2016-2-2
DPCやレセプト情報・特定健診等情報データベース(ナショナルデータベース:NDB),SS-MIX標準化ストレージなどにより,医療分野でも膨大なデータが蓄積され,その分析が可能になった。これらのビッグデータは,医療機関の経営改善や行政の医療政策の策定などに利用されている。一方で,データを分析できる人材は不足しており,その育成が急務である。将来的には,医療にかかわる情報を写像のようにすべてデータ化することで,幅広い視点での分析と課題の深堀りが可能となり,より有効にビッグデータを活用できるであろう。
DPCやNDB,SS-MIX標準化ストレージにより医療分野でのデータの蓄積が進む
医療分野におけるビッグデータの活用が注目を集めています。医療のIT化は,病院情報システムが医事会計システム,オーダリングシステム,そして電子カルテシステムへと成長していき,そうしたシステムが医療機関に普及することで発展してきました。その結果として多くの医療機関の日常業務がデータ化され,情報を抽出・収集できるようになりました。さらに,かつては医療機関ごとにバラバラだったデータが,交換規約の標準化などで膨大な情報として蓄積できるようになり,分析することも可能になりました。これが,ビッグデータという言葉が注目を集めている理由です。
現在,医療分野のビッグデータとして活用できるものは,主に3つのデータがあります。
まず1つは,DPCデータです。DPCデータは2002年から厚生労働省保険局がデータを収集しています。DPC対象病院が提出するデータは容易に作成でき,分析も手間をかけずに行えるため,制度が始まった当初から活用されてきました。2つ目には,NDBが挙げられます。NDBは,レセプト情報,特定健診・特定保健指導情報のデータベースであり,診療報酬請求のデータであるという点で悉皆性のあるデータですが,あくまでも請求上の情報です。また,DPCデータが分析が容易なのに対して,NDBデータは分析までの前処理に手間がかかり,活用に向けた初期投資も高くなっています。3つ目には,SS-MIX標準化ストレージのデータがあります。これは,電子カルテシステムからHL7形式で出力されたデータであり,まだその活用は限定的ですが,診療に関する情報を分析することが可能です。
医療機関の経営改善から医療制度の策定まで広がるビッグデータの活用
こうしたビッグデータはさまざまな目的で利用されますが,マネジメントの視点からは,3つのレベルに分けて活用を考えることができます。
最初のレベルとして,医療機関ごとのデータの活用が挙げられます。例えばDPCデータを用いて,ほかの医療機関のデータと比較し,自施設の診療がどのように行われているかを確認して,クリティカルパスを作成するといった診療の標準化ができるようになりました。また,一つの医療機関では症例数が少なく限定的な判断しかできなかったことが,何百,何千の医療機関のデータを集めることで症例数を増やして有用な情報を得られるようになり,新たな治療法の開発などが可能になります。
その次のレベルとして,データに基づいた診療報酬制度の改善への活用が挙げられます。例えば,DPC対象病院から提出されたデータを基に,DPCの分類や評価の見直し,制度の改正をしたり,診療報酬における算定の変更や加算の新設といったことを行っています。
さらに,より大きなレベルとして,社会システムの中での医療制度を考えるためのデータ活用があります。現在,団塊の世代が75歳以上となる2025年に向けて,各都道府県が地域医療構想の策定を進めています。この施策において,DPCデータを用いて医療の需給動向を把握し,医療提供体制などを検討しています。ただし,DPCデータだけでは把握できない病院・病床もあるため,NDBデータも利用して全体像を把握するようにしています。この地域医療構想の策定に当たっては,各都道府県の人口動態の統計情報から将来の人口などを推計し,DPCやNDBのデータを基に,受療動向や疾病の傾向といったことを分析しており,非常に予見性の高い分析を行えています。また,このような施策を進めていく上で,DPCやNDBのデータは,進捗状況の管理や計画の修正・見直しといったことにも役立てることができます。これは,迅速かつ確実な施策の実行にもつながります。
医療を良くしたいという熱い思いを持った情報技術と医療現場を熟知する人材の育成を
医療に関する各種のデータが蓄積され,ビッグデータとなり,それを活用できる環境が整ってきましたが,一方で,データを分析して,医療施策や病院経営に生かせる人材は不足しています。データを集計するだけでなく,どの部分に着目して何を考えるべきなのか,自分や組織の業務との関連性を考えどのように改善につなげていくか,ということを考えられる実践力のある人材がほとんどないのが現状です。
このような人材は,医療機関にも不足していますが,政策にかかわる行政,大学などの研究機関も同様です。医療機関では,DPCデータを分析して何らかの改善活動に結びつけられている施設はまだまだ少数であり,診療や経営改善を推進するためのエンジンの役割を果たす人材育成・確保は重要です。一方,研究機関では,DPCやNDBのビッグデータを分析している研究者が出てきていますが,まだ医療分野のデータサイエンスを学べる講座がある施設はほとんどなく,若い研究者を育成する教育体制をつくることが求められています。さらに,地域医療構想でも,データに基づいた説明,議論ができなければ,思い込みで議論が進められてしまいます。地域医療構想では,厚生労働省が各種のデータを提供していますが,自治体にそのデータを分析できる人材,さらにはデータを基に施策の下書きを進めるリーダーシップをとる人材がいないのが大きな課題となっています。
ビッグデータの分析と活用で求められる人材の条件は,情報技術と医療現場の両方の知識があることですが,現実にはなかなかそのような人材を確保できません。そこで,診療業務や病院経営などに精通しているスタッフとデータ分析のできるスタッフが対になって取り組めるようにすることで,人材を育成できるだけでなく,業務改善や施策立案も可能になります。さらに,付け加えるならば,医療を変えたい,医療を良くしたいという熱い思いを持った人物に,ビッグデータを活用してもらえるようにすることも大切です。
すべての医療情報をデータ化することでより有効なビッグデータ活用が可能に
医療分野におけるビッグデータの活用の将来像について,私自身は,医療にかかわる情報を写像のようにすべてデータで記録するようになるのが望ましいと思います。現実で起きていることをすべてデータ化できれば,詳細な情報を大量に得られるようになります。それが可能になれば,実効性のある施策を考えたり,精度の高い診断法や効果のある治療法などを評価するために役立てられるようになり,さらに有効なビッグデータ活用ができるでしょう。
現在は,それに向けて医療に関する幅広いデータを収集して,できる範囲から課題を解決している状況だと言えます。今後は,個々の医療機関における診療の質の向上や経営改善のためのデータ活用から,地域医療構想など日本の医療が抱える課題を解決するためのデータ活用へと,視野を広げていくことが大切です。写像のように医療情報を収集できるようになれば,幅広い分析を行えるようになるだけでなく,一つの課題を深掘りし,医療が抱える数多くの問題が解決できます。それだけに,今のうちからビッグデータの分析と活用ができる情熱を持った人材を育てていくことが求められています。
(いしかわ ベンジャミン こういち)
1995年東京大学大学院医学系研究科保健学専攻博士課程修了。同年国立がんセンター研究所がん情報研究部研究員となる。同センターがん予防・検診研究センター情報研究部主任研究員,同センターがん対策情報センター情報システム管理課システム開発室長,がん統計研究部がん医療費調査室長を経て,2016年から現職。厚生労働科学研究費補助金DPC研究班分担研究者。厚生労働省保健医療専門審査員,東京都地域医療構想策定部会委員などを務める。近著に『平成24年度がん研究開発費石川班DPC調査データに基づくがん入院・外来化学療法ポートフォリオ』(じほう)などがある。