ペニシリンの薬品化やX線CTの機器開発には,発見や理論をacademismやbasic researchの世界からpragmatic (実利的)な製品に持ち上げる“力”が必要であった。皮肉なことに,この力はペニシリンやX線CTでは,戦時軍事予算が主であったが,その成果は,戦場ではなく世界人類の健康増進に貢献している。
画像診断装置としては,X線CTに続いてMRIやPETが登場した。再び私事で恐縮だが,小職がMGHの外科医であった1973年に,Physics Research LaboratoryでBrownellやAronowらが開発していたpositronカメラを見せてもらったことがある。positronの存在は理論物理学の世界と思っていたが,脳神経外科のSweet教授のお声がかりで20年以上前から医療への実用化が進められていたのだ。Harvardの大学病院に位置付けられているものの,一病院が物理学者や工学技師を抱えて革新的医療機器開発を進めていることに驚いたが,その開発は米国政府などが提供する潤沢な公的研究資金で支えられていた。当時の(そして今日でも)わが国の医学研究費からは想像もつかない額である。このような資金に支えられた研究がPETとして画像診断装置に結実したのである。
わが国には,物理学,理学,工学,もの造り技術など,高度の医療機器を創る環境は十分整っている。しかし,日本の“科学技術立国”を論じる際に,政府や財界,さらには国民までもが医療機器をないがしろにしているように思えてならない。閣僚が先頭に立って外国への鉄道や原発の売り込みをし,自動車や家電などは税金から出すエコポイントで支援されている。医療機器に着目して国と産業界が動けば,産業振興のみならず,鉄道や原発以上に健康社会構築を通して国民の利益に通じる。日本発の医療機器は,自動車やテレビ,パソコンなどの次の世代の日本の基幹産業となるものと信じている。 |