腹部領域における3T MRI TRILLIUM OVALの臨床的有用性
中村 優子(広島大学大学院医歯薬保健学研究科先端生体機能画像開発共同研究講座准教授)
[第一部]
2019-4-25
広島大学放射線診断科と日立製作所は,共同研究講座「先端生体機能画像開発講座」を設置し,2017年6月に導入された3T MRI「TRILLIUM OVAL」を用いて体幹部領域(主に上腹部)をターゲットとした新たな撮像・解析方法の開発に取り組んでいる。
本講演では,当院における体幹部(上腹部)領域の臨床使用経験と,共同研究講座で取り組んでいる肝疾患診療における新たな技術の開発について紹介する。
体幹部(上腹部)領域における臨床使用経験
TRILLIUM OVALには,multi-channel and multi-port systemである4ch-4port RF照射システムが実装されている。これによりB1不均一の改善が図られており,上腹部領域への恩恵は非常に大きい。
●転移性肝腫瘍における有用性
図1は,30歳代の女性で,転移性肝腫瘍の疑いによりMRI検査が実施された。いずれのシーケンスにおいても良好な画像が得られており,肝腫瘍診断で重要なT2強調画像(図1 c)や拡散強調画像(DWI)(d)も含めて,微小な病変の信号がはっきりと描出されている。
また肝腫瘍診断においては,EOB造影MRIが非常に重要である。特に早期濃染を評価するための動脈相と肝細胞造影相を確実に撮像することが診断に必須となるが,当院ではこれら2相をT1-weighted spoiled gradient echo(TIGRE)シーケンスに脂肪抑制“H-Sinc”を併用して撮像している。
TIGRE におけるエコー収集は,k空間中心から辺縁に向かって充填される。各セグメントは撮像時間中,常に中心から辺縁に向かって繰り返されるため,コントラストは撮像時間の平均となるのが特徴であり,タイミングを外さずに動脈相を撮像することができる。
図1の症例のEOB造影MRI(図2)では,動脈相(b)で微小な腫瘍性病変のリング状濃染が明瞭に描出されている。肝細胞造影相(図2 c,d)も高い空間分解能かつ高いコントラストの画像が得られており,腫瘍が明瞭な低信号として描出されていることから,確信を持って転移性肝腫瘍と診断することができた。本症例は手術を施行し,転移性肝腫瘍であることが確認されている。
●Navi-TIGRE
上腹部領域の検査では,呼吸や心拍,消化管蠕動などによる動きが問題となるため,息止め撮像が基本となるが,なかには息止めが難しい患者もいる。TRILLIUM OVALには,横隔膜Navigatorを併用したNavi-TIGREが実装されており,これを用いることで息止め不良の患者に対して,画質の劣化を改善できる可能性がある。
図3は,息止めで撮像したスライス厚3mm(a)と自由呼吸下で撮像したスライス厚1.8mmのNavi-TIGRE(b)のEOB造影MRI肝細胞造影相の画像である。Navi-TIGREの画像は息止め撮像の画像よりも空間分解能の高い画像が得られていることがわかる。
●EOB造影MRIにおける有用性
肝腫瘍診断におけるEOB造影MRIでは,より確実な診断のために,すべてのシーケンスを詳細に評価する必要があり,どのシーケンスでも良好な画像を撮像できることが重要となる。
図4の症例は,動脈相(a)で淡く染まる病変が肝細胞造影相(b)では淡い低信号として描出されており,これらの画像のみでは偽病変の可能性も考えられる。しかしながら,同病変はT2強調画像(図4 c)で明瞭な高信号,DWI(d)で拡散制限が認められたことから,偽病変ではなく,EOBを取り込むタイプの原発性肝細胞がんであると考えられた。本症例は,手術にて肝細胞がんであることが確認されており,すべてのシーケンスにおいて良好な画像が撮像できるTRILLIUM OVALの有用性を実感した症例である。
●膵MRI(MRCP)
当院では,膵臓のMRI検査もすべてTRILLIUM OVALで行っている。囊胞性膵腫瘍の良悪の判断において,囊胞内に充実性部分があるか,膵管と連続しているか,また膵管がどれだけ拡張しているかを評価することが重要である。
TRILLIUM OVALによるMRCP(図5 a)では,膵頭部の多房性の囊胞性病変や分枝膵管が明瞭に描出されている。本症例では,T2強調画像の冠状断にて囊胞内部に低信号(図5 b←)を確認でき,充実性部分の存在が疑われる。悪性合併の可能性があるintraductal papillary mucinous neoplasm(IPMN)が疑われたが,患者の希望により経過観察となっている。
以上のように,TRILLIUM OVALは,上腹部領域において安定した良好な画像を撮像することができると考えている。
