニケーション能力の向上という相乗効果をもたらした。

図3 集められたスライドの例

図3 集められたスライドの例

 

■研修医が作る学習ツール「Resi Share Pyramid」の誕生

図4 Resi-Share Pyramidのロゴマーク

図4 Resi-Share Pyramidのロゴマーク

飯塚病院で始まった研修医同士による「スライドのSHARE」の仕組みにいち早く関心を寄せてくださったのが,良質な医学教材を提供しているケアネット社に所属する医師の姜 琪鎬(かん きほ)氏であった。姜氏と新時代の医師教育のあり方を熱く議論するうちに,「情熱のレクチャースライド集」を発展させ,モバイルデバイスにも対応した1つのシステムとして全国展開するアイデアが生まれた。こうして誕生したのが,ケアネット社の「Resi-Share Pyramid(レジシェア・ピラミッド)」である(図4)。
Resi-Share Pyramidは,“研修医が作る研修医のための学習ツール”をめざして開発され,多忙な研修医が,時間と場所を気にせず,自分のペースで学習することを可能にした。スライド投稿・閲覧を効率的に行えることがメインとなる機能だが,投稿はパソコンから簡単にアップロードでき,管理も簡単,直感的なインターフェイスで行えるようになっている。
最大の特長は,パソコンはもちろん,iPhone・iPadからも閲覧ができ,いつでもどこでも仲間の研修医と実践的な知恵を共有することができることと,スライドのレベルに応じた共有範囲の制限である。レベルごとの制限を設けたねらいは,1つは敷居を低くしエントリーしやすくすることでの「投稿の活性化」と,もう1つは「スライドの質の確保」という相反する目的を実現するためである。

●スライドのレベルと共有のスキーム(図5,6)

○レベル1:院内のみの共有。すべての研修医の投稿はここから始まる。
 ↓
 指導医と相談しながらブラッシュアップ。
 ↓
○レベル2:アライアンスを組んだ病院間で共有。さらに,研修医の希望,指導医の推薦により上のレベルへ。
 ↓
 指導医と相談しながらさらにブラッシュアップ
 ↓
○レベル3:10万人を超える医師が登録するケアネット・ドットコム上で全国公開,共有。

図5 スライドのレベル

図5 スライドのレベル

図6 スライドの共有

図6 スライドの共有

 

■研修医,指導医,病院,各々のメリット

図7 いつでもどこでもスピーディに学習

図7 いつでもどこでもスピーディに学習

Resi-Share Pyramidを使う研修医のメリットは,iPhone・iPadなどのモバイルデバイスを使い,研修中にいつでもどこでもスピーディに知識を得ることができ,自身が経験して得た知識を形にしてほかの研修医に発信することができるため,結果として,臨床現場で必要な情報の収集・整理法を習得するトレーニングができることである(図7)。
指導医のメリットは,投稿内容により研修医の理解のレベルや進度が確認でき,ブラッシュアップ時の添削作業でのコミュニケーションの充実,そしてお互いに多忙な中での時間の有効活用ができる点だ。
また,病院のメリットとして,臨床教育に必要なリソースを効率的に配分できるほか,投稿スライドがアーカイブとして蓄積されるため「経験知」が共有され,病院にとってかけがえのない知的財産となり,先輩から後輩へと連続する知識の伝承ができる。
ケアネット社のResi-Share Pyramidは,研修医ばかりでなく,病院に所属するすべての医師が「学び」をSHAREすることで「集合知」をつくるという,いままでにないスタイルの学習システムを提供する。何よりもiPhone・iPadという機動力を持ったハードウエアにより,時間・場所を超えて学習できるというユニークな特長は最大の武器である。

■研修医の喜びの声

実際にResi-Share Pyramidを活用している研修医によれば,「疑問をその場で解決するようになり,学習のスピードが上がった」「iPhoneでいつでもどこでも学習できるようになった。特に良い点は,スライドを作る過程で,うろ覚えだった知識のエビデンスを調べて確認する習慣が身についた」「教科書レベルの内容から実地のスキルまでスライドのお世話になっている。新しい知識が学べるのが良い」と高い評価を得ている(図8)。Resi-Share Pyramidで事前にローテートで経験しそうな症例を先取り学習したり,ローテートを終えた診療科のまとめを自分でスライド化してマイノートとして残したりと,一歩先をいく研修医たちには特に好評だ(図9)。

図8 研修医から高い評価

図8 研修医から高い評価

 

