QSM解析で広がる新しい診断の世界
工藤 與亮(北海道大学病院放射線診断科診療教授)
[第二部]
2019-4-25
日立製作所の最新3T MRI「TRILLIUM OVAL Cattleya」に,定量的磁化率マッピング(Quantitative Susceptibility Mapping:QSM)が実装された。本講演では,QSMの基礎と臨床応用を概説した上で,最新研究として認知症診断と腹部QSMについて紹介する。
QSMの基礎
●QSMの原理
QSMは,MRIの位相画像から局所の磁化率を算出する手法である。磁化率(χ)は物質固有の物性値のため,磁化率からボクセル内の物質情報を類推することができる。磁化率強調画像(SWI)が磁化率変化を定性的に強調した画像であるのに対し,QSMは定量解析した画像である。
MRIの静磁場で磁束密度が密になる物質(金属やイオン,酸素,フリーラジカル,デオキシヘモグロビン,ヘモジデリン)は常磁性体,疎になる物質(水,ほとんどの有機分子など)は反磁性体と呼ばれる。局所の静磁場強度の変化が位相の変化として表れるため,強度画像とあわせて解析することで,ボクセル内の物質情報を知ることができる。
●撮像法と解析法
QSMの撮像法1)は,3D-GREで強度画像と位相画像をマルチエコーで撮像する。撮像では,空間分解能・エコー数(TE)とSNR・撮像時間がトレードオフとなることに留意する。
QSMの解析法はまず,3D-GREの実画像と虚画像から強度画像と位相画像を再構成する。位相画像から位相折り返しを除去した全体磁場マップを作成し,そこから背景磁場を除去した局所磁場マップを取得する。これに対して双極子磁場を推定することで,磁化率マップ(QSM)を取得できる。
●QSM画像の特徴
QSMでは,磁化率の大きい常磁性体は白く,磁化率の小さい反磁性体は黒く描出される。常磁性体には,組織鉄のフェリチンや出血のヘモジデリン,出血・静脈のデオキシヘモグロビンなどがある。組織鉄のフェリチンは皮髄コントラストを形成する一因である。また,デオキシヘモグロビンで静脈は白く描出されるため,最大値投影すると高精細な静脈画像を得ることができる。一方,反磁性体には,石灰化や,皮髄コントラストを形成する一因となるミエリンなどがある。
QSMの臨床応用
QSMの臨床応用・研究動向としては主に,磁化率コントラストの大きい鉄沈着をターゲットとしたものが多い。ヘモジデリンでは微小脳出血評価や石灰化との鑑別,フェリチンでは脳の中に鉄が沈着する神経変性疾患〔パーキンソン病,多発性硬化症,アルツハイマー型認知症(AD)など〕を対象とした臨床応用や研究が進められている。
鉄沈着は加齢により進行し,深部灰白質に鉄が沈着して磁化率が上昇する。ただし,被殻や淡蒼球,黒質,赤核など,組織によって鉄沈着の速度やカーブが異なり2),神経変性疾患で鉄沈着をターゲットとした研究の課題となっている。
●出血と石灰化
出血と石灰化の鑑別は,臨床的に有用性が高い。髄膜腫の症例(図1)では,T2*強調画像で低信号があり石灰化と考えられるが,QSMを見ると,磁化率が低下し黒く描出される石灰化の部分(→)だけでなく,背側や反対側に磁化率が上昇して白く描出される出血(←)も伴っていることがわかる。
●神経変性疾患
神経変性疾患では,中脳の黒質に鉄が沈着するパーキンソン病患者の鑑別は,QSMの方がT2*強調画像よりも診断能が高いことが報告3)されている。また,多発性硬化症においては磁化率による脱髄プラークの時期の推定4),ALS/PLSでは運動野の皮質への鉄沈着による磁化率上昇5),ADにおける被殻や後頭葉皮質・白質の磁化率上昇6)など,QSMを活用した研究が進められている。
認知症診断
●研究概要
ADの病理学的変化として,アミロイドβ(Aβ)タンパク沈着による老人斑やタウタンパク沈着による神経原線維性変化などが知られている7)。これらのタンパクには金属結合部位があることから,AD病理による鉄沈着をQSMで解析する多施設共同臨床研究8)に取り組んでいる。
ADのMRI診断は,内側側頭葉の萎縮を視覚と画像統計解析(voxel based morphometry:VBM)で評価する方法で行われているが,われわれの研究ではVBMとQSMを組み合わせることで,より早期に精度の高い診断を行うことをめざしている。研究にあたり日立は,一度の撮像でVBMやQSM,SWI,静脈マップ,OEFなどさまざまな解析が可能なハイブリッド撮像法を開発している(図2)。
従来のQSM解析手法では,磁化率差が大きい脳表部分の解析ができなかったが,日立は脳表背景磁場を多項式近似した推定法を開発し,全脳の局所磁場を高精度に推定することで,脳表までの全脳QSM解析が可能となった。これにより,ADにおける内側側頭葉や側頭葉下面の鉄沈着を評価することができる(図3)。
●中間解析結果
