山口県徳地地域における医療MaaSを活用したリアルタイム遠隔医療システム 
中嶋  裕(山口市徳地診療所 管理者 兼 所長)中山 法子(山口市徳地診療所,糖尿病ケアサポートオフィス 代表)

2024-8-7


はじめに

山口市徳地地域(旧徳地町)は,山間部にある人口およそ5000人,高齢化率は55%を超える。地元開業医の閉院の跡を継ぐ形で,われわれの地域医療振興協会とくぢ地域医療センターは,2021年5月から診療を行っている。徳地地域にある無医地区(山口市徳地三谷地区)に対して,2023年10月から医療MaaS(Mobility as a Service)による巡回診療を開始した。その導入の経緯や目的,システムの概要や実績と展望を述べたい。

医療MaaSの経緯と目的

医療MaaSのイメージは,アメリカオレゴン州にある。同僚が2010年OHSU(オレンゴン健康科学大学)に視察に行き,大学のある州都から直線距離で450km離れたCascade East Family Medical Centerが運営する,Cascades East Rural Family Medicine Residency Programにおいて,キャンピングカーをMobile Clinicとして改造し,衛星通信電話と電子カルテを用いてフロンティアと呼ばれる,いわゆるへき地で医療を展開し,教育を行っていると報告で聞いた。アメリカほど広大ではないものの,広い山間部にある徳地地域には機動性の高い診療をできる仕組みが必要だと思っていた。
とくぢ地域医療センターでの診療を開始した2021年当初は,このイメージに沿ってキャンピングカーの可能性を探った。ただ,コロナ禍やキャンプブームのため,キャンピングカーは納車だけでも2,3年待ちとの回答で,キャンピングカーの仕様を担ってくれる企業には当時つながることができなかった。山口市徳地地域の移動距離は長くても30km程度,道幅の狭い山道を抜けて現地に行くため,キャンピングカーのような大きな車体,また宿泊できるような重装備は必要性が低いとも感じるようになった。
その折,トヨタ車体(MEDICAL MOVER)とウィーメックス(Teladoc HEALTH)が移動診療車,医療MaaSに取り組んでいることを知り,デモ車を見学した。そのつながりから話が進み,2年くらいトライアルの実施を重ね,お互いに医療MaaSを行うコンセプトを確認しながら,機器の接続や車内のレイアウトなど,最初から形作った。
コンセプトは,「医療MaaSはすべてを満たすものではなくて適切な場合分けをし,必要なものを必要な人に届けること」「交通の不便なところに住む人のそこにいたいとの思いに,医療者のわれわれができるサポートをすること」「そのために身近な医療と看護を届けること」,こんなところを大事なコンセプトとした。

システム概要

われわれが利用する医療MaaSのオンライン診療システムについて,詳しくその仕様を述べる。車両には,「Teladoc HEALTH Viewpoint」を搭載している。同僚がオレゴン州で目にしたオンライン診療システムも,このTeladoc HEALTHだというのはトライアル中に聞いた。ホスト側はアプリが必須だが,Windows,iOSで動作可能である。私は診療室にあるWindowsの業務用ノートPC,個人用ノートPC,スマートフォン(iPhone)にアプリを導入している。Teladoc HEALTH Viewpointは,マイクロソフト「Surface」を基盤にしているので実際には持ち運びが可能で,医療MaaSにはケーブルで接続する。医療MaaS以外では,オンライン診療(D to P with N)にも活用している(図1)。
車載用スピーカーはヤマハの「YVC-331」,モニタはアイ・オー・データ機器の31.5インチ「LCD-DF321XDB-A」を使用する。映像出力できる機器であればエコーに限らず何でも表示可能(ただしケーブルや変換器の相性もあるので事前にテストは必要)だが,当院ではフィリップス・ジャパンのポータブルエコー「Lumify」を接続している。また,通信はNTTドコモのデータ通信(4G)を利用しており,巡回診療を行う三谷地域交流センター(旧三谷小学校)では,比較的電波状況は良く,最小0.7MHzで最大3.2MHzの通信帯域を使用しており,通信は比較的安定している。車載用に可動性のあるカメラが装備してあり,Teladoc HEALTHを用いて,医師側(アプリ側)から見たい箇所への角度変更またはズーム(拡大)の操作ができる。

図1 Teladoc HEALTH Viewpointを用いたD to P with Nでのオンライン診療

図1 Teladoc HEALTH Viewpointを用いたD to P with Nでのオンライン診療

 

運用の実際

オンライン診療は月1回1時間30分(受付は1時間),巡回診療そのものは月2回で,うち1回は医師が現地に赴き医療MaaS内で対面診療を行い,もう1回が診療看護師(NP)によるオンライン診療をする。2023年10月の医療MaaSでの巡回診療開始から2024年3月までに,オンライン診療を合計5回実施した。オンライン診療を実施した診察患者は合計20名,1回平均4名になる。その受診目的は定期受診,フットケア,体調不良であった。体調不良の方は,翌日診療所受診へつなげた。

