PICK UP 日立MRIの静音化技術最前線
技術概論:日立の静音化技術─Soft Sound
日立製作所は,2016国際医用画像総合展(ITEM2016)にてMRI静音化技術“Soft Sound”の正式リリースを発表し,1.5T MRI「ECHELON OVAL」への実装が始まった。日立の静音化技術の特長は,画質と検査時間を従来とほぼ変えることなく静音化を可能にしたことである。本コーナーでは,日立MRIの静音化技術“Soft Sound”の概要を解説するとともに,ユーザー施設の初期使用経験についても報告する。
2016-9-26
MRIの撮像時には大きな騒音が生じるため,ハードウエアで防音をしたり,シーケンス調整で騒音の発生を抑えたりしています。日立ではシーケンス調整による静音化技術として,Soft Soundを開発しました。ここでは,MRIの騒音について説明し,Soft Soundではどのようなシーケンス調整で騒音を抑えているかを説明します。
騒音が生じる仕組み
MRIで音が生じる仕組みはスピーカーと同じです。スピーカーでは音声信号に対応した電流をコイルに流すように,MRIでは撮像中に傾斜磁場を変化させるために,傾斜磁場コイルに電流を流します(図1)。この電流と静磁場の間に働く電磁力で傾斜磁場コイルが振動して音が生じます。
等価騒音レベル
音の強さを表す基本的な量は音圧(音が伝わる時,隣の空気を押す圧力)ですが,騒音の大きさとしては,音の周波数で音圧にA特性(図2)と呼ばれる重みをつけ,エネルギーが等価となるように時間方向に平均化した等価騒音レベルがよく用いられます。
これは,人が同じ音の大きさと感じる音圧は周波数によって異なるためと,時間的な変動に対して,音の大きさを代表させる必要があるためです。
騒音レベルの単位にはdBが使われます。オーディオ機器のボリュームと同じで,dBの差が同じなら音圧の比が同じになり,6,12,18dBというように6dBずつ増えると,音圧は2,4,8倍と2倍ずつ増えます。
耳で音の大きさを比べる時は音圧を引き算するわけではなく,何倍になったかを感じるのでdBという単位が感覚に合います。理想的には,音源までの距離が2倍になれば音圧が1/2になるので,騒音が6dB下がることは音源までの距離が2倍になることである,と考えるとイメージしやすいかもしれません。
MRIの騒音レベル
騒音は周囲の環境に影響されることもあるため,以下に挙げる騒音レベルは装置性能として保証されるものではありませんが,超電導MRIの騒音はおおよそ自動車のクラクション(前方7mで87dBから112dB)程度になります。非常に静かな装置である永久磁石型オープンMRIでは,おおよそ70dB台の騒音になります。
Soft Sound
Soft Soundでは,オープンMRIに近い約80dBの騒音レベル(約70m離れた位置での自動車のクラクション)をめざして開発しています。
Soft Soundでは,傾斜磁場パルスの形状を見直し,撮像パラメータも調整することで,撮像時間と画質をほとんど変えずに静音化を行いました。
傾斜磁場パルス形状の見直し
シーケンスから生じる音を見積もるには周波数応答関数が有用です。周波数応答関数とは,正弦波で変化する傾斜磁場の周波数ごとの音圧です。これをいったん取得すれば,任意の傾斜磁場パルス形状に対して周波数変換して周波数応答関数をかけることで音圧が得られます。騒音レベルにする時には,さらにA特性がかかります。
図3に,模式的なMRI装置におけるA特性の重みをかけた周波数応答関数を示します。実際の周波数応答関数は細かなピークを持ちますが,ここでは説明のため模式的な周波数応答関数を示します。
通常,MRI装置では低周波ほど騒音が生じにくくなります。そのため,傾斜磁場パルスはできるだけ低周波成分だけを持つような形状にすれば,騒音が下がることがわかります。
図4に,具体的な傾斜磁場パルス形状と周波数成分を示します。台形から三角形のように,立ち上がりを緩やかにすれば高周波成分が減ることがわかります。ただし,三角形では傾斜磁場強度のピークが大きくなっていることからも想像できるように,400Hz付近の成分は台形よりも大きくなります。全体として騒音を抑えるには,立ち上がりを緩やかにすることとピークを抑えることのバランスをとることが重要です。
Soft Soundでは各傾斜磁場パルスに対してていねいに形状を調整し,騒音を低減しています。
撮像パラメータの最適化
MRIの撮像パラメータは複雑で,パラメータを変えても撮像時間と画質がほとんど変わらないということがあります。例えばFSEでは,ETL(echo train length),IET(inter echo time),BW(band width),RAPID factor(パラレル撮像の倍速数)がそのようなパラメータです。
パラメータを変える例として,騒音低減に有効なIETの延長を考えます。IETを延長しながらコントラストをそろえるためにはETLを少なくする必要があり,そのままだと撮像時間が延長してしまいます。しかし,RAPID factorを増やせば元の撮像時間にでき,パラレル撮像によるSNRの低下はBWを低くすることで補うことができます。
このようにIETを延長しても,同じ撮像時間と画質を維持することができます。これまで,上記のようなパラメータの自由度は積極的には使われず,パラメータはアーチファクトを増やさない安全方向に設定されてきました。
しかし,図3の周波数応答関数からわかるように500Hz(時間幅2msに相当)を400Hz(時間幅2.5msに相当)に変化させるようなわずかな調整でも騒音を大きく低減できるので,Soft Soundでは撮像時間,コントラスト,SNR,分解能がほとんど変化しない範囲でバランスをとりながら撮像パラメータを変更し,騒音を低減しています。
今後の展開
騒音低減の効果は,単に快適さにとどまらず,ワークフローの改善,幼児の覚醒の軽減,息止めなどの指示の確実な伝達というように広範に及ぶと考えられます。
大きなメリットを持つ技術のため,多くの撮像に対応できるよう開発を進めていく予定です。