CURRENT TECHNOLOGY
日立の考える中低磁場オープンMRI
2016-4-25
図1 日立永久磁石型MRI装置「MRP-20」(1987年)
近年,MRI装置はオープン構造を生かした垂直磁場装置と,3T装置に代表される高磁場タイプの超電導水平磁場装置に二極化の様相を呈しています。日立の「AIRIS」シリーズに代表される永久磁石を用いた中低磁場強度のMRI装置では,その磁石の特徴を最大限に生かしてガントリ開口部を広くすることで,被検者にやさしい検査環境を実現しています。静磁場の方向が垂直であることから磁場強度に対して高い画像SNRが得られ,高い設置性,経済性などの特長も有しており,オープンMRI装置は急速に普及してきました。MRI市場は,より高機能に,より開放的に,さらに医療費抑制政策の影響もありより経済的にという要求はますます強くなっています。今回は,日立が育んできたオープンMRIについて述べてみたいと思います。
永久磁石型MRI装置開発の歴史
1987年に初めて製品化された日立の永久磁石型MRI装置「MRP-20」(図1)は,80年代に開発された最強の永久磁石であるネオジウム磁石の登場が大きく影響しています。それまでのフェライト磁石に対しておよそ10倍のパワーを有するネオジウム磁石は,MRIガントリの質量を1/10に低減して実用化を加速しました。
日立が永久磁石型MRI装置の実用化にこだわったのは,垂直磁場方式が実現できるからでした。一般的なMRI装置は筒型の超電導磁石を使用するため,磁場の方向が水平となる水平磁場方式です。図2に示すように,MRIの撮像原理から受信コイルの方向に制限が生じ,高感度な受信コイルの利用が困難となります。これに対して垂直磁場方式は,受信方向が被検者の体軸方向であるため,高感度なソレノイド型受信コイルを利用することができます。MRIの受信感度は静磁場強度に応じて増加しますが,この高感度受信コイルがあれば,静磁場強度が低い永久磁石方式でも十分な画質が得られると期待したのです。永久磁石型MRI装置の登場の結果,当時普及していた0.5Tの超電導型MRI装置は市場から姿を消していきました。
永久磁石型MRI装置の開発に当たり,まず最初に重要な決定が必要でした。それはガントリギャップサイズの決定です。このサイズが大きいほど撮像時の快適性は向上しますが,磁石の大きさと質量が増加してしまいます。これを人体の体格統計データから38cmに決定しました。このサイズは,現在の新型オープンMRI装置でも変わらず用いられています。そして,静磁場強度は画質,磁石のコスト,画像コントラストの要求性能から0.2Tに決定しました。
永久磁石ガントリ実用化の技術的な最大の障壁は,ネオジウム磁石の温度変動特性でした。数ppm以下という高精度な磁場均一性を要求するMRI装置の磁石に対して,ネオジウム磁石の温度変動係数は−1100ppm/°Cもあり,きわめて大きなものです。この温度変動を質量10トン以上もあるガントリにおいて,高精度に制御する必要がありました。当時の開発者はこのために多くの実験を行い,数々の特許も取得しています。図3に,永久磁石型MRI装置のプロトタイプと,初めて撮像された人体頭部画像を示します。
次にめざしたのはコンパクト化でした。超電導型MRI装置は漏洩磁場範囲が大きく,さらにMRIシステムの電源ユニット,コンピュータユニットなどを設置する機械室も必要で,広い設置スペースを要求します。この設置スペースは,特にMRI導入時の問題になっていました。
永久磁石によるガントリは,図4に示すように開口部の上下にネオジウム磁石を配置し,その上下をつなぐ鉄製のヨークとコラムから形成される閉磁路構造となっています。基本的に磁場強度が小さいことに加え,この閉磁路構造により永久磁石型MRIガントリの漏洩磁場範囲はおよそ2m以下と,とても小さくできます。さらに,電源システムには,当時まだ珍しかったコンパクトなスイッチング電源を採用することで電源ユニットの1ラック化を図り,機械室も不要としました。
このコンパクト化は低消費電力にも寄与し,超電導磁石で必須となる冷凍機と水冷チラーユニットがまったく不要な永久磁石方式とともに,画期的な省エネルギーMRIシステムを実現したのです。
ところが,高機能撮像シーケンスの開発において,多くの永久磁石型装置特有の問題点に遭遇しました。磁石の精度の問題,傾斜磁場パルスへの影響の問題,外来の変動磁場の影響など,これら多くの問題点を一つひとつ確実に解決し,画質の向上と高機能撮像シーケンスの搭載を実現してきました。ここで得た数多くのノウハウこそが,他の追随を許さない日立独自の永久磁石型MRI技術を確立したのです。
オープンMRIへの発展
垂直磁場方式のMRIを実現するためには,それまで筒型であった傾斜磁場コイルをフラット形状にする必要がありました。このため,コンピュータシミュレーションを駆使して複雑な配線パターンを設計し,傾斜磁場のリニアリティと磁場発生効率を両立しました。このフラットなコイル構造が,MRIガントリのオープン化を実現するキーとなったのです。図5のように,当初4本であったコラムを後方2本にすることで,横方向を広く開放したガントリが実現できました。こうして1996年に,従来になかったコンセプトのMRI装置,0.3TオープンMRI装置「AIRIS」(図6)が完成しました。
シングルピラーオープンMRI「APERTO」の登場
究極の開放性をめざして2002年に開発されたオープンMRI装置「APERTO」は,次のコンセプトを追究したものです。
〈高画質化〉
・静磁場強度の増加により高画質を得ることを目標にして,オープンMRI最大(当時)の静磁場強度0.4Tを採用
・高機能撮像アプリケーションをサポートする高出力傾斜磁場電源の装備
〈被検者にやさしいシステム〉
・ガントリをシングルピラーとすることで横方向の開放範囲を拡大し,被検者の閉鎖感をさらに緩和
・操作者,被検者の負担軽減を追究した被検者テーブルの実現
〈設置環境に柔軟に対応〉
・静磁場強度を増加しても漏洩磁場範囲を拡大しない高効率磁石構造
・従来の設置面積を拡大しない高い設置性の確保
図7に,日立のオープンMRIハイエンド装置「APERTO Lucent」の外観を示します。ガントリ開口部が広く,閉鎖感を低減し,最新のアプリケーションを搭載しています。
おわりに
こうして開発された永久磁石方式によるオープンMRIでは,広い開放性と静音設計,狭い漏洩磁場範囲,高い経済性が実現され,画像診断装置としては「初期診断」に最適な装置としてMRI装置普及の役割を担っています。
さらには,治療対応MRIとして,凍結治療の際の穿刺ガイドや正確な凍結範囲の描出においてエビデンスがあるほか,脳外科手術においては高磁場MRI装置では困難な手術室内設置による術中MR撮像システムが,手術中断時間の短縮をもたらし,十分な手術支援画像を提供することで,5年生存率の向上に大きな効果を発揮しています。優れたオープン性は,手術中により強く求められる安全性の確保という観点においても,被検者の観察を容易にすることで実現しています。特に,小児が対象の手術や覚醒下手術での術中MRIの実績が,そのことを物語っています。
今後も開発を重ね,市場投入することにより,幅広い臨床の場で中低磁場オープンMRIが活用されることを願っています。