図9 研修医たちが先取り学習やマイノート作成に活用

図9 研修医たちが先取り学習やマイノート作成に活用

 

■Resi-Share Pyramidの課題

“研修医が作る研修医のための学習ツール”をめざして開発されたResi-Share Pyramidだが,活用実態として意外な事実も判明した。本来は研修医が主体となって,学んだトピックをスライドとして投稿されることを期待していたのだが,いまのところ,指導医が投稿の主体となっている。その代わり,指導医による非常に質の高いレクチャースライドが投稿されているため,研修医のために良きお手本を示すことができており,質の部分では初期の目標は達成された。今後は,研修医による投稿を活性化する施策を考えており,例えば,スライド・コンテストなどの研修医の心に火を点ける企画を準備しているところである。

■200を超える臨床研修指定病院が参加するeラーニングシステムに

2011年10月,ケアネット社は,システム全体の利用者数を増やすべく,Resi-Share Pyramidの利用以外に,人気の医学動画教材「CareNet Movie」も合わせて視聴できる画期的なeラーニング・プラットフォーム「レジデントJapan 」をスタートした(図10)。全国の臨床研修指定病院を対象に,これまで有償だったサービスを無料提供することになった(iOS用アプリあり )。2011年12月現在,レジデントJapanに参加している臨床研修指定病院は,200を超えている。

図10 画期的なeラーニング・プラットフォームであるレジデントJapan

図10 画期的なeラーニング・プラットフォームであるレジデントJapan

 

■Resi-Share Pyramid 今後の展望

図11 臨床現場での活用で診療の質を向上

図11 臨床現場での活用で診療の質を向上

ベッドサイド教育やカンファレンスを通じた研修は,これからも臨床教育の主流であり続けるだろう。しかし,Resi-Share Pyramidが普及していけば,その補完的な役割を果たすことができる。教育上,優先順位の高い事項に,よりフォーカスした臨床研修をすることが可能になる。また,iPhone・iPadの活用により,ベッドサイドや処置室で気軽に学習や指導ができるようになるので,臨床現場での疑問がすぐに解決できるようになり,診療の質向上にもつながるだろう(図11)。
今後は,モバイルデバイスの特性と,レジデントJapan加入病院同士でつながるネットワークを活用して,スライドのみならず,お互いの質問,写真,動画なども投稿できるようなiPhone・iPadアプリを開発中である。究極的には,日本中の臨床研修指定病院で,臨床現場で遭遇する悩み・疑問を短時間で解決できる知恵袋として活用されることを願っている(図12)。さらに,今後は看護師・薬剤師など,ほかの職種でも,知恵を共有できるように,拡大を予定している。

図12 レジデントJapanのサービスのさらなる拡充

図12 レジデントJapanのサービスのさらなる拡充

 

〈謝辞〉
このような素晴らしいシステムの開発にご助言をいただきました多くの先生方に,厚くお礼申し上げます。

●Resi-Share Pyramid委員会メンバー(順不同,カッコ内はご所属)
茂木恒俊先生,江本 賢先生,山田 徹先生,吉野俊平先生,吉田 伸先生,清田雅智先生,井村 洋先生(以上,飯塚病院),齊藤裕之先生(英国国立ウェールズ大学経営大学院),山本舜悟先生(京都市立病院),羽田野義郎先生(静岡県立静岡がんセンター),西澤 徹先生,金森真紀先生,池田裕美枝先生(以上,洛和会音羽病院),植西憲達先生,上田剛士先生(以上,洛和会丸太町病院),金井伸行(淀さんせん会金井病院)

 

◎略歴
(かない のぶゆき)
1999年京都大学医学部卒業,同年飯塚病院総合診療科に勤務。2004年洛和会音羽病院総合診療科,同救急救命 センター(京都ER)で救急医療に従事,2007 年より医療法人社団淀さんせん会金井病院理事長,金井クリニック院長。2010年春,ITで医療を変革すべく「Team 医療3.0」の活動を開始し,同年11月にはソフトバンクの孫正義氏と対談。「スマホ,タブレットが変える 新IT医療革命」(アスキー新書)を共同執筆した。日本救急医学会・救急科専門医,日本内科学会・総合内科専門医,日本医師会・認定産業医,臨床研修指導医。監修医学教材にiPhoneアプリ「レジデントJapan」(ケアネット)のほか,任天堂DSソフト「症候診断トレーニングDS」(メディカ出版),出演DVDに「T&A 動きながら考える救急初療 プライマリケア編」(ケアネット)がある。
http://www.kanaihospital.jp/tayori/

 

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