2015-3-12
医療分野の研究開発を一元的に管理し,基礎研究から実用化までを切れ目なく支援するため,2015年4月に国立研究開発法人 日本医療研究開発機構(Japan Agency for Medical Research and Development:AMED)が設立される。AMEDは大学や研究機関,企業の取り組みをサポートしていくが,個々の研究開発を加速するためには,多様なビッグデータの活用が重要となる。メディカルマイナンバーが実現すれば,本当の意味でビッグデータが役立つと言えるだろう。医療個人情報をよりセキュアに管理・運用できるシステムの構築が可能になれば,ITをいっそう医療に有効活用でき,これからの医療の可能性が大きく広がる。
●医療分野の研究開発を一元的に管理・支援するAMEDが発足
わが国の医療分野の研究開発は,文部科学省,厚生労働省,経済産業省の3省庁が個々に実施してきたため,基礎から実用化までを切れ目なく支援する体制が不十分でした。この解決をめざし,AMEDが2015(平成27)年4月1日に発足します。私は,AMEDの初代理事長に就任する予定で,組織のマネジメントを行うことになりました。われわれのミッションは,政府の健康・医療戦略推進本部が作成する医療分野研究開発推進計画に基づいて研究支援と研究環境整備を一体的に実行するとともに,医療分野の研究予算を集約して研究機関・研究者に配分・管理を行うことです。
AMEDでは,「医薬品」「再生医療」「がん」「脳と心」「難病」「感染症」の基幹研究と,社会ニーズに合わせた研究を行っていく「研究企画」など9つのプロジェクトが推進されます。これらプロジェクトを包含する戦略推進部と,他の5事業部(産学連携部,国際事業部,バイオバンク事業部,臨床研究・治験基盤事業部,創薬支援戦略部)が縦横連携し,研究開発の全体最適化をめざします。
●アカデミアと企業の橋渡しをすることで研究開発から実用化までを切れ目なくサポート
例えば創薬の研究開発では,医薬品の基となる創薬シーズを大学などのアカデミアが発見・合成しても,臨床での使用までにはさまざまなハードルがあります。毒性試験などの非臨床試験をアカデミアだけですべて行うことは困難であり,一方で,試験を行う力のある製薬会社も,資金に限りがあるため,よほど有望なシーズでなければ取り組むことは難しいのが実情です。アカデミアと企業がスムーズに連携できないことが,“死の谷”と呼ばれるドラッグ・ラグの一因であったとも言えます。近年は,独立行政法人医薬基盤研究所と創薬支援ネットワークの活躍により,状況が改善しつつありますが,まだ十分ではありません。日本にはシーズの“生みの親”となる優秀な研究者は多いのですが,“育ての親”が少なく,日本でできたシーズの特許を米国が買い取り,実用化して収益を上げている現状は,創薬立国日本をめざす上では大きな問題です。AMEDでは,アカデミアと企業の橋渡しをすることで,日本発の知的財産を活用するための支援を行っていきます。
また,産学連携・医工連携の必要性は,医療機器も同様です。2014年10月に,3省庁や関連機関,企業などの連携により医療機器開発支援ネットワークが立ち上がり,市場探索から上市までの開発段階に応じた切れ目のない支援を提供する「伴走コンサル」がスタートしています。これもAMEDに移管される予定です。
創薬,医療機器ともに,研究から実用化までのフェーズに応じて適切なアドバイスをするとともに,進捗を評価・検証し,最適なファンディングを行うことで,研究開発を推進していくことがAMEDの使命です。AMEDで支援する研究テーマの選定・育成の一つの指針として,“3つのLife(生命・生活・人生)”の視点を取り入れていることを求めたいと考えています。基礎研究であっても,その研究が患者さんや国民の生命・生活・人生にどのように貢献するのかというフィロソフィをわずかでも包含してほしいのです。例えば,単一遺伝子疾患のような稀少疾患の患者さんにとっては,海外のある地域に同じ患者さんがいるということがわかるだけでも,救いとなりうるでしょう。
