セミナーレポート(キヤノンメディカルシステムズ)

2019年11月号

第58回日本消化器がん検診学会総会ランチョンセミナー3 ここを見ている─最新装置の線量における透視観察と読影診断─

ここを見ている高画質・低線量コンセプトoctaveの使用経験から

吉田 諭史(慶應義塾大学病院予防医療センター)

吉田 諭史(慶應義塾大学病院予防医療センター)

胃のX線診断においては、まずはX線画像の濃淡の差を見て胃の最表面の形、すなわち立体形状の推測が求められることについて述べる。次いで、「Ultimax-i」に搭載された高画質・低線量検査コンセプト“octave”の開発目的を論述した上で、octaveの物理データと使用経験を報告し、最後に良性悪性判定の基本的な所見である「正常像との形態的なかけ離れ」について概説する。

ここを見ている濃淡の差 ─ 立体形状と立体構造を推定するために

胃のX線読影診断では、その組織学的な構造を推測することが求められる。画像診断とは、ある立体構造を持つものの外観(以下、立体形状とする)からその組織の成り立ちを推測するという作業にほかならない。つまり、「胃や胃病変の立体形状は細胞と組織の集まりによって成り立っている」ということが、論理的な画像診断を志向するための大前提でもあり、所見から診断を導くための論拠にもなる。ただし、個々の立体形状から立体(組織)構造を推定するためには─臨床診断においては当たり前のことではあるが─正常胃をはじめとして、胃癌などの悪性疾患や胃潰瘍・胃びらんなどの良性疾患の組織構造を知識として蓄えておかなければならない。ものごとの外見から中味を推定しようとすれば、前もって両者の対応付けをした経験あるいは知見を備えていなければならないということである。
したがって、推測精度を向上するためには、第一にX線所見から立体形状を推測する技術を養うことと、第二に切除標本や組織割面像とX線所見とを比較し対比するといった経験の積み重ねが必要になる。X線所見と肉眼所見、肉眼所見と組織所見との比較と対比を繰り返すことによって、X線所見の組織学的な意味づけが可能になるということである。
馬場はその著書1)において、上記のような胃癌のX線読影診断の取り組み方の考察から、組織構築から見た胃癌臨床診断の肉眼的指標を「表面形態」と「深部形態」の2つに大別した。ここで、「表面形態」とは粘膜固有層と粘膜筋板の組織構築に、「深部形態」とは粘膜下組織以深の組織構築に由来して現れる形(かたち)のことである。これらは肉眼的に観察されるX線所見を構成要素として推測する立体形状のことでもあり、「表面形態」と「深部形態」とは立体形状と立体(組織)構造とを双方向に連携することばでもある。別に言い換えると、あるものの外見とその中味を往復しながら経験を積むことによって、個々の情報生産作業に当たるという、画像病理の思想を含意した用語ということになる。

読影診断という情報生産 ─ 「形態世界」から「質的世界」への飛躍

今回の主題はX線所見と画質との関係について考察することなので、「読影診断」という一連の情報生産作業を「読影」と「診断」とに区別してみることにした。つまり、X線所見から立体形状を想定するまでを「読影」とし、そこから立体(組織)構造を推測するまでを「診断」と定義してみたわけである。X線所見をもとに正常・異常、上皮性・非上皮性、腫瘍性・非腫瘍性、癌・非癌、分化型癌・未分化型癌、浸潤癌・非浸潤癌、良性・悪性などといったことを判断するためには、「形態世界」から「質的世界」への飛躍が必要になる。つまり、「読影診断」作業というものを時系列に眺めてみると、「形態世界」から「質的世界」への転換を要する情報生産作業ということである2)。さらに言えば、「形態世界」と「質的世界」における推測結果を文章やシェーマとして表現しておくことが、「読影診断」における当面の最終到達点となる。表現しておかなければ、せっかく生産した情報を他者に伝えることができないし、遡及的に「読影診断」と最終病理診断のズレを検証することができない。
わかりづらいかもしれないので、「形態世界」の作業を以下に表現してみたい。図1は前庭部後壁の大彎寄りにある異常像が現れているX線像である。正面像(図1 左)と側面像(図1 右)とを合わせてその立体形状を想定してみると、30mm大の深い陥凹(潰瘍)を取り巻く丈の高い隆起(周堤)が描出されていることがわかる(正確にはそのように想定したということであり、そう見えない観察者もいるに違いない。たぶん)。つまり、丈の高い隆起の中央に深い陥凹を伴う病変であり、周囲と比べてかなり凹凸が目立つ。図2は、体上部前壁に異常像が現れているX線像である。小さなたまり像の周りに丈の低いはじき像が見られており、これらの所見は丈の低い隆起の中の浅い陥凹を示唆している。
ここまでが、「形態世界」における立体形状を想定する段階である。この段階とは別に、立体形状からその中味や質を推測する段階が「質的世界」における判断に当たり、これが診断の論拠となる。

