日立AIの最新技術とその展望
尾藤 良孝(株式会社日立製作所ヘルスケアビジネスユニット主管技師長)
[技術講演]
2019-4-25
人工知能(AI)の活用分野の中でも,ヘルスケアは,大きな変革が期待される分野の一つである。本講演では,“DI×AI”のコンセプトのもと,日立製作所が開発に取り組むAIを応用した画像診断支援システム(すべてW.I.P.)について紹介する。
日立がめざすAIによる画像診断支援の高度化
第三次AIブームで急速な技術革新が進む中,社会イノベーション事業を推進する日立は,深層学習や機械学習を核とするAIやビッグデータ,ロボティクスの基盤技術の開発により,価値あるイノベーションを実現し,分野に応じたソリューションを提供している。
ヘルスケア領域へのAI応用において,最も実用化が近いと考えられている分野の一つが画像診断である。日立では,“DI×AI(Diagnostic Imaging with Artificial Intelligence)”をコンセプトに,放射線科の業務を支える画像診断装置と情報システムに搭載されている機能をAIの応用により強化することで,画像診断の質と効率の向上支援をめざしている。
その実現に向け,日立では,2つのアプローチで取り組んでいる(図1)。一つは,画像診断装置と画像情報システムの知能化(Plus Digital/Pure Digital),および両者を融合する統合環境の提供をめざすアプローチである。
もう一つは,技術開発に関するアプローチで,既存知識と機械学習を融合した“Hybrid Learning”である。
撮像の容易化:自動位置決め
Hybrid Learningを用いた機能としては,まず撮像時の自動位置決め機能がある。従来の2Dマルチスライス直交3断面スキャノグラムを利用し,自動的に撮像断面を計算する。患者のセッティングにかかる手順を減らし,検査担当者の経験に左右されることなく位置決め時間が短縮でき,検査の効率化につなげることが可能となる。
本機能のカギとなる技術が,ルールベースと機械学習の融合である(図2)。ルールベースでアキシャル画像とコロナル画像から正中面を抽出するステップ1と,機械学習を用いて正中面画像から組織構造を特定するステップ2をシーケンシャルに結合し,高速かつ高精度に候補位置を計算する。本機能は,頭部や脊椎の自動位置決めに応用でき,再現性向上への寄与も期待できる。
撮像の高速化と高画質化:画像再構成
“sparse sampling”と“machine learning reconstruction”により,撮影の高速化と高画質化が可能となる(図3)。観測点数を削減して計測時間を短縮するとともに,通常用いられる逐次近似技術ではなく,機械学習を用いた画像再構成を行う。劣化画像(入力)と元画像(正解)をペアで学習させて画像再構成系を構築しておき,sparse samplingで劣化した画像が入力された場合に,画質を回復させた推定画像を出力する。
カギを握る技術は,画像処理と機械学習を融合したHybrid Learningである。まず,画像処理により学習用のパッチ画像をクラスタリングし,クラスタに対し機械学習させることで,クラスタごとの高画質化を実現するネットワークを構築する。そして,入力された劣化画像に対し,ネットワークを用いて画質を向上させた画像を推定し(推定画像),出力する。このような事前の画像処理により,学習効率が高まると考えている。技術面での改良の余地は大きいが,ノイズ低減効果が得られることも確認されている。
画像定量化と読影支援
画像定量化の例としては,日立独自のQPM(Quantitative Parameter Mapping:複数定量マップの同時計測)が挙げられる。QPMではTR,TEなどを変化させて計測した複数の3D gradient echoデータセットに対し,あらかじめBlochシミュレーションで計算した信号強度関数のデータベースを用いたフィッティング計算により,T1,T2*などの物理パラメータを一度に推定する(図4)。
重要なのは,物理モデルと機械学習の融合である。Bloch方程式で表される物理モデルでデータベースを生成し,各ボクセルでフィッティングを行う。ボクセルごとに計算を行うため,計算時間が長くなる傾向があるが,組織構造を反映した機械学習を組み合わせることで,高速演算が可能になる。フィッティングと機械学習の間で,T1 map,T2* map共に,ある程度一致した結果が得られており,条件によるものの,大幅な計算時間短縮が期待できるような結果が得られている。
読影支援における開発例では,脳ドック支援や筋肉解析,肺がんCT用CAD,乳がん超音波用CAD,認知症の診断支援などに取り組んでいる(図5)。
そのうち肺がんCT用CADでは,従来のルールベース画像処理技術5)と,深層学習技術を融合し,病変の検出精度の向上をめざしている。医師の知見を基にしたルールベースの知識を深層学習に活用して,深層学習を効率化している。同時に,得られた結果はルールベースのため,ある程度理解可能で,使う人にもわかりやすい結果になると思われる。また,本技術は,ほかの開発分野にも応用可能だと考えている。
統合環境:Plus Digital+Pure Digital
最後に,画像診断装置の知能化(Plus Digital)と,情報システムの知能化(Pure Digital)の統合環境によるソリューション例について紹介する。
脳ドック支援における脳動脈瘤検出(図6)では,まず自動位置決めにより,シーケンスに応じた最適な撮像位置を計算・提示し,時間短縮と労力軽減を図る。そして,sparse samplingとデータ補完推定による高速イメージングでさらに時間を短縮し,そこにCADを組み合わせることで,自動的に脳動脈瘤の候補領域や大きさを検出して解析,提示する。
また,認知症診断支援では,鉄沈着と脳の部分萎縮の定量評価に取り組んでいる。T1強調画像とT2*位相画像を同時に取得可能な高速multi gradient echoシーケンスを用いて,時間短縮を図る。そして,QSM(Quantitative Susceptibility Mapping)により,multi gradient echoの位相画像から,鉄沈着や出血などを検出しやすい磁化率マップを推定する。さらに,読影支援として,T1強調画像(voxel based morphometry:VBM)とQSMの多変量解析を行い,認知機能についての患者の位置づけを解析するシステムの構築を図っている。
これらの技術により,ワークフロー全体の効率化と診断精度の向上をめざしている。
まとめ
AIは人と共存し,人を支援する技術である。日立は,装置と情報システムの両方を持つ強みを生かし,人とAIがうまく連携した画像診断システムの開発に取り組んでいきたいと考えている。
●参考文献
1)Yokosawa, S., et al., Proc. ISMRM 3136, 2010.
2)横沢 俊・他, 第46回日本磁気共鳴医学会大会, O2-024, 2017.
3)野口喜実・他, 第37回日本医用画像工学会大会, OP2-8, 2018.
4)Taniguchi, Y., et al., ISMRM, 3113, 2010.
5)Nakazawa, T., et al., RSNA, 9116, 2001.