杏林大学医学部付属病院では、キヤノンメディカルシステムズの高精細CT「Aquilion Precision」と3T MRI「Vantage Centurian / ZGO」が稼働しており、CTとMRIの両モダリティで高分解能画像を用いた診断や手術支援を行っている。脳神経外科領域では高分解能画像を用いて、従来では難しかった1mm以下の細血管の描出に取り組み、より精度の高い手術支援画像を提供して脳腫瘍外科治療を支援している。Neurology Imagingの第3回では脳神経外科における高分解能画像ソリューションの活用について、脳神経外科教室の齊藤邦昭学内講師、放射線医学教室の五明美穂助教に取材した。
同院は、東京都多摩地区の大学病院として高度で専門性を生かした医療を提供する。脳神経外科では、脳血管障害、脳腫瘍(良性、悪性)、頭部外傷など脳神経外科全般の疾患に対応し、専門医13名をはじめ18名で診療に当たっている。脳神経外科の手術は、脳血管障害、脳腫瘍を中心に年間約500件で、うち脳腫瘍については100件前後の手術を行っている。齊藤学内講師は、「最先端の画像診断機器を用いて、画像を使った詳細な手術計画と画像情報を統合した最新のナビゲーションシステムを導入し、精度の高い手術を提供しています」と説明する。
同院では、CTが320列ADCT2台など5台、MRIは外来・病棟で計6台(1.5Tが4台、3Tが2台)が稼働する。放射線科のスタッフは画像診断専門医15名。脳神経外科領域の検査について五明助教は、「当院は、脳神経外科や脳卒中科からの頭部CTAやMRI・MRA検査が多く、また脳腫瘍では可及的速やかに手術・治療が必要となるケースも多いため、鑑別・精査から術前情報の取得までを各モダリティとも可能なかぎり1回の検査で取得するようにしています」と述べる。
2017年3月に導入されたAquilion Precisionは、スライス厚0.25mmの高分解能検出器を搭載し、管球や寝台、画像再構成などを含めてトータルで高精度の画像データの収集を可能にする。また、2018年7月に導入されたVantage Centurian/ZGO(以下、Centurian)は、最大傾斜磁場強度(Gmax)100mT/mのグラディエントシステムが特長で、高いGmaxによってより小さいFOV、大きいマトリックスサイズ、薄いスライス厚での撮像が可能になり、面内分解能が大幅に向上した。さらに、キヤノンメディカルシステムズが開発したディープラーニング(深層学習)を適用したノイズ認識・除去技術である“Deep Learning Reconstruction(DLR)”を搭載している(製品名はAdvanced intelligent Clear-IQ Engine:AiCE)。AiCEでは、画質を損なわずにノイズ成分のみを選択的に除去することが可能だ。同院のCenturianは、2018年7月に研究機関向けの3T MRIとして開発された「Vantage Galan 3T/ZGO」として導入され、2020年9月にバージョンアップされたものだ。
脳腫瘍摘出術の術前情報としては、血管の情報が重要になる。齊藤学内講師は、「脳腫瘍の手術では機能は温存しつつ、腫瘍はできるかぎり摘出するという相反する目的を両立させる必要があります。そのためにさまざまな支援装置を用いますが、術前の計画やシミュレーションに重要なのが画像情報です。腫瘍と血管の位置関係や、温存すべき血管の走行があらかじめわかれば、しっかりとした計画をして手術に臨むことができます」と説明する。
放射線科では、Aquilion Precisionの高精細画像を用いて、頭蓋内の1mm以下の細血管の描出に取り組んでいる。高分解能CTAによる血管描出について五明助教は、「以前から、脳神経外科から術前の情報として穿通枝などの細動脈をMIP画像やVR画像で確認したいという要望がありました。従来のCTの解像度では、1mm径前後の血管を元画像やthin sliceのMPR画像で確認することはできても、MIP画像などで立体的に腫瘍との位置関係を把握することは困難であったため、Aquilion Precisionの導入に当たり、1mm以下の穿通枝を含めた細血管の描出に取り組みました」と説明する。
脳血管の細動脈や穿通枝は、内頸動脈から分枝する前脈絡叢動脈で0.7mm径前後、中大脳動脈の穿通枝であるレンズ核線条体動脈(lenticulostriate artery:LSA)では0.4mm径であり、非常に細い血管の描出が必要となる。放射線科では、Aquilion Precisionのスキャンタイミングなどの撮影方法や、造影剤の注入条件などの検討を行い、さらに空間分解能の向上に伴って増加するノイズ除去のために、逐次近似画像再構成のFIRSTの適切なパラメータ探索などに取り組んだ。五明助教は、「ファントムを使った検証を繰り返し、最適なパラメータを決定しました。心機能の問題やタイミングで難しい場合もありますが、9割近くの検査で細血管の描出が可能になっています」と現状を説明する。さらに、「実際に高分解能画像を取得すると、細動脈や穿通枝だけでなく脳表の動静脈も高精度に描出できることへの評価をいただきました。脳表静脈は従来は静脈洞へ流入する太い皮質静脈しか描出できませんでしたが、Aquilion Precisionでは開頭術野で見られる細い静脈まで描出でき、また主幹動脈末梢枝も血管撮影(DSA)同等の描出が可能となりました。このほか頭蓋底や篩骨洞の骨もAquilion Precisionでは高精度に描出できています」(五明助教)と述べる。
