2019-7-16
金融業で普及が進んでいるRPA(Robotic Process Automation)が,労働生産性の向上に寄与する技術として,医療分野でも注目されている。医療機関の事務作業にRPAを導入することで,業務の効率化,省力化が図られ,その分,事務部門の人員が医師の事務作業などを補う,「ダブル・タスク・シフティング」が可能となる。これによって,医師の働き方改革が実現し,さらには医療の質も向上する。
RPAがもたらす労働生産性の向上
私自身がRPAの存在を知ったのは,日本銀行(日銀)の資料を目にしたことがきっかけです。日銀では,勉強会などを開催し,RPAの普及を図っていましたが,これは金融業において世界中でRPAが広まっていたからです。日銀も同様に普及を進めたことで,日本でも多くの銀行で導入されました。そして,RPAを導入した銀行では,単純作業の効率化・省力化が図られ,労働時間の大幅な短縮,人員削減,コストダウンが進んでいます。
そのためRPAは,現在の日本社会で大きな問題となっている,労働生産性の低さの改善につながると期待されています。日本の労働生産性は,主要先進国の中でも最も低いとされています。一方で,日本は超高齢社会が進んでいくとともに,人口の減少により生産年齢人口も減っていくという二重苦を抱えています。
このような状況を踏まえて,経済アナリストのデービット・アトキンソン氏は,その著書『日本人の勝算:人口減少×高齢化×資本主義』(東洋経済新報社)の中で,日本の労働者の能力は世界でもトップクラスだが,労働生産性の低さが問題だと述べています。そして,その中でも特にサービス業の労働生産性の低さを指摘しています。医療もサービス業だとすると,私は,最も生産性の低い業種の一つが医療だと考えています。
例えば,医師は,書類の作成などの事務作業を行ったり,会議や勉強会,講習会などに参加したりしなければならないなど,診療以外の業務に長時間を費やしており,非常に労働生産性が低くなっています。このような医師の業務負担を軽減する一つの解決策として期待されているのがRPAです。
金融業での導入が進むRPA
RPAは,PCで行うような定型的な作業,繰り返して行うような単純作業を自動化する技術です。簡単な例として,マイクロソフト・Excelのマクロ機能がありますが,このような機能が発展して,各種の産業で作業を自動化する技術の開発が進んでおり,ユーザー自身が作り込むことも可能になっています。
すでに,導入が進んでいる金融業では,人が犯す単純なミスを大幅に削減したり,業務上横領のようなトラブルを回避できるなど,RPAによる成果が生まれています。銀行などの金融機関にとっては,社会的な信用の損失は業績にも多大に影響することから,ミスやトラブルを防ぐことは非常にメリットがあります。
さらに,銀行では,RPA導入により窓口業務が省力化されました。そして,省力化された分,人員を別の業務に配置したり,関連企業や取引先に出向,転籍させるなどしています。単純作業を行うだけの人員を整理して,経営にかかわる部分に人的資源を集中して,経営改善を図っているのです。その結果,RPAが銀行から一般企業へと普及していっており,これらの企業では単純作業をRPAに移行し無駄な時間を減らすことで,労働生産性の向上も進んでいます。
ただし,RPAにも不得意なことがあります。それは,対人業務です。金融業でも,対人業務ではRPAの活用がなかなかうまくいっていません。例えば,個人の資産状況やライフスタイルに応じた判断などをRPAで処理するのは,現状では困難です。
「ダブル・タスク・シフティング」による医師の働き方改革
金融業での成功により,今後は医療分野でもRPAが普及していくと思います。医療を取り巻く環境が厳しい中で,病院経営は,ますます困難になっていきます。特に,医療分野は全体的な人手不足になっており,それに伴う病院経営の急速な悪化が問題となっています。このような状況の中で,RPAを積極的に使っていこうという動きが日本の医療機関からも出始めました。医療機関におけるRPA導入は,まず事務部門における業務の効率化,省力化を図り,経営を改善するというのが,主な目的となります。
また,RPAは,医師の働き方改革にも有効です。一見,RPAは現在進められている医師の働き方改革とは無関係のように思われます。確かに,医師や看護師など診療部門の業務は,患者と接する対人業務が多いため,RPAが本来得意とするものではありません。一方で,厚生労働省が2019年3月に取りまとめた「医師の働き方改革に関する検討会 報告書」では,医師の労働時間短縮のための施策として,業務を移管する「タスク・シフティング」を推進するとしています。そこで,まず事務部門にRPAを導入して効率化,省力化を図り,その上で医師が担っている書類作成といった作業を事務部門に移管することで,タスク・シフティングができます。さらに,事務部門と診療部門の両方の効率化,省力化を図れるので,「ダブル・タスク・シフティング」が可能になるのです。
ただし,RPAを導入しても,当直業務などがなくなるわけではないので,医師の労働時間削減の決定打にはなりません。とはいえ,「雑用」と言われる業務を移管することで,医師の負担軽減を図ることはできます。これによって,診療業務に集中できるようになれば,医療の質の向上や医療安全にも寄与すると期待されます。
私は,日本医療経営実践協会の研究助成を受けて,「医師・看護師等の働き方改革」をテーマに,RPAの有用性について検討しました。この研究において,当院の事務部門にRPAを導入したところ,劇的に効率化する業務があるという成果を得られました。この成果を受けて,当院では今後,予算を付けてRPAを本格的に導入することになりました。RPAは金融業を中心に普及したこともあって,現状では導入費用が高いのですが,今後医療分野に普及していくことでコストは下がっていくと思います。
また,RPAは,効率化や省力化以外にも病院経営に寄与すると考えています。例えば,データウエアハウス(DWH)に蓄積されたデータやDPCのデータの収集・分析などにRPAを用いれば,医療の質の評価などを低コストに行うことが可能になります。さらに,現在の電子カルテなどの医療情報システムは,人がシステムのユーザーインターフェイスに合わせなければならないことがありますが,RPAを使うことでそれも改善できる可能性があります。
しかし,医療分野でのRPAの導入には,まだ課題も残されています。例えば,処方せんの交付は,技術的には可能ですが,医師法上では医師が行うことになっており,RPAの使用については特に規定がありません。今後,診療業務でのRPAの普及を進める上では,このような法整備も必要になってくるでしょう。
RPAの普及によって,より良い医療の実現を期待
医療分野でのRPAの普及をするためには,医療従事者に向けた広報活動が必要だと考えています。現在,RPAのベンダーなどが参加した団体の結成を進めており,今後は普及に向けた活動が展開されていきます。
RPAは医師の働き方改革を直接実現するものではありませんが,医療機関の業務に取り入れることで貢献できる技術です。それを多くの方に知ってもらうための活動に,私も協力していきたいと思います。RPAで可能な作業はRPAに任せて,医師をはじめとした医療従事者は,診療などの対人業務に集中できるようにすることで,医療がより良くなることを期待しています。
(なかた のりお)
1988年東京慈恵会医科大学医学部卒業。博士(医学)。同大学高次元医用画像工学研究所,放射線医学講座講師を経て,2011年に放射線医学講座准教授となる。現在,同大学附属病院超音波診断センターセンター長,同大学総合医科学研究センター超音波応用開発研究部部長,学校法人慈恵大学ICT戦略室室長。2017年には,厚生労働省保健医療分野におけるAI活用推進懇談会の構成員などを務めた。