患者の評価

対象地区の世帯37世帯に対してアンケートを行い,18世帯から回答を得た(回答率48.7%)。巡回診療に来たことがあるのは6世帯,オンライン診療を受けたことがあるのは3世帯だった。なお,「不安だったか?」という質問に対して,「不安はまったくない」「どちらでもない」という回答で,不安は聞かれなかった。また,現場での感想でも,「近くで診察してもらえて,薬も自宅に届けてもらえて便利」や「わざわざ診療所に行って医師の診察を受けるほどの状態なのかなと迷ったが,ちょっとした相談ができて安心できた」などの声も聞かれた。

システムの運用について現地スタッフの声

最も大変だったのは接続トラブルだった。テストではうまくつながっても,現地で接続ができないことがよく起きた。確認してもらうと運転時の車体の振動などで接続が緩んだり,接続されていなかったなど簡易な理由だった。しかし,接続箇所は見えにくいところにあり,車内は狭く,システムに慣れていないため遠隔でのサポートを受けても,確認することも一苦労だった。
良かった点は,モニタが大きく,マイクやスピーカーの性能が非常に良く,患者側からは医師の表情がよく見え,言葉がよく聞こえるため,患者の安心感につながっていると感じることである。特に身体所見を確認してほしいときに,医師側の操作で血管の怒張や皮疹など細かい部分にカメラの焦点を合わせて遠隔で視診をしてもらえることは,診療の精度の向上や現場スタッフの安心感につながる。また,オンライン服薬指導の際には実際の薬が大きく表示されるため,非常にわかりやすい。
運用で気をつけている点は,オンライン特有の少しのタイムラグによって,医師と患者が同時に話し始めたり,そのことで聞こえなかったりというような状況を避けることだ。ちょっとしたことだが,対話の内容が診断や治療方針に関するときなど,コミュニケーションの交通整理をするようにしている。医師の診察時では,治療の意図が患者に伝わっているか,その方針は患者のニーズに合っているのかなどに配慮しながらNPが診療の通訳の役割も担う。医師が遠隔で情報収集するには限界があるので,判断に必要な情報は事前にクラウド型カルテで知らせるなど診療の精度を高められるよう工夫し,オンライン服薬指導では,薬剤師に診療の結果を伝えることで,薬剤師のアセスメントや指導内容に役立つよう配慮している。
これから医療MaaSを利用する人へのアドバイスは,医療機関内での業務はシステムトラブルがあれば担当者がいるが,現地には自らが対応する基本的なITリテラシーが必要になる。トラブルに関して,メーカー側も一緒になって解決方法を考えてくれるので,自分たちだけで解決しようとせず,より使いやすいシステムになるよう現場の声をメーカーに届けることが大切だと考える。

今後の展望

利用者数はまだ少ないが,NPの診察とオンライン診療に不安を感じる患者はおらず,オンライン診療の役割は果たせていると考える。メリットは医療アクセスが脆弱な地域に定期的に巡回診療することで,交通弱者も適切な間隔で医療が受けられ,重症化予防や異常の早期発見に貢献できていることである。
2024年1月の厚生労働省通知でオンライン診療の場所も拡大され,この6月からの診療報酬の改定では,特にへき地におけるD to P with Nに加算がつくことになった。看護職が主体となって地域住民に対応することは,医師には相談しづらい健康相談の機会が持てることで安心感につながっている。高齢者には難しくなってくる足の爪切りなどの身体的ケアも提供でき,健康増進にもつながる可能性を感じる。そして,無医地区の住民が助け合いながら暮らす力を,健康面から支援できることにもつながる可能性があることにも気づいた。オンライン診療で医師のサポートが得られ,看護の主体性を発揮することができ,かつオンラインでほかの職種にもつながることができる。医療設備が最小限ですむスペースとして医療MaaSとオンライン診療を組み合わせ,患者がいろいろな場所で専門職種とつながる手段として,既存のつながりを維持する大事なツールだと考える。

 

(なかしま ゆたか)
2002年自治医科大学卒業。山口県内の山間部小規模病院や離島診療所に勤務。2012年から山口県立総合医療センターへき地医療支援部に所属し,へき地医療支援,へき地医療行政に関わる。2021年より公益社団法人地域医療振興協会とくぢ地域医療センターセンター長。2022年より山口市徳地診療所管理者兼所長として勤務。

(なかやま のりこ)
1988年山口県立衛生看護学院卒業。2011年国際医療福祉大大学院修士課程修了。2021年より山口市徳地診療所勤務(非常勤)。診療看護師(NP,プライマリ・ケア領域)を2011年に取得。糖尿病看護認定看護師。糖尿病ケアサポートオフィス代表。


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