齊藤学内講師は、術前情報の血管の描出能の向上について、「Aquilion Precisionの高分解能CTAで、細い血管の描出能は格段に向上しました。脳表の動静脈を事前に詳細に把握できれば、腫瘍へのアプローチ方法を正確に検討できます。従来は太い血管と分枝血管の合流部分程度しかわかりませんでしたが、Aquilion Precisionでは実際に手術で開頭した際の視野と一致することが多く有用です。また、腫瘍の周囲を走行する細い血管は、その血管が腫瘍を栄養しているのか、腫瘍を通り越して後方の正常組織に向かっているかを把握することが重要で、正常組織を栄養している血管を損傷すると脳梗塞を起こし機能障害につながります。患者さんの予後を決定する意味でも、細かい血管の走行まで確認できることは重要です」と述べる。
■高分解能画像ソリューションによる臨床画像1
Centurianでは、Time of Flight MRA(TOF-MRA)を用いた穿通枝の描出に取り組んでいる。五明助教は、「DSAやCTAは患者さんの負担が大きいため、造影剤を使えない場合や、DSAやCTAを施行するまでではないものの血管の状態を把握したい際に、非侵襲的なTOF-MRAは有用です。TOF-MRAは、一般的には脳ドックなどのスクリーニング検査で用いられていますが、Centurianではより高画質・高分解能の撮像が可能になったことから、高分解能MRAによる細動脈・穿通枝の描出に取り組みました」と述べる。
TOF-MRAは血液のin flow効果を画像化する手法だが、Centurianでは高いGmaxとDLRによって、より細い血管の描出が可能になった。五明助教は、「血管の狭窄の程度や年齢など条件によって描出が難しいこともありますが、高齢の患者さんでもDSAに近い描出ができるようになりました。CTAでは動静脈分離が難しいこともありますが、TOF-MRAはSAT pulseを用い静脈の信号を抑制するため、すべてのケースで動脈のみを描出できる利点があります」と説明する。
高分解能MRAの活用について齊藤学内講師は、「高分解能MRAでは、造影剤を使わずにDSAと同等の解像度で、LSAの起始部から末梢までの走行を把握でき、術前計画や支援画像として有用です」と述べる。高分解能MRAのメリットについて五明助教は、「細動脈や穿通枝の詳細評価にDSAは欠かせませんが、手術を行う全症例でDSAを施行することは侵襲性を考えると現実的ではありませんし、造影剤脳症や腎症などのリスクもあります。DSAやCTAができない場合や、できれば避けたい時の代替手段として、高分解能MRAを選択できる意味は大きいと思っています」と述べる。
■高分解能画像ソリューションによる臨床画像2
術中ナビゲーションシステムでは、MRI・MRA、CT・CTA、トラクトグラフィなどをフュージョンして、リアルタイムに位置情報を確認できる。齊藤学内講師は、「CTやMRIの画像はナビゲーションシステムで扱いやすく、高分解能画像によってフュージョンした画像上で穿通枝の位置を確認しながら手技が可能になりました。穿通枝のような細血管をナビゲーションの画面に表示して、手術を行っている施設はまだ少ないと思います」と評価する。その上で、脳腫瘍摘出術における高分解能画像の有用性について齊藤学内講師は、「機能の温存のためには、穿通枝のような非常に細い血管を損傷しないことが重要です。事前の画像評価で穿通枝の位置まで把握でき、その情報を支援装置で利用できると、腫瘍の摘出率や手術の安全性が確実に向上すると思います」と評価する。齊藤学内講師の集計では、高分解能画像による術前情報の提供で、腫瘍の摘出率の向上や手術時間が短縮されたというデータが出てきているという。
高分解能画像を用いた診療について五明助教は、「画像解像度の向上で、非常に多くの血管が描出されるようになりました。それだけに画像を作成する診療放射線技師の方々は、解剖を理解して治療の目的に沿った血管や病変を的確に描出することが求められます。また、本当に臨床に役立つ情報の提供には、実際に治療に当たる医師の意見が必要で、臨床科と連携して進めることが欠かせません」と述べる。同院では、放射線科と脳神経外科、脳卒中科によるカンファレンスを定期的に開いて情報の共有を行っている。
これからの高分解能画像への期待について齊藤学内講師は、「高分解能画像によって、さらに細かい血管が描出されてDSAに近づけることが理想です。同時に動静脈分離など必要な情報が自動で提供されるような、臨床で使いやすい仕組みも必要だと思います」と言う。
高分解能化によって、これまで見えなかったものが見えてくることで診断や治療に新しい道筋ができるのではと五明助教は言う。「新たに画像として見えてくることで初めて、次の診断や治療につながります。高分解能画像で明らかになる新たな知見を生かしていきたいですね」と期待する。
(2020年9月17日取材)
杏林大学医学部付属病院
東京都三鷹市新川6-20-2
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http://www.kyorin-u.ac.jp/hospital/