第9回 医療革新セミナー「AIで広がる医療の可能性 生成AIの医療応用への展望と実臨床におけるAI活用の最前線」開催日時:2024年7月25日(木)配信
2024-9-24
インナービジョンでは,2024年7月25日(木)にWebセミナー「第9回医療革新セミナー」を開催した。インナービジョン7月号とのコラボ企画として医療分野においても関心の高まる生成AIにクローズアップした今回は,基調講演に加え,プラットフォーマー3社,医療情報システムベンダー2社が生成AIへの取り組みを報告した。講演の内容を抜粋して紹介する。
基調講演
医療における生成AIの現状と今後の展望
藤田広志 先生(岐阜大学工学部 特任教授/名誉教授)
AIの進化—認識AIから生成AIへ
2022年に発表されたChatGPTを皮切りに生成AIが多数登場し,“生成AI元年”と言われる2023年から第4次AIブームに突入している。画像診断分野もAIと切り離すことはできず,2012年に脚光を浴びたディープラーニングによる認識(識別)AIは,画像処理の教科書を書き換えるほどのインパクトを与えた。ディープラーニングの一つである畳み込みニューラルネットワーク(CNN)は画像診断分野に活用され,米国FDAによると2024年5月現在で882のAI医療機器が認可されており,2022年に認可された機器の87%が放射線科領域の製品であった。なお,2023年10月19日時点では生成AIを使用する機器は認可されていない。コンピュータ支援診断(CAD)は,目的と利用形態が多様化し,高度化・進化を続けている。
認識AI開発では,アノテーション/ラベル付きの質の高い大量のデータが必要なこと,ディープラーニングの中身がブラックボックスになることなどが課題だが,それを解決する方法の一つとして生成AIが期待されている。ChatGPTのような大規模言語モデル(LLM)は,ラベルなしの大量データを用いた事前学習(自己教師あり学習)により構築できることが従来と大きく異なる点で,LLMに対してファインチューニングすることで多様なタスクに適応することができる。LLMのカギとなるのがTransformerと呼ばれる言語モデルで,今やRNN(言語処理)やCNN(画像処理)に取って代わろうとしている。さらに,画像認識に適用したVisual Transformerとして発展し,応用が広がっている。また,2020年には計算資源・データ・モデルのパラメータが大規模になるほど精度が向上する「スケーリング則」が発表され,さらなる大規模化が進みつつある。
また,画像生成においては拡散モデルが一つのエポックになっている。これは生成条件に文章や画像を組み込むことで,テキストから画像を生成する画像生成AI(Stable Diffusion,DALL・E2など)を構築できる。Stable Diffusionで胸部X線画像を生成する検討も進められており,AIの学習におけるデータ不足や希少な病変のデータを補うといった活用の可能性もある。
基盤モデル
大規模化したLLMは基盤モデルと呼ばれるようになっている。テキストや画像,音声など多様なデータから事前学習することでマルチモーダル基盤モデルを構築でき,それに対してファインチューニングすることでタスクに応じたより高度なモデルを構築できる。
Googleが医療に特化した基盤モデルとして開発した汎用AI「Med-PaLM M」は,医療に関する質問への回答や医用画像分類,レポート作成・要約など,さまざまなタスクに対応できる。ほかにも,ChatGPTがCADシステムの解釈可能性を向上させるといった検討や,胸部X線画像から読影レポートの草案を生成するAIモデルの開発が報告されるなど,AI-CADに次なる進化が起きようとしている。
AI-CADの課題と今後
生成AI時代のAI-CADには,ハルシネーション(幻覚)やデータ枯渇,モデル崩壊といった問題,医療用マルチモーダルモデルや国産言語モデルの開発,生成AIの法的課題,医療における生成AIガイドライン作成など,さまざまな課題がある。ハルシネーションについては,RAG(検索拡張生成)の利用や,生成AIによりカルテのサマリを作成することで負担を抑えつつ医師がチェックするなどの対策も可能である。近い将来,マルチモーダルモデルによりジェネラリストな医療AIも登場してくることが期待される。
セッション1:プラットフォーマーが仕掛ける医療分野の生成AI
●アマゾン ウェブ サービス ジャパン
アマゾン ウェブ サービスにおける生成AIの取り組みと医療分野での展開
AWSではAI関連も含めた200を超えるクラウドサービスを提供しており,これらをブロックのように組み合わせるBuilding Blockにより簡単にアプリケーションを構築できる。AIを業務活用いただくために提供している生成AIサービス「Amazon Bedrock」は,32種類(2024年7月時点)の基盤モデルから選択可能で,生成AIアプリケーションを簡単・セキュアに構築できる。
医療分野の事例として,藤田医科大学では電子カルテの記録から退院時サマリを作成補助する検証を行い,約9割の症例で許容可能なサマリ作成と最大90%ほどの文書作成時間の削減効果が見込まれた。また,Pleap社は「Amazon SageMaker」により医療音声認識の言語モデルをカスタマイズして医師と患者の会話を高精度に認識,さらにAmazon Bedrockで会話内容を要約しSOAP形式でのカルテ入力をサポートしており,リアルタイムでの候補文章の作成やカルテ内容の充実といった効果が得られている。
