2019-12-11
国立成育医療研究センターは,国内に6つあるナショナルセンターの一つで,小児・周産期医療の国内最大規模の医療施設である。2019年6月,国が進めるAI(人工知能)ホスピタルプログラムの一環としてPSP社の医療被ばく線量管理システム「ARIStation iSED」(以下,iSED)を導入し,研究開発を進めている。同センターにおける小児医療被ばく管理の実際について,放射線診断科の宮嵜 治診療部長に取材した。
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小児医療を支えるナショナルセンター
2002年に開設された国立成育医療研究センター(490床,28診療科)は,小児医療,生殖・胎児・周産期医療,母性・父性医療などを包括する成育医療の中核機関として,診療,調査・研究,教育,情報発信を行うことを役割としている。1日の外来患者数は約900人,20歳未満の患者が86.6%(2018年度)を占め,小児がん診療や,小児疾患に特有のIVRも施行するなど,全国から来院する患児に対して高度・先進医療を提供している。
放射線診療部には,医師12名(放射線診断医8名,放射線治療医1名,レジデント3名),診療放射線技師19名が在籍する。モダリティは64列CT,MRI,透視・一般撮影装置,血管撮影装置,超音波診断装置,核医学装置などを整備。CTやMRIなどの検査には必ず医師が立ち会い,24時間365日の検査対応体制をとっている。放射線診断科は,産婦人科など一部の検査を除き,一般撮影も含めたすべての検査のレポートを作成するほか,超音波検査も担当し,同センターの画像診断を支えている。
小児画像診断の豊富な経験は多方面に生かされ,国内外の学会や主要誌での発表,診断参考レベル(DRLs 2015)策定やWHO被ばく低減キャンペーンへの協力など,わが国における小児画像診断を牽引し続けている。
小児CT検査の適切な実施をめざして
センター開設と同時に8列CTが稼働した放射線診療部では,小児のための撮影条件などが手探りで検討された。宮嵜診療部長は当時を振り返り,「米国の一般紙に掲載された記事をきっかけに小児CT被ばくの問題が表面化し,被ばく低減の動きが盛んになった時期でした。当時のCTには小児モードがなかったため,成人との体格差を考慮して撮影条件を検討していきました」と述べる。検討を経て,体重区分を9つに分類した撮影条件“カラーコード”を作成し,AECと組み合わせたプロトコルをCTにプリセットすることで,小児CT撮影の方法を確立。この手法は現在,国内の医療機関で広く使われている。
一方,線量管理においては,照射録や読影レポートシステムから患者情報を抽出し,CTDIvolを手入力,手計算する方法を続けていたが,2012年に他社製の線量管理システムを導入。これにより,「誰が,いつ,どのような検査を受けたか」というデータの集計が自動化された。線量管理システムの導入は非常に画期的であったが,課題もあった。例えば,腫瘍のフォローアップでは,転移検索のために頭部,胸部,腹部を撮影するが,これらはすべてセットで1つの検査(同一スタディ)としてオーダされる。そのため,ある期間の頭部CTの件数を知りたくても,セットオーダに含まれるものは集計できなかった。宮嵜診療部長は,「セットオーダの中はブラックボックスでした。システム上でセットオーダの内容と検査名を紐づけることもできましたが,セットオーダは相当数ある上,検査名は手入力のため表記にバラツキもあり,実際にはとても対応できません。件数だけは読影システムから得ることもできましたが,検査種別の線量はわかりませんでした」と述べる。
放射線診療部では,データ抽出精度の向上と,頭部MRI撮影加算算定のため,2018年春にCT撮影プロトコルを50件に整理して番号をつけ,リスト化した。これによりスキャン指示もしやすくなり,医師と技師の意思疎通も向上したが,セットオーダの内訳は分離できないままだった。
そのような中,2018年に戦略的イノベーション創造プログラムの「AIホスピタルによる高度診断・治療システム」に,同センターの課題が採択された。そこで放射線診療部では,AI活用による課題解決をめざし,求める要件に対して柔軟に対応できると期待したiSEDを2019年6月に導入し,研究開発に着手した。
iSEDの新機能実装で精度向上に期待
iSEDは,モダリティ,RIS,PACSから被ばく線量情報と撮影条件を自動収集・記録できる。同センターでは現在,CT,血管撮影装置に接続して情報を収集しており,核医学装置との接続も調整中だ。iSEDは,過去データを蓄積している他社システムと並行して使用し,データ検証を行っている。
iSEDの使用感について宮嵜診療部長は,「検査一覧ではカラーコードに応じて色分けされますし,集計結果はヒストグラムや箱ひげ図で表示でき,視覚的にとてもわかりやすいです」と評価する。DRLを設定することで,75パーセンタイル値を超えるとアラートも表示される。そして10月からは,課題であったセットオーダ内の検査の分離も可能になった。
放射線診療部では,計画的なCT被ばく管理のため,2018年4月にCT被ばくプロジェクトチームを立ち上げた。主な取り組みは,(1) ファントムによる実測値とコンソールに表示されるCTDIvolの比較検証,(2) 正当化・最適化に基づきCTスキャン指示が行われているかのチェック,(3) 年1回のローカルDRL策定の3つである。宮嵜診療部長は,iSEDでセットオーダの内訳も集計できるようになったことで,年末に行うローカルDRLの策定では,より正確な数値を得られると期待している。
またiSEDでは,線量指標としてsize-specific dose estimates(以下,SSDE),水等価直径を用いたSSDEも表示できる。従来からの腹部に加え,AAPM Report 293で報告された頭部にもいち早く対応している。宮嵜診療部長は,小児におけるSSDEのメリットについて,「CTDIvolは,成人の体格を基準に算出されるため,小児では実際と乖離する場合もあります。SSDEは撮影画像を用いて算出されるため,実際に近い被ばく線量を把握できます」と説明する。
ハーフドーズスキャンが全体の被ばく低減に貢献
放射線診療部では,医療被ばくの正当化・適正化のため,宮嵜診療部長が週1回,カルテと照射録を照合してスキャン指示が適切に行われているかを確認しているほか,始業時に検査予約を確認し,重複や繰り返しの検査オーダがないかチェックしている。
宮嵜診療部長は,「特定の患児のCT撮影回数が多ければ,代替検査を提案するなどしてきましたが,診療科医としては治療を優先し,被ばくへの配慮は後回しになりがちです。しかし,ICUの医師から,ある患児の被ばく状況を懸念した問い合わせがあったことをきっかけに,被ばく低減に向けた動きが進みました」と話す。線量管理システムから得られた検査数や蓄積線量を材料に脳神経外科医と協議し,微細構造を観察しない水頭症,頭蓋変形,脳槽造影CTは,従来の半分の線量で撮影する“ハーフドーズスキャン”で実施するようになった。同センターでは水頭症症例が多いため,結果として全体の被ばく線量を大きく下げる効果が得られた。
施設の状況や必要に応じた線量管理が大切
AIホスピタルプログラムは2年計画で進められており,iSEDを用いた研究開発はさらに進められる。宮嵜診療部長は線量管理のポイントと今後について,「撮影プロトコルは,自分たちで管理できる範囲で設定することが大切です。当センターは小児中心のため,カラーコードプロトコルも含めて撮影プロトコルが非常に多いのですが,iSEDにより検証できる手立てがあるからこそ,細かなプロトコル運用ができていると言えます。将来的には国内の小児病院をつなげて線量レジストリを構築したいと思いますし,アジアや世界と比較できれば,さらなる適正化が図れると期待しています」と述べる。小児医療被ばく管理の今後の展開が注目される。
(2019年10月23日取材)
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