2011-11-14
網木 学 氏
医師不足と言われる中で,外科医の減少が問題として取り上げられている。原因として研修のあり方が指摘されているが,済生会栗橋病院では,iPhoneやiPad,DICOMビューワの「OsiriX」のほか,SNS,オンラインストレージを活用し,新しいスタイルでの外科医の育成を進めている。同院の網木 学氏にその取り組みについて報告していただいた。
■はじめに
外科手術上達のためには,何よりも経験が重要となる。しかし,漫然と手術を続けていても上達するわけではなく,手順や解剖の理解,そして,手術後のフィードバックなどが重要となる。つまり,手術以外の時間に,どれだけ質の高いトレーニングを積めるかが上達の鍵となる。そして,従来こうした学習は手術書を中心に行われていた。手術書で理解できない部分や新しい技術などは,熟練した外科医の手術を見学するなどで補われてきた。
しかし,周知のとおり,外科医の仕事は手術だけにとどまらない。さまざまな病棟業務,救急医療など多岐にわたり,結果的に若手医師が手術の勉強に費やせる時間はわずかである。手術見学などは,さらに時間的な制約が大きく,現実的には難しいのが実情である。かつて,筆者は夏休みを利用して他施設の手術の見学を行っていた。従来こうした学習方法は,珍しいことではなかったように思う。
しかし,現在,外科離れは深刻な問題となりつつある(図1)。QOLの低さなどさまざまな原因が挙げられているが,筆者は現在の外科トレーニングのあり方が一因ではないかと考えている。特に新臨床研修制度で多くの診療科を経験した医師にとって,技術習得までに長期間を要し,さらにトレーニングそのものに徒弟制度的な独特の困難さを持つ外科領域は,どうしても敬遠されがちになるのではないだろうか。
そこで,こうした問題を克服すべく,当院外科ではさまざまなオンラインストレージ(「Dropbox
」,「Google Docs
」など),SNS(「Facebook
」など),またiPhone・iPadなどのデバイスを活用した外科教育に関する取り組みを行っている。その具体的な内容について,(1)手術手順,解剖の学習,(2)手術のフィードバック,(3)OsiriX
の活用,に分けて説明したい。
■手術手順,解剖の学習
従来は手術書による学習が中心であったが,いまでは動画コンテンツの割合が急激に増えている。学会での教育講演などが動画として配信されることも多くなった。しかし,大抵の場合,DVDなどに保存されており,見たい時にすぐに見るということは難しいのが現状である。若手外科医の勤務状況を考慮すると,診療の合間や手術の直前などに短時間で参照できることが望ましい。
そこで,当院では,教育効果の高いと考えられる手術のDVDなどを「HandBrake
」などのアプリケーションを用いてm4v形式にエンコードし,iPadなどの端末で学習できるようにしている。iPhone・iPadを中心としたスマートフォン・タブレットPCは起動が速く,どこにでも持ち運び可能なので,PCでのDVD再生などと比べると大変効率が良い。忙しい診療の合間の学習に最適である。
なお,エンコードした動画はDropbox,Google Docsなどに保存し,当院の外科医であればいつでもダウンロード可能な状態となっている。
■手術のフィードバック
近年,低侵襲な鏡視下手術が普及しており,当院でも積極的に導入している。鏡視下手術のもう1つの大きなメリットとして,手術の記録が容易であることが挙げられる。開腹手術のビデオ録画には手間がかかるが,鏡視下手術では内視鏡の映像がそのまま保存される。多くの場合,DVDなどに記録されるが,それらを活用することによって,自分の手術を何度も見返すことができる。しかし,スタンドアロンのPCでのDVD再生による学習は基本的に1人でのフィードバックが中心となり,指導を受けたり,ディスカッションをするなど情報の共有が難しい。そこで,Facebookを活用する。
Facebookには動画のアップロード機能がある(図2)。1024MB,20分という制限はあるが,手術のポイントをピックアップするには十分な量である。まず,前章の要領でm4v形式などにエンコードし,重要なポイントやディスカッションを行いたい部分を切り取って,Facebookへアップロードする。Facebookのグループ機能を用いることによって,当院の外科医のみが参照できる環境が確保されると同時に,手術に関するディスカッションも可能となる。また,Facebookの動画はiPhoneやiPadのようなスマートフォン・タブレットPCなどでも,ダウンロードせずに再生可能である。
