オバマ大統領は昨年(2009年)9月に「米国のイノベーション戦略」を発表した。クリーンエネルギー,先進自動車技術と並んで,“医療技術のイノベーション”を国家の優先分野として掲げた。医療技術のイノベーションの1つは,電子カルテや慢性疾患監視用センサーなどの高度な医療情報である。医療ミス防止やケアの質の向上により,コスト削減をめざすそうだ。もう1つは,がんの遺伝子解明やHIV/AIDSを防止する医薬品開発などである。これらイノベーションへの開発支援に約290億ドルの公的資金が投じられる。米国は市場原理に委ねることで成長してきたと思われがちだが,実はリーダーによる明確な国家戦略の打ち出しと,戦略実行に見合う公的資金の積極投入が米国発イノベーションの根幹を成すのである。翻って日本のリーダーである総理大臣は目まぐるしく交代し,さらには政権交代後も政治は安定せず,いまだに科学技術戦略の司令塔を欠いたままである。このままでは羅針盤なき航海をただ続けるのみで,日本は高齢化と言う海を漂流し続けるのみである。新総理には,小手先ではなく大きなビジョンを描き,リーダーシップを発揮してもらいたい。
では,日本における成長のキーワードは何かと言うとやはり“高齢化”である。超高齢化社会の到来は,“脅威”ではなく“機会”ととらえるべきである。新しい医療や介護システム,そこで消費されるモノやサービスに至るまで,高齢化社会は潜在的な可能性を秘めているのである。最近GEは,「シルバーからゴールドへ」と題した報告書をまとめ,日本の高齢化社会への可能性について説いている。2009年4月,いち早くGEは,高齢者の在宅監視システム等の在宅医療システム事業でインテルと提携を開始し,5年間で250億円の投資を決めているのである。翻って日本は,冒頭述べた『新成長戦略』において,「高齢化社会の先進モデルをアジアさらには世界へ発信していく」と謳ってはいるが,具体的な道筋はこれから描かねばならない。
ここ数年,医療産業には巨大企業から中小企業に至るまで異業種の新規参入が相次ぎ,さながら群雄割拠の戦国時代の様相を呈している。私の知る限りではこれはまだ氷山の一角である。新規参入組は本業で苦戦していることが参入の理由と思われがちだが,実はそれだけではない。生産性が低く,きわめて非効率な市場と言われている医療分野は,機械化,IT化や新しいサービスの提供等で効率と品質の向上を実現し,新たな市場創造と成長を遂げてきた彼らにとって,唯一残された魅力的な市場なのである。特に未知の超高齢化社会に突入した日本市場は,彼らにとっては宝の山なのである。われわれは,これら異業種の参入を脅威と見るのではなく,新技術の融合によるイノベーションを起こすチャンスととらえるべきである。あのトヨタでさえ,電気自動車の開発に乗り出すにあたり,米ベンチャーのテスラ・モーターズへの出資を決めるなど,自社技術だけにはこだわらない姿勢を示している。日本がこれからもグローバルで存在感を示すには,自社技術やサービスに固執することなく,積極的に異業種を取り入れ連携し,革新的な製品・サービスを提供し続けることが求められているのである。 |