2013-8-1
武藤 真祐 氏
政府は在宅医療の充実に向けた施策に取り組んでいるが,現状では医療資源不足などの課題を抱えている。また,多職種がかかわる在宅医療では,情報共有が重要となる。多職種間での情報共有を図り,医療資源不足をカバーするためには,クラウドなどのICTが有効である。今後,ICTのさらなる技術開発により,高齢者が安心して自分らしく生活できる社会の実現が期待される。
●超高齢社会によって重要性が高まる一方で
医療資源不足などの課題を抱える在宅医療
わが国では,政府が医療政策において在宅医療を強化すべく,各種の施策に取り組んでいますが,これには大きく3つの理由があります。
1つめは,今後高齢の死亡者数が大幅に増加することです。現在,内閣府の平成24年度「高齢社会白書」によるとわが国の2010年の死亡者数は年間120万人弱となっています。高齢化の進行に伴い,今後もこの数字は増え続け,2040年には50万人増の年間170万人弱となり,ピークを迎えると予測されています。このような状況で,終末期を迎えた高齢者が過ごす場所は,病院だけでは足りません。介護施設や自宅が中心となるでしょう。
2つめは,社会保障費の高騰が理由です。これは切実な問題であり,厚生労働省によると2011年の年間の公的な医療費支出は34兆円。2025年には,53兆円にも上ると予測されています。在宅医療は,病院での医療と比較して医療費を抑えることができます。このため,社会保障費の抑制のためにも在宅医療が推進されているという理由もあります。
3つめの理由としては,人生の最終章を迎えた高齢者にとっては残りの人生を住み慣れた自宅で過ごす,あるいは自分らしく過ごせる施設で過ごす方が良いという考えが,社会に浸透してきたこともあるようです。このような考えが広がったことで,国民自身からも在宅医療が求められています。今後もその需要が伸びていくと思います。
在宅医療に関しては,政府が強力に推進しており,診療報酬でも手厚い加算がされ,在宅医療を手がける施設の増加につながっているなど,一定の効果があると考えています。しかし,在宅医療は24時間態勢で診療にあたらなければならず,限られたマンパワーで行うことが困難であるなど,大きな課題が残されています。
●在宅医療のICT化のメリットはリスク低減,チーム連携の強化
在宅医療の重要性が高まり,その普及と発展が望まれる中で,ICTの活用についても関心が高まっています。在宅医療のICT化は,情報の共有を図れることで主に3つのメリットを生み出します。
まず,専門職がその専門業務に特化できることで,在宅医療・介護の質が向上するというメリットです。在宅医療へのニーズが高くなっているのにもかかわらず,それを担う医師や看護師が増えない現状においては,例えば訪問スケジュールやルート組み,書類の作成などを,ICTを使い効率的に正確に行うことにより,医師や看護師がより患者さんと向き合う時間を多くとることができます。
2つめのメリットは,リスク低減です。例えば,病院では医師が指示を出し,それを看護師が実施すると,その情報が電子カルテに記録されますが,在宅医療・介護の現場では医師と訪問看護師が同じ時間に同じ場所にいることがほとんどありません。それぞれの専門職がそれぞれの視点での患者・利用者情報を保有しているにもかかわらず,医師,訪問看護師,訪問ヘルパーそれぞれの訪問時間が異なり,ややもすれば情報共有不足になりやすい環境にあります。このようなことを防ぐため,共有すべき患者・利用者の情報がシステムに記録されることが望ましいと思います。現状では,各事業者の訪問記録,介護用ノート,電話連絡などで情報共有していますが,患者さん宅に行かないかぎりその内容や状況を確認できないなど,患者状態の把握に限界があります。しかし,ICTを導入することで,そのような限界を突破できます。