従来であれば,手術のフィードバックは術者1人,もしくは指導医の指導を受けることが一般的であったが,実際には十分な時間をとることは難しかった。しかし,Facebookを活用することにより,さらには端末としてiPhoneやiPadを活用することで,時間,場所に縛られずに柔軟なフィードバックが可能となった。
■OsiriXの活用
主に特殊な症例を中心に,OsiriXのvolume rendering機能を利用して3D画像を作成し,術前,術後の画像検討を行っている。3D画像の作成は主に筆者が行っているが,その画像をFacebookで当院外科医と共有する(図3)。術前に3D画像によるイメージ共有を行うことで,手術の安全性が高まることを実感している。また,術後に再度,画像を3Dに再構成することによって,より理解を深めることが可能となる(図4)。また,OsiriXの簡易PACS Workstation機能により,iPadへのDICOMファイルの転送が可能である。
なお,現在,3D画像は外科手術に欠かせない存在となりつつある。そして,多くの施設では,それらの画像は診療放射線技師によって作成される。しかし,手術に必要な情報には,外科医にしか知り得ない部分が多い。過不足ない画像,より手術に役立つ画像を得るためには,今後は外科医が積極的に3D画像の作成にかかわる必要があると考えられる。
OsiriXはvolume rendering以外においても非常に高機能であるが,General Public License(GPL)で配布され,32ビット版は無償である。商用のDICOMワークステーションと比較すると,コスト面でのハードルが非常に低い。最近はOsiriX関連の日本語マニュアルも充実してきており,今後は外科に限らず,医療現場全般での活用場面が増すと思われる。
■注意点
上記で活用したソフトウエア,SNS,オンラインストレージは基本的にすべて無償であるが,セキュリティ面などの保証はない。そこで,患者の個人情報は伏せた形での情報交換を原則としている。また,著作権などへの配慮も十分に行う必要がある。
■今後
外科医が一人前になるまでには10年以上のトレーニング期間が必要となる。外科は,古典的な徒弟制度的な上下関係が強く,いまの若手医師からは敬遠されがちな部分があった。しかし,手術という仕事は非常に面白く,また,やりがいのあるものである。この魅力を伝えていくために努力を続ける必要がある。ITはその有効な手段の1つと考えられる。当院での取り組みのポイントは,動画などのコンテンツ,OsiriXなどの医療ソフトウエア,それらを共有できるオンラインストレージ,そして,気軽に議論できるプラットフォームとなるSNSである(図5)。技術的,コスト的な敷居は低いので,導入は容易だ。また,iPhone・iPadのようなデバイスの出現により,医療分野へ手軽にITを持ち込むことが可能となった。情報共有のための優れた端末になるとともに,図6のように手術中に画像参照を行うことも容易である。
最近ではFacebook以外にも「Google+
」など新たなSNSも始まっており,今後は,Apple社の「iCloud
」など,さまざまなサービスも展開される。これらを医療分野に活用することに関しては,プライバシー,セキュリティの問題など含めて議論すべき部分が多くあるが,さまざまな可能性を秘めていると感じている。そして,若手医師の外科への敷居が下がり,外科医減少への歯止めがかかればと考える。
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●参考文献
1)兼松隆之 : 外科志望者数の変遷:過去24年間(1980~2003)の分析とこれからの対応. 日本外科学会雑誌, 106・12, 766~774, 2005.
◎略歴
(あみき まなぶ)
2002年産業医科大学卒業後,国立水戸病院外科に勤務。2004年から水戸医療センター外科,2008年から済生会栗橋病院外科。主に消化器癌の手術を中心とした診療に携わる。外科専門医、麻酔科標榜医。