あらゆるスキルレベルの開発者,あらゆる規模の組織が生成AIを活用して業務改革を起こせるようにすることがAWSの使命であり,生成AIを活用する上で,利用者の信頼を得るクラウドサービスを提供していく。
●エヌビディア
エヌビディアにおける生成AIの取り組みと医療分野での展開
エヌビディアはハードウエアとソフトウエアの両面において,大規模化する生成AIの活用を支援している。より大規模なモデルを効率良く学習できる新世代GPU「Blackwell」のリリースを予定しているほか,複数GPUの分散処理が必要なほど大規模化が進んでいることから,GPU間のインターコネクトやノード間のネットワークを超高速にしてラック単位での提供も提案している。また,学習ずみのAIモデルを簡単に実装できるNVIDIA NIM推論マイクロサービスを提供し,生成AIの社会実装をサポートしている。
医療分野でも生成AIの活用が進み,創薬や医療情報などの分野でNIMを用いたサービスが開発されており,医療従事者向けとしては意思決定支援ツールや医療機器への応用が進んでいる。医療機器においては,ソフトウエア「Holoscan」と医療機器専用ハードウエア「IGX」を組み合わせることで,手術支援ロボットや内視鏡などリアルタイム性が求められるデバイスへの生成AI適用が可能になりつつある。超低遅延・高速処理を実現しているほか,医療機器に求められる長期サポート,セキュリティ対応を充実させており,今後はこのようなリアルタイムの生成AI活用も広がるだろう。
●日本マイクロソフト
マイクロソフトにおける生成AIの取り組みと医療分野での展開
マイクロソフトは日本国内においてAI活用のために2年間で4400億円の投資を決め,AI・クラウド基盤の強化,リスキリング,研究拠点の開設,サイバーセキュリティにおける政府との連携強化を進めている。
生成AIとしてはLLMベースの「Azure OpenAI Service」や「Copilot for Microsoft 365」を提供しているが,医療分野においては,より速く,より的確な回答を出力可能なSLM(small language model)へと進むことが予想される。マイクロソフトのSLMモデル「Phi-3」は,最も大きいモデルでも140億パラメータと規模が小さく,限られた計算リソースやオフラインで使いやすい,特定のタスクに特化したファインチューニングが容易,高速レスポンス,ハルシネーションが発生しにくいなどの特徴がある。今後はLLMとSLMを組み合わせた活用が広がるだろう。
医療においては多彩な場面で生成AI活用が想定され,国内でも複数の医療機関で実証実験が進んでいる。2023年にリリースした「Microsoft Fabric」にはCopilotを搭載し,さまざまな形式のデータを対象に,院内のオンプレミスデータ,他社のクラウド上にあるデータも含めて検索可能で,ヘルスケアデータの分析・活用を支援する。
セッション2:医療情報システムベンダーの生成AI実装戦略
●NEC
NECにおける電子カルテへの生成AI実装と今後の展望
LLMの強みは大量のデータから必要な情報を抽出し,形式を整えて提供できることであり,取り扱うデータが膨大な医療現場だからこそ利用価値が高いと考える。NEC開発の生成AI「cotomi」は,特に日本語能力に優れるとともに,従来LLMの1/13のモデルサイズで,コストを抑えつつ高速なレスポンスを実現している。
NECでは,電子カルテとシームレスに連携して医療文書作成を支援する生成AI「MegaOak AIメディカルアシスト」を2024年4月に発売した。医療現場で利用するに当たっては信頼性と情報漏洩リスクへの対応が重要なことから,ファクトチェックをしやすい仕組みの採用やガイドラインへの対応,NECクラウドサービス経由による安全な通信,cotomiを中心としたAIエンジンの活用,さらに学習目的でデータを二次利用しないといった対応をとっている。
MegaOak AIメディカルアシストはクラウドサービスとして提供し,今後は他社電子カルテを利用する医療機関でも利用できるように展開していく。NECでは技術と事業ノウハウを生かし,業務負担軽減だけでなく経営支援,さらには診断支援へと生成AIの活用を発展させ,持続可能な医療サービスを提供していく。
●FIXER
生成AIサービス「GaiXer」を活用し医療事務作業の労働負荷とコストを削減
FIXERの生成AIサービス「GaiXer(ガイザー)」は,ChatGPTをはじめ主要なLLMを共通のインターフェイスで使用できるサービスで,最新のLLMを順次搭載し,業務に最適なLLMを利用することができる。
医療分野においては,共同研究を通して生成AI活用のユースケースの蓄積を進めている。文書作成については,千葉県がんセンターとともに,電子カルテの情報を基にGaiXerで診療情報提供書と退院サマリを自動生成する実証実験を進めており,実用化に向けて十分な手応えが感じられるとの評価を得ている。
また,順天堂大学医学部附属順天堂医院とは,厚生労働省が進める診療報酬改定DXに対応するための実証実験に取り組んでおり,電子カルテ記載内容をGaiXerに読み込み,直接,標準マスターの請求コードを生成する仕組みの構築をめざしている。順天堂医院では毎月の診療報酬請求に病院全体で数日間を要していたが,医師のチェック時間を含めて数分間程度に短縮できる見通しとなっている。
今後は,国の進める医療DXの方針に沿ってGaiXerを活用して医療DXに貢献するとともに,医療従事者の方々のお役に立ちたいと考えている。