オンライン診療の現状と課題 
黒木 春郎(こどもとおとなのクリニック パウルーム 院長)

2024-7-17


はじめに

オンライン診療は情報通信機器を用いたリアルタイムでの診療である。医療のデジタルトランスフォーメーション(DX)理念の下,国はその推進を考えてきたが,普及は十分でない。本稿ではその現状と課題を問題提起してみる。
筆者は千葉県いすみ市で,2005年にクリニックを開設した。この地域は,医師少数地域であり,筆者は小児地域医療の一つのモデルを提案したいと考えてクリニックを始めた。2016年にオンライン診療を導入したが,これは小児科としては全国で初めてであった。2023年4月に現在のクリニックを東京都港区で開業した。オンライン診療も継続している。こうした背景から,筆者の経験も併せて紹介する。

わが国の医療の課題とオンライン診療

オンライン診療は,医療DXの文脈から言えば,まったく新しい受診形態・診療概念を構築するものである。現在の地域医療の在り方を根本的に変える可能性を有する。現在の受療行動は,自宅から近い医療機関を受診することが前提となっている。しかし,人口過疎地域は医療過疎であり,医療資源は都市部への集中の一途をたどっている。筆者は医師少数地域と都市部中心で地域医療を展開してきたので,そのことは皮膚感覚で了解している。一方,日本の地域医療は諸外国に比べればそれなりに充実しており,住民の間には「このままでもいいじゃないか」という感覚がある。また,「発熱してつらくても,1時間かけて病院を受診する」ことを当然とする,強い現状維持バイアスもある。しかし,それだけでは,いずれ日本の地域医療は崩壊していくであろう。それも,脆弱な部分から。1施設あたり年間出生数が100人を切れば産科診療所の維持は困難となる。産科診療所は早晩地域から撤退する。多くの開業医は高齢化し,承継は困難をきわめる。過疎地で高齢者を診療する開業医は,果たして10年後もその機能を維持しているだろうか。

筆者におけるオンライン診療の実績

筆者が経験したオンライン診療の実績を提示する。2016〜2023年における千葉県いすみ市の診療所での成績を示す(図1)。同時に,オンライン診療の疾患内訳を示す。日常診療でよく見る疾患が当初多かったが,2020年以降新型コロナウイルス感染症(COVID-19)例が急増した。それに伴ってオンライン診療全体の患者数も増加した。オンライン診療というのは慢性疾患の外来診療の補完代替として使われるというイメージがあったが,決してそうではなく,コロナをはじめとして急性疾患の診療も可能であることが社会で認識された。2023年4月からの筆者の新しい東京都港区のクリニックでの実績を示す(図2)。これを見ると,新規の患者さんの現住所はクリニック近隣とは限らないことがわかる。患者内訳では日常診療の疾患がほぼ反映されている。神経発達症,精神疾患などは,オンライン診療のよい適応である。外出しづらい,外来診療で他人の目が気になる,平日の時間帯ではわざわざ学校を休んで来院することが困難,そうした方々にもオンライン診療は利便である。

図1 外房こどもクリニックのオンライン診療患者数と分布(2016〜2023年)

図1 外房こどもクリニックのオンライン診療患者数と分布(2016〜2023年)

 

図2 こどもとおとなのクリニック パウルームのオンライン診療患者数と分布(2023〜2024年)

図2 こどもとおとなのクリニック パウルームのオンライン診療患者数と分布(2023〜2024年)

 

オンライン診療の有効事例

オンライン診療の有効事例を見てみる。オンライン診療の優位点として,一つには家庭からのアクセスにより患者情報が豊かになることが言える。自験例で(以下,事例は若干編集してある)発熱した乳児をオンラインで診察すると,毛布にくるまれて寝ているところが見えた。発熱している子どもを毛布にくるむと,うつ熱と言って熱がこもり有害である。オンライン診療ならば画面越しに,その時その場で正しい療養方法を指示できる。また,発達障害のお子さんをオンラインで診察すると,家庭では外来とはまったく違う表情で楽しそうにしている,外来診療とは異なる姿を見ることができる。もう一つとして,オンライン診療はアクセスが容易であり,頻回のフォローが可能となることが挙げられる。コロナ患者さんのオンライン診療は,連日であっても双方にとって安全で負担なくできる。こうして,連日患者さんを診療していること,これは病院で病棟回診を行っているのと同じではないか,これが「患者さんがいる場所が医療を受ける場所になる」,“Home hospitalization”あるいは“The best remote primary care”という理念の実現である(図3にその概念図を示す)。

図3 “Home hospitalization”と“The best remote primary care”の概念図

図3 “Home hospitalization”と“The best remote primary care”の
概念図

 

オンライン診療普及に向けた課題

オンライン診療の普及に向けた課題では,報酬制度,医師の教育,患者さんの利便性向上,周知が挙げられる。対応策としては,それぞれオンライン診療の評価引き上げ,医学教育体系にオンライン診療を組み込むこと,「オンライン診療の診断学」の構築,受診環境の整備(患者さんが使いやすい機器・アプリの開発など),などが討議される。患者志向医療実現の次の展開は,ユニバーサルデザインの思想の下に遠隔医療機器の開発を行い,情報リテラシー,ITリテラシーの格差を解消することにあるだろう。ID,パスワード,ログインといった操作が不要になり,誰もがほとんど意識することなく使用できるIT機器が望まれる。さらに,基本的な課題は,Web上での意思疎通が対面とどのように異なるかという原理論にある。例えば,対面で相手と向かい合うとき,無言の相手の視線を感じることができる。それが好意であるか敵意であるかも判断できる。Web画面上では無言の視線を感じることは難しい。Webでの意思疎通は,人類がこれまで経験したことのない事項である。新しい領域の原理論が要請される。オンライン診療の診断学もこうした原理論の上に構築されるべきであろう。オンライン診療の活用には,オンライン診療だからこそ可能となる医療の構想が基礎になる。対面かオンラインかという「二項対立」の発想では限界がある。オンライン診療は対面診療の補完代替ではない。来るべき未来像を想定してそこから今なすべきことを考える,backcastingの発想方法が必要である。

オンライン診療の将来展望

ここで,不適切医療とオンライン診療の関連を考えてみる。オンライン診療が開始された当初から不適切医療のまん延が懸念されていた。オンライン診療による糖尿病薬,睡眠薬などの「不適切な処方」が問題となっている。では,それはオンライン診療のせいなのだろうか? これは,そもそも医療の内実をどのように制御できるのかという問題ではないか。対面診療でも不適切医療は行われる。そして,規制によってそれを完全に制御することは,現状では困難である。しかし,対策の一つとして消費者への啓発が挙げられる。国はすでに不適切医療に関して,消費者への啓発を行っている。適切なオンライン診療の普及には,医療側・需要側双方へのアプローチが必要である。
新しい技術は常に私たちの外側からやってくる。臨床医療にそれを生かすには,私たち自身が主体的に技術を使うことが要請される。

 

(くろき はるお)
1984年千葉大学医学部卒業,2005年,千葉県いすみ市に,外房こどもクリニックを開設し,院長。2008年から医療法人社団嗣業の会理事長。2023年,東京都港区に,こどもとおとなのクリニック パウルームを開設し,院長となる。医師,医学博士,公認心理師,臨床発達心理士,子どもの心相談医,千葉大学医学部臨床教授,医師少数区域経験認定医師。2023年に日本小児科学会小児保健賞受賞。近著に『駆け抜けた17年』(幻冬舎),『オンライン診療を始める前に読む本』(中外医学社)などがある。


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