研究の多様性を大切にしつつ,Lifeを含む研究を支援することで,基礎・臨床一体型の生命医科学研究を支えていきたいと思います。
●メディカルマイナンバーなどのIT活用がアンメット・メディカル・ニーズ探索など研究開発に寄与
私は,医療の研究開発の推進にあたっては,いまだ有効な治療法がないなど充足されていないアンメット・メディカル・ニーズの掘り起こしも非常に重要だと考えています。稀少疾患や難病,また,診断が難しいundiagnosed patient(UD)など,患者数が少なく企業投資も十分でない疾患に対して光を当てることもAMEDの役割であると考えます。UDでは診断が付かなければ,医療費のサポートを受けることもできません。UDの患者さんには診断を付けられる病院を,稀少疾患や難病の患者さんには生涯にわたってその時々で的確にフォローアップできる病院を紹介できる仕組みが必要です。
アンメット・メディカル・ニーズを掘り起こして最適な医療を提供するには,分子を網羅的に解析する多層的オミックス解析や,患者さんの生涯における疾患の時系列情報の解析が必要となります。しかし,疾病や死因の記録・分析に用いられているICD分類では,疾患によってタグ情報が不均一で,解析に必要なデータを得ることができません。また,がん登録やバイオバンクなど,さまざまなデータが蓄積されていますが,現在のデータ管理・運用方法では,データマイニングが思うようにいかない実情もあります。
私見ではありますが,メディカルマイナンバーが実現すれば,さまざまなビッグデータとリンクさせることで,本当の意味でデータの利活用ができるようになるのではないかと期待しています。これにより,疾患の研究を推進できると同時に,個々の患者さんについては一生を通じてフォローアップすることが可能となります。
●セキュアな医療個人情報の管理・運用で広がるこれからの医療
メディカルマイナンバーの導入には,セキュアな管理・運用が必須となります。慶應義塾大学医学部では,大学病院と協力してセキュアに医療用個人データを取り扱う仕組みの構築計画を進めています。病院の持つ医療個人情報を匿名化し,個人を特定できない状態で研究用リソースとして解析することを可能にするコンピュータシステムです。そして,研究の中で偶発的所見が見つかった場合には,倫理委員会などの承認を得た上で個人情報に再度連結が可能で,患者さんに対して医療を提供できるようにすることをめざしています。このようなセキュアなシステムを国として構築できれば,メディカルマイナンバーの導入も実現可能となるでしょう。
現在,慶應義塾大学医学部と大学病院では,電子カルテシステムなどのITを医療の安心・安全にいっそう資するためのプロジェクトが進行しています。過去の病歴や,画像診断・生化学検査の結果,ゲノム情報などを組み合わせてコンピュータが臨床推論を行い,診断の補助となる情報を示す人工知能システム「iDOC」を研究中です。実現までには時間を要しますが,このようなシステムが今後は必要になっていくと思います。
日本には,メディカルマイナンバーを導入し,ビッグデータを利活用するための素地があると思います。1つ目が医師の能力の高さ,2つ目が医療情報として画像診断の技術の高さ,3つ目が基本的に医療保険の仕組みが1種類であることです。ある時点で決断して,オールジャパンで取り組むことができれば,個々の患者さんの医療,医師や病院の質の向上,国民全体の健康増進につながるデータベースをつくることができるでしょう。AMEDですべてを行うことは不可能ですが,大学や研究機関,企業などと協力して,実現に向けて動いていければと考えています。
(すえまつ まこと)
1983年慶應義塾大学医学部卒業。同大助手を経て,91年カリフォルニア大学サンディエゴ校応用生体工学部留学。2001年慶應義塾大学医学部医化学教室教授。2007年から慶應義塾大学医学部長。2015年4月に発足する国立研究開発法人 日本医療研究開発機構(Japan Agency for Medical Research and Development:AMED)の理事長予定者。