多施設共同臨床研究の中間解析結果を紹介する。AD群(25名)と健常群(86名)を対象とし,AALテンプレートの120領域のうちAD群で磁化率が上昇する領域について,従来手法QSMと脳表補正QSMで評価した。その結果,AD群と健常群で有意差があったのは,従来手法QSMでは7領域,脳表補正QSMでは15領域であった9)。脳表補正QSMでは脳表まで磁化率評価が可能なため,有意差のある領域が増加したと考えられる。
また,VBMとQSMのハイブリッド解析も行った10)。横軸に海馬容積,縦軸に側頭葉皮質の磁化率をとり,健常高齢者と軽度認知障害(MCI)患者,AD患者をプロットした。その結果,健常高齢者に比べ,MCI,ADになるにつれて海馬容積の減少に加え,側頭葉皮質の磁化率が上昇する傾向が見られた。従来の海馬容積だけでの診断と比べ,ハイブリッド解析により診断能が上がると考えている。
さらに,QSM+VBMと,脳へのAβ沈着を検出するアミロイドPETの比較を多施設共同臨床研究にて行っている。MCIまたはADの患者17名を対象とした解析では,QSM+VBMとアミロイドPETの患者間相関係数が0.3を超える14領域について,磁化率を平均化し,横軸にPET(SUV比),縦軸に磁化率をプロットした。Aβの陽性・陰性のカットオフ値にSUV比0.6を用いた場合,感度75%,特異度100%,正診率87%となった(図4)。
さらにボクセルごとに相関係数を求め,正の相関がある20のクラスターを抽出した。患者ごとの平均値をとり,磁化率(縦軸)とSUV比(横軸)をプロットすると,相関係数0.96と高い相関を示した(図5)。今後,検証が必要であるが,QSMによってAβ沈着の予測が可能であると考える。
腹部QSM
腹部QSMでは,肺や腸管の空気によるB0不均一,皮下や臓器周囲の脂肪,体動などが問題となる。従来のQSM解析では,局所磁場マップから直に解析するため,水と脂肪の境界に強いアーチファクトが生じていた。日立のQSMは,局所磁場マップから水画像と脂肪画像を作成した上でQSM解析を行い,解析結果を統合する。そのため腹部でも,息止め可能な撮像時間(19秒)で,アーチファクトのない画像を取得することができる11)。
当院では現在,さまざまな症例を対象に腹部QSMの検討を行っている。肝硬変(LC)+肝細胞がん(HCC)の症例(図6)のQSMでは,背景肝の磁化率が不均一であることが明瞭にわかる。白い部分はLCに伴う鉄沈着であると考えられる。
腹部QSMとChild-Pughスコアの対比では相関は明らかになっていないが,肝内の磁化率の分散についてコントロール群とLC群を比較したところ,LC群では分散が非常に大きくなることがわかった。
また,超音波エラストフラフィとQSMを比較したところ,エラストグラフィの弾性率と肝内磁化率の分散に正の相関が認められたことから,LCの診断にQSMが応用できる可能性があると考える。
●参考文献
1)Liu, C., et al., J. Magn. Reson. Imaging, 42・1, 23〜41, 2015.
2)Gong, NJ., et al., NMR Biomed., 28・10, 1267〜1274, 2015.
3)Murakami, Y., et al., AJNR, 36・6, 1102〜1108, 2015.
4)Chen, W., et al., Radiology, 271・1, 183〜192, 2014.
5)Schweitzer, A.D., et al., AJR, 204・5, 1086〜1092, 2015.
6)Acosta-Cabronero, J., et al., PLoS One, 8・11, e81093, 2013.
7)Rolston, R.K., et al., Agro Food Ind. Hi Tech, 19, 33〜36, 2009.
8)QSMとVBMのハイブリッド撮像・解析による認知症の早期診断MRI. AMED 未来医療を実現する医療機器・システム研究開発事業 認知症の早期診断・早期治療のための医療機器開発プロジェクト.
9)Yamaguchi, A., et al., AAIC, P2-388, 2018.
10)Sato, R., et al., AAIC, P2-384, 2018.
11)Sato, R., et al., JSMRM, 2016.
工藤 與亮 Kudo Kohsuke
1995年 北海道大学医学部卒業。2004年 北海道大学医学研究科放射線医学分野助手。2006年米国ウェイン州立大学MRリサーチセンター留学。2007年 北海道大学病院放射線科助教,2008年 岩手医科大学先端医療研究センター講師,2013年 北海道大学病院放射線科准教授,放射線診断科長,2016年より現職。
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