2020-2-10
第105回北米放射線学会(RSNA 2019)では,AI Showcaseに143社が出展した。これは,Technical Exhibit出展社数740社の約20%を占めることになる。もはや,放射線医学の未来は人工知能(AI)抜きに語ることはできないだろう。放射線医学分野のAIは,世界でどこまで進んでいるのか,そして,日本はどのような状況なのか。日本を代表する医療AIベンダーであるエルピクセル代表取締役の島原佑基(しまはら ゆうき)氏に確かめた。
放射線医学分野のAIはエコシステムを構築するフェーズへ
─RSNA 2019のAI Showcaseの感想をお聞かせください。
2年前のRSNA 2017でTechnical Exhibitの中にMachine Learning Showcaseが新設されましたが,その時はエルピクセルも含め48社が出展しました。今回はその3倍の規模に拡大しています。これは,2017年当時に皆が想像していた規模をはるかに超えていると思います。放射線医学分野におけるAIは拡大期を迎え,たくさんの企業が多様な戦略の下にこの分野に参入して,盛り上げているのを肌で感じました。
特に,前回までのMachine Learning Showcaseには,ベンチャー企業の出展が多かったのですが,AI Showcaseに名称が変わった今回は,GEヘルスケアやフィリップスなどのPACSも手がけるモダリティメーカーに加え,グーグルやアマゾン(AWS),マイクロソフト,エヌビディアなどのITベンダーも大きなブースを用意しました。医療AIは,ソフトウエアを単体で提供していくだけではビジネスとして発展していくのが難しいため,今後は,モダリティメーカーやITベンダーも含めたエコシステムを構築するフェーズに移行していくと予想してます。また,このような状況を踏まえると,AIソフトウエアなどを開発する企業の出展社数は今回がピークに近く,今後は収斂されていくと思います。
─大手のITベンダーが出展するねらいは,どこにあるのでしょうか。
医療分野のITシステムは,「オンプレミスからクラウドへ」という潮流があり,AIの開発やソフトウエアの提供などもクラウドの利用が進んでいくのは間違いありません。こうした状況の中で,グーグルやAWS,マイクロソフトなどは自社のクラウドサービスを使ってもらおうと積極的に動いています。また,エヌビディアは,AIの研究や開発に自社のGPUを採用してほしいとの考えがあるのでしょう。つまり,ゴールドラッシュ時のように「金脈を掘る人がいれば,ツルハシを売る人もいる」という状況です。
─モダリティメーカーの中から,自前のAIソフトウエアだけでなく,他社のAIソフトウエアもPACSで提供するという動きが出てきましたが,どのように見ていますか。
このような動きは,今後ますます顕著になっていくと思います。今まで放射線医学分野のIT化は,PACSベンダーやモダリティメーカーを中心に進んできました。現状では,ベンチャー企業が影響力を持つとは考えにくいので,医療AIにおいてもPACSベンダーやモダリティメーカーがエコシステムの中心的な役割を果たすと思います。アップルのApp Storeのような,プラットフォーマーとしての地位を固めながらベンチャー企業と共存してエコシステムを築くという構図ができていくでしょう。
─AI Showcaseに出展した企業の国や地域については,どのように感じましたか。
今回は韓国企業の存在感を強く感じました。VunoやLunit,JLK Inspectionのほか,初出展のAIRS MEDICALなど多くの企業がブースを構えていました。イスラエルも同様ですが,韓国などは自国のマーケットが限られているために,グローバル指向が強いのだと思います。
最大のマーケットである米国は,レッドオーシャン化
─エルピクセルも米国での事業展開を進めていますが,日本のマーケットとの違いなどがあればお聞かせください。
プレーヤーの数がまったく違います。規模が大きく,放射線科医の位置づけも日本と異なり,国内外から多くの医療AIベンダーが参入しています。当面,米国が最大のマーケットになることは間違いなく,多くの企業がFDAの認可を急いでいます。今のところ特定の企業,AIソフトウエアがマーケットを寡占しているわけではないので,皆チャンスだと思ってシェアを獲りにいっており,レッドオーシャンとなっています。ただし,「血で血を洗うような競争」状態ではなく,「人混み」のように多くの企業が参入している状況です。
─米国で事業展開する上で,難しいことはありますか。
これから市場ができていくということもあり,多くの企業が投資を行うフェーズだと考えているようです。私たちもまだ厳しさや難しさに直面するケースは少ないのですが,これからは,収益を上げて,持続可能な体制を築くという課題に多くの企業が直面すると思います。
─エルピクセルは,RSNAの出展が3回目となりましたが,手応えを感じていますか。
年々,ブースの面積を拡張することができています。それに伴い来場者も増え,RSNA 2019は過去最高を記録しました。反応も非常に良く,具体的に導入を検討する方も今までになく増えていると感じました。また,米国だけでなくアジアや欧州など,世界各国の参加者に来場してもらいました。
