2018-3-1
“A world without fear of cancer(がんの脅威に負けない世界)”というグローバルビジョンを掲げるバリアンメディカルシステムズは,近年,日本における放射線治療の実施件数の増加に向けたさまざまな取り組みを行っている。また,2017年11月には,高度ながん放射線治療をシンプルなワークフローで実現する新しい放射線治療装置「Halcyon(ハルシオン)」が薬機法承認を取得した。高齢化の進行などによるがん患者の急増に伴い,厚生労働省は「がん対策推進基本計画」で放射線治療の充実を図るとしており,低侵襲な放射線治療のさらなる普及が求められるが,実現には課題も多い。そうした課題にどのように取り組み,同社のソリューションがどのように貢献していくのか,同社代表取締役のミッチェル・シロン氏に聞いた。
データと人をつなぐチーム医療の構築をめざす
─世界および日本における放射線治療の現状を踏まえて,バリアン社がめざす方向性をお聞かせください。
がん患者数は世界的に増加しており,当社の放射線治療装置を用いて年間約280万人の治療が行われています。現在,欧米諸国では,がん患者の約60%が放射線治療を受けていますが,日本では約30%と半数にとどまります。一方,国立がん研究センターの発表によると,2016年の年間がん罹患者数は初めて100万人を超え,さらに,2025年には高齢化率(65歳以上人口割合)が30%に達する日本では,がん患者は今後ますます増加すると考えられます。治療法の選択がコストや患者のQOLに直結するので,がん治療の選択肢を増やさなければなりません。
そこで,当社のスタンスとして,がん医療全体を考えるという方針を掲げ,データと人とをつなぐチーム医療の構築をめざしています。チーム医療を行うためには,がん患者に対して治療法を啓発し認知度の向上を図る必要がありますが,日本ではセカンドオピニオンの利用率が低いこともあって,患者に十分な情報が届いていないことが問題です。
─がん治療法の啓発や放射線治療の実施率改善のために,バリアン社で取り組んでいることはありますか。
放射線治療装置は近年,技術が急速に進み,ピンポイントでの照射が可能となっていますが,専門外の医師への啓発が十分に行き届いているとは言えないでしょう。セカンドオピニオンやキャンサーボードが十分に行われておらず患者への情報提供が不十分なことも,放射線治療が選択されない原因と考えられます。そこで,当社では2017年にPatient Advocacyというプロジェクトを立ち上げました。Patient Advocacyでは,市民講座などをサポートし,患者に直接,放射線治療の価値を伝え,治療法の選択肢を増やすための支援を行っています。
また,2016年には,“360 Oncology”というソリューションを発表しました。これは,がん治療に関連する重要な情報をチーム間でコーディネートおよび集約するためのツールです。キャンサーボードはもとより,患者もコラボレーション範囲に含まれるため,患者自身がデータを閲覧可能であり,最善の治療法を選択するために,さまざまなオプションを検討することができます。これは,非常に重要なことであり,その次の段階として,患者も含めたチーム医療につながっていくと考えています。
新製品「Halcyon」で高度な放射線治療を効率的に実施可能に
─現在,市場において,放射線治療装置には何が求められているのでしょうか。
放射線治療装置は,使いやすく,スループットが高いことや,治療が効率的かつ正確に行えることが重要です。当社の放射線治療装置「TrueBeam」は幅広い治療に対応しますし,新製品の「Halcyon」は,使いやすく,効率的かつ質の高い強度変調放射線治療(IMRT)や画像誘導放射線治療(IGRT)の実現をめざして開発しました。放射線治療では,治療の質の向上をめざしてIMRTなどの治療法が開発されていますが,IMRTはあまり普及していません。その理由の一つに,三次元原体照射(3D-CRT)よりも照射が複雑で治療計画の作成に時間がかかることが挙げられます。そのため,われわれは,治療計画をより簡便に行うために知識ベース治療計画ソフトウエア「RapidPlan」や放射線治療計画システム「Eclipse」といったソリューションを開発しています。
─Halcyonの特長をお聞かせください。