3つめのメリットは,チーム連携をより強固にできることです。ICTを使うことで訪問ヘルパーなどが患者さんの情報を医療職側に伝え,その内容を共有し,状況に応じて医師や看護師が対応するといった,地域全体での在宅医療体制を構築することができます。例えば,訪問ヘルパーが患者さんの状態に関するメモや画像を電子メールで医師に送り,医師は訪問ヘルパーにアドバイスや指示を出すことにより,医療・介護全体のチーム連携や質の向上につながります。
●クラウドを用いた実証実験において効率化や情報共有に成果
在宅医療でのICTの活用について,医療法人社団鉄祐会 祐ホームクリニックでは,富士通とともに,2012年8月から2013年3月までの期間,東京都北部と宮城県石巻市において,クラウドを活用した在宅医療・介護の多職種間情報連携の実証事業を行いました。この実証事業では,在宅医療と介護における多職種間での情報共有のために,クラウド技術を用いた情報連携基盤を構築し,セキュリティの確保されたネットワークを通じて訪問先からタブレットなどのスマートデバイスを使い,情報にアクセスできるようにしました。
従来の在宅医療・介護の連携は,医療機関側から出された情報を介護施設側が参照するという「診療情報」の連携を中心としていました。反対に,介護施設側からの情報はあまり診療に連携されてはいませんでした。しかし,私たちとしては,介護職から出される患者さんの「日常生活の情報」も共有して,包括的にケアしていくことが在宅医療・介護体制には必要だと考え,積極的に介護施設にも参加してもらうことにしました。そして,診療や介護に役立てるためにどのような情報を共有すべきかも検討しました。また,医療職・介護職の方で,日ごろスマートデバイスを使用していない方でも使いやすいシステムとするためには,どうすべきかを考慮しました。
この実証事業では,ICT化のメリットを得ることができました。具体的には,情報共有によって,対象患者さんに関する在宅医療・介護に携わる事業者間でのコミュニケーション量が増加し,患者さんを事業者それぞれではなく「チーム」でケアをしていく体制をより強固にすることができました。また,ICT化されることで,事業所間で感じていたメンタルバリアが解消され,フラットなコミュニケーションが促進されたことが証明されました。
この実証実験で用いたネットワークシステムは,富士通より「FUJITSU Intelligent Society Solution 往診先生」の
サービス総称で,「在宅医療支援SaaS」「在宅チームケアSaaS」が提供されています(http://jp.fujitsu.com/solutions/cloud/elderly-care/
)。
●高齢者が安心して自分らしく生活できる。そんな社会の実現をめざしICTの活用を進める
今回の実証事業の結果から,ICTは在宅医療と非常に親和性が高いと言えます。その理由は,非常に多くの職種が,施設や訪問時間が異なる環境の中で,フラットな関係を築きながら,スムーズに情報共有を行う必要があるからです。ICTを活用することで,在宅医療や介護の質を保ちながら,より多くの患者さんをケアしていくことができるでしょう。一方で,在宅医療・介護の分野でICT化を進めるためには,通信速度の高速化といったインフラ整備や,医療職・介護職があわただしい現場でも容易に情報を入力できるようなデバイスや入力方式などの検討も重要です。
今後は,在宅医療・介護のICT化で得られた多くのデータを基に,健康寿命を延ばすための分析などにも取り組みたいと考えています。そして,高齢者が安心して自分らしく生活できる社会の実現に向け,進んでいきたいと思います。
(むとう しんすけ)
1996年東京大学医学部卒業。医学博士。東京大学医学部附属病院,三井記念病院に従事したほか,宮内庁に侍医として勤務。マッキンゼー・アンド・カンパニーを経て,2010年に祐ホームクリニック,翌年に祐ホームクリニック石巻を開設。一般社団法人高齢先進国モデル構想会議代表,石巻医療圏健康・生活復興協議会代表。厚生労働省 在宅医療と介護の連携のための情報システムの共通基盤のあり方に関する調査研究委員会委員。内閣官房高度情報通信ネットワーク社会推進戦略本部医療分野のタスクフォース構成員。総務省ICT超高齢社会構想会議構成員。