日本の医療AIはまだ世界で勝つチャンスがある
─AIソフトウエアを開発する日本企業でAI Showcaseに出展したのはエルピクセルだけでしたが,この状況をどのように分析していますか。
非常に残念だというのが率直な感想です。「なぜ日本からの出展が少ないのか」と聞かれることもあり,日本の技術力は評価されているだけに,多くの方が疑問を抱いています。この要因はいくつかあると思いますが,まずベンチャー企業に対する投資額が,米国や中国に比べてけた違いに少ないという事実があります。しかし,韓国よりも日本の方がベンチャー企業への投資額が多いのも事実です。
このことを踏まえると,日本には,医療AIを開発しにくい環境があるのではないかと考えています。国民皆保険という制度の中では,まずは社会に受け入れてもらうことが重要ですが,それだけでなく行政がベンチャー企業を支援していくことが求められています。現在,データベースなどの基盤整備が進められていますが,まだ具体的な形にはなっていません。一方で,次世代医療基盤法などの法整備やガイドラインの作成も行われていますが,それだけではベンチャー企業が事業展開しやすくなるわけではありません。むしろ,改正個人情報保護法や臨床研究法など,ベンチャー企業にとっては高いハードルとなる法令もあり,厳しい状況です。
─エルピクセルとしては,日本の医療AIの研究開発を進めるために,どのようなことをしていますか。
日本医療研究開発機構(AMED)の「臨床研究等ICT基盤構築・人工知能実装研究事業」での「画像診断ナショナルデータベース実現のための開発研究」において,アノテーション作成システムを提供しています。私たちは医療AIベンダーですが,その事業だけに集中していても,医療の世界を変えるのは難しいです。だから,私たちは,「社会開発」をすることを大きなテーマにしています。医療という社会に密接にかかわっている領域でビジネスをするならば,社会全体を開発することがとても重要です。社会を開発しなければ,研究開発の成果が生きてきません。研究開発,事業開発は当たり前であって,それだけではダメだという危機感を持ち,社会開発に取り組んでいます。
─エルピクセルは,モダリティメーカーとの提携も進めていますが,そのねらいは何でしょうか。
一つには,モダリティメーカーと共同研究契約を結ぶことで,より良いAIソフトウエアをつくるためです。もう一つの目的は,医療分野で確固たるポジションを持つモダリティメーカーと協力し,互いを補完し合いながら市場を築いていくためです。CTやMRI,PACSと私たちのAIソフトウエアを組み合わせて展開していくことはもちろん,AIソフトウエアを使ったワークフローなども一緒に提案していくことで,医療AIを社会に効果的に普及させたいと考えています。
─今後,日本の医療AIの研究開発を加速させていくためには,何が一番必要でしょうか。
日本は行政主導で物事が進む国なので,行政が動くというのが,一番強力だと思います。例えば,国民皆保険制度を生かして,データを国が管理して,さらにそのデータを研究開発に役立てるといったような研究開発の環境を整えることができればよいと思います。行政が,「医療AIで世界で勝つんだ」というメッセージを出して施策を展開していけば,まだ世界に太刀打ちできるはずです。
医療機関や他企業とともに社会開発を進める
─2019年10月にMR画像から脳動脈瘤を検出する「EIRL aneurysm」がプログラム医療機器の承認を得ましたが,今後の製品開発についてお聞かせください。
胸部単純X線写真の診断支援ソフトウエアの読影試験を終えたので,医薬品医療機器総合機構(PMDA)に承認申請を行い,上市をめざします。まずは肺がんを対象にしていますが,気胸や結核などの胸部疾患についても開発を進めます。
─これからの事業展開についてもうかがいます。
日本でしっかり結果を出すことが重要です。国内で成果を出さなければ海外でもうまくいかないと思います。日本のマーケットは規模も大きいので,そこをカバーした後で,海外展開を進めたいです。
医療AIのビジネスには,4つのフェーズがあります。まず研究開発があり,その次に製品化に向けての開発,さらには法規制対応を経て,4番目のフェーズとしてビジネスがあります。
3つのフェーズはクリアできたので,今後は低コスト,かつオペレーショナル・エクセレンスを向上させ,高精度のAIソフトウエアをどこよりも早く,数多く提供していきます。その上で,4つめのフェーズであるビジネスについて,積極的にいろいろなことにチャレンジします。その一つが社会開発です。社会全体に医療AIを広める仕組みをつくりたいです。ただし,私たちだけでは限界があるので,医療機関やモダリティメーカー,医療ITベンダーと一緒に取り組むことが大事だと考えています。
(2020年1月7日取材)
東京大学大学院新領域創成科学研究科博士課程修了。博士(生命科学)。大学ではMITで行われる合成生物学の大会iGEMに出場(銅賞)。グリー株式会社に入社後,事業戦略本部,人事戦略部門,他IT企業で海外事業開発部に従事。2014年3月に研究室のメンバー3名でエルピクセル株式会社創業。