Halcyonは,「高品質なケア」「運用効率の向上」「人にやさしいデザイン」という3つを開発コンセプトに掲げています。効率的かつ質の高い治療を行うためにはスピードが重要ですが,リング型ガントリを採用したことで,回転速度はCアーム型ガントリの4倍となり,わずか15秒でコーンビームCT画像が取得できるなど,迅速な画像取得と治療が可能です。そして,この回転速度をサポートするために,新たに2段式のマルチリーフコリメータ(MLC)を開発しました(特許取得ずみ)。新開発のMLCは,多段に重なり交互にずらした配列形状とすることで,従来のMLCの2倍(当社比)の速度で動作し,より高度な治療を可能とします。また,リーフ間の漏れ線量がほぼゼロ(0.1%)であり,正常組織への線量低減を可能にしています。キャリブレーションも毎日行われ,照射精度や全体の品質を確認した上で治療を行うことができます。
さらに,Halcyonと治療計画システムEclipseは全体のシステムとしてインテグレートされているため,治療をより容易に,かつ,きわめて効率的に行えます。特に,従来は30以上あった治療開始から終了までの手順が,Halcyonでは9と大幅に減っています。通常,治療には約15分を要しますが,Halcyonが稼働している米国の施設では5〜7分に短縮しました。
このほか,治療台は最低高が低いため患者が乗り降りしやすく,ガントリは開口径が100cmと広いことに加えて間接照明を備えており,また,磁石のベアリングや水冷式を採用したことで静かな環境を実現するなど,患者が安心して治療を受けられます。安心感があれば体動を抑制でき,より良い治療が行えます。
装置のインストールから治療開始までの期間も,従来は4〜5か月かかりましたが,Halcyonでは大幅に短縮されています。すでに稼働している米国の施設では,3日でインストールが完了し,10日以内で治療が開始できました。その分コストを削減できるので,病院経営に貢献しますし,患者への影響も最小限にできます。
─Halcyonの海外での受注状況や評価はいかがでしょうか。
海外では,2017年5月の欧州放射線腫瘍学会(ESTRO)で発表し,すでに50台以上受注され,米国など数か所で稼働しています。実際に使用している放射線治療医や医学物理士からは,治療計画の質が従来よりも向上し,高度な治療がよりシンプルなワークフローで実施可能となった点が高く評価されています。
─Halcyonは,日本の放射線治療装置の市場にどのようなインパクトをもたらすとお考えですか。
IMRTは,日本では2008年度の診療報酬改定で頭頸部,前立腺,中枢神経の腫瘍を対象に保険収載され,2010年にはその範囲が「限局性の固形悪性腫瘍」へと広がっていますが,現時点では非常に限られた施設でしか行われていません。診療報酬の施設基準やガイドラインの条件が大変厳しく,特にIMRTの実施には2名以上の放射線治療医が必要なことが,その理由の一つと考えられます。安全,安心,安定したIMRTを行うために,施設基準やガイドラインは重要ですが,一方で,IMRTは非常に質が高く,患者に優しい治療法ですので,日本でももっと広く展開してほしいと考えています。
そういう意味で,Halcyonは高度な治療が効率的かつ簡単に行えますし,安全性にも十分配慮した装置ですので,日本の市場にフィットしており,IMRTの普及に貢献できる製品と言えます。
がん医療のさらなる進化をサポートする企業へ
─2017年10月に,第3期のがん対策推進基本計画が発表されていますが,それを踏まえて,今後どのようなことに取り組まれていくのでしょうか。
がん対策推進基本計画においては,人材育成や教育,チーム医療が重要な課題となります。われわれは,グローバルおよび日本において,今後5年間で放射線治療を受ける患者数を現状の2倍に増やすという目標を掲げており,先ほど述べたPatient Advocacyなどの取り組みに注力していますが,そのほかに人材育成にも取り組んでいます。また,放射線治療情報システム「ARIA」には,情報を共有しチーム医療を推進するための機能が搭載されているなど,病院全体のワークフローを考慮したソリューションを展開しています。こうしたわれわれのミッションや取り組みは,政府の方針に合致していると思います。その上で,最終的には患者の選択肢を増やし,QOLの向上に貢献していくというのが,最も重要なことだと考えています。
─最後に,読者へのメッセージをお願いします。
2017年9月に当社のロゴを刷新しました。放射線治療分野だけでなく,がん医療全体に貢献する企業になっていきたいというグローバルコンセプトをもとに,当社のブランドが変わったことによるものです。質の高い放射線治療を多くの方に提供できるソリューションの開発を進めるとともに,がん医療のさらなる進化を追究していきます。