背景肝評価のための技術開発
現在,臨床の肝画像診断では,腫瘍の検出能や鑑別だけでなく,原発性肝細胞がんのリスクを把握するために背景肝の評価も求められている。慢性肝障害の原因としては,従来大部分を占めていた肝炎ウイルス感染患者が減少し,近年は非アルコール性脂肪性肝炎患者が増加してきている。これに伴い,背景肝の評価では,肝機能と肝臓への脂肪沈着に重点が置かれるようになっている。
脂肪沈着のMRIによる評価は,out-of-phaseとin phaseを撮像して定性的に判断する方法が一般的に行われているが,病理学的には5%以上の脂肪沈着を脂肪肝と診断するため,わずかな脂肪沈着を画像で定量的に評価することが臨床的に求められている。そこで現在,脂肪を定量評価するfat fraction map(W.I.P.)という撮像・解析方法を日立とともに開発している(図6)。fat fraction mapでは,ROIを設定した部分の脂肪含有率を%で表示することができ,わずかな脂肪沈着にも言及できる可能性があるほか,脂肪性肝疾患の治療効果の判断基準の一つにもなりうると考えている。
新たな撮像法・解析法の開発
上述のとおり,肝臓領域では動きによる画質劣化が臨床上問題となり,特に消化管蠕動など周期性のない動きによるアーチファクトは同期を用いても対応が難しい。そこでわれわれは日立と共同で,pseudo-random trajectoryの腹部撮像への応用を検討した(W.I.P.)。従来のサンプリングパターンであるcircular trajectoryは,k空間を連続的に走査することで結像性が高い画像が得られるが,アーチファクトが生じやすいという欠点があった。これに対してpseudo-random trajectoryは,golden angleでk空間をpseudo-randomに走査する方法であり,アーチファクトの分散に有用であると言われている1)。そこでわれわれは,pseudo-random trajectoryを用いて肝細胞造影相におけるモーションアーチファクト低減の有用性の検討を行った2)。具体的には,EOB造影MRIを施行した患者62名を対象に,肝細胞造影相をNavi-TIGREを用いてpseudo-random trajectoryとcircular trajectoryで撮像し,両者の画質を比較した。
結果として,モーションアーチファクトはcircular trajectory と比較しpseudo-random trajectoryで有意に低減し,全体的な画質も改善していた。一方,pseudo-random trajectoryでは,アーチファクト分散に伴って解剖学的な構造にボケが生じるためか,肝臓辺縁や肝内血管の鮮鋭度が少し劣る傾向にあったが,両者に統計学的有意差はなかった。よってpseudo-random trajectoryは,肝細胞造影相におけるモーションアーチファクトの抑制に有用であると考えている2)。
まとめ
腹部領域においてTRILLIUM OVALは,4ch-4port RF照射システムや,H-Sinc 併用TIGRE,Navi-TIGREを用いることで,良質な画像を得ることができる。今後は肝疾患評価に応用できる技術のさらなる開発が望まれるとともに,現在開発を進めているpseudo-random trajectoryは,肝細胞造影相のモーションアーチファクト抑制に有用であると考えている。
●参考文献
1)Lin, C., Bernstein, M.A.:3D magnetization prepared elliptical centric fast gradient echo imaging. Magn. Reson. Med., 59, 434〜439, 2008.
2)Nakamura, Y., et al.:Pseudo-random trajectory scanning suppresses motion artifacts on gadoxetic acid-enhanced hepatobiliary-phase Magnetic Resonance images. Magn. Reson. Med. Sci., 2019(in press).
中村優子 Nakamura Yuko
2003年 広島大学医学部卒業。2013年 広島大学大学院修了。2014〜2016年 米国国立衛生研究所留学,小林久隆氏に師事し分子イメージングを学ぶ。2017年4月 広島大学放射線診断学研究室講師,2018年4月より日立製作所との共同研究講座・先端生体機能画像開発共同研究講座准教授。
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