図1 ある異常像(2型の進行型癌)

図1 ある異常像(2型の進行型癌)

 

図2 ある異常像(0−IIc型の表在型癌)

図2 ある異常像(0−IIc型の表在型癌)

 

低線量コンセプトの目的と意義 ─ 前提の変化

「読影診断」の精度を論じる上で切り離すことができない課題が、X線写真の画質と線量との関係である。実際のところ、われわれはこれまで、画質と線量とは正比例の関係にあるという前提の下に、より良いX線像を撮るための検討を重ねてきた。つまり、高画質のX線像を得るには高線量が必要になるという、放射線学的写真学の原理に立ち続けてきたわけである。高画質・高線量主義である。ところが、近年のX線撮影機器メーカー各社は、高画質・低線量をコンセプトにした装置の開発を進めている。この主義の違いは何に由来しており、どう解釈すればよいのだろうか?
被ばくに関することは専門家に委ねることにするが、一般的にX線の照射が人体の健康に与える影響には確定的影響と確率的影響の2つがあるとされている。そう説いている教科書は多く、しきい値(100mSv)以下の低線量被ばくの影響は容認できるという立場を拠り所とする医療者は多いと思う。自身のことを告白すれば、正しく診断したり正しい検診を運営するためには、ある程度の線量照射は容認しうると考えていたというのが正直なところである。
一方、2004年にLancet誌において、日本人のがんの3.2%は診断用X線が原因であり、それによって年間7587件のがん発生が見込まれ、また、医療先進国15か国中、診断用X線の利用は日本が最も多いと指摘する論文が掲載され、全国紙でも大きく取り上げられた3)。京都大学の今中らは、診断用X線による被ばくで年間約7800人ががん死するという試算結果を報告している4)。これらの診断用X線による被ばくへの批判は、低線量の被ばくであってもがんや遺伝的影響が現れるという、しきい値なし直線仮説(LNT)に基づいている。
今回の発表にあたり、今中らが用いた式を参考にしてわが国の胃がんX線検診の受診者に与える健康被害を試算してみたところ、推定がん死者は年間約1500人(受診者数1千万人に対して)と算出された。胃がんX線検診においては、胃癌の発見率が高いことから検診の意義が失われることはないにせよ、「低線量の被ばくは健康に影響を及ぼす可能性があるものの、利益の方が上回っている」という医療の常識に依存的で、盲信的かもしれない前提が変わりつつあるように感じられた。

低線量・高画質octave ─ 物理データと使用経験

低線量・高画質の立場に立って開発されたX線撮影機器が、2017年に発表されたX線TVシステムUltimax-i(キヤノンメディカルシステムズ社製)に搭載されているoctaveシステムである。その技術的特徴は、リアルタイムのデジタル画像処理技術をはじめとした最新技術の搭載により、画質を向上させつつ大幅な被ばく低減を実現することにある。従来機種と比較してみると、透視と撮影のいずれも入射線量が約65%低減されている(図3)。従来線量のおよそ1/3程度まで下げられるということは、健康への影響のリスクを引き下げることにつながるということになる。

図3 octaveと従来技術との入射線量の比較

図3 octaveと従来技術との入射線量の比較

 

octaveの透視像の空間分解能を従来装置と比較してみるとほぼ同等であり(図4)、視野サイズ23cmと42cmにおける従来装置との比較では、octaveの方が両視野サイズで濃度分解能が向上しているという結果を得た(図5)。透視像の視覚評価でも、従来装置より約65%も線量の低いoctaveの透視像は濃淡が表現されており、コントラストも期待に応えるものであった。さらに、Noise   Power Spectrum(NPS)を比較してみると、透視像の粒状性も従来装置に比べてより一層改善していた(図6)。また、本装置にはパルス透視のフレームレートを変更することなく、透視の線量レベルをNormal:100%、Mid:50%、Low:35%の3段階に変更できる透視線量モードという機能がある。これらの透視像を比較すると、Normalモードの粒状性が最も優れており、Lowモードではざらつきが気にかかる。ただし、Lowモードであっても濃淡の差は表現されており、十分なコントラストが得られていた。以上の結果から、Normalモードを基準とした上で、検査の目的(術前検査、外来スクリーニング検査、検診)や検査状況(異常を発見する前後など)に応じてMidあるいはLowモードを用いることで、パルス透視のフレームレートを下げることなく線量低減を図ることができるように考えている。次に、撮影像の画質評価であるが、空間分解能、濃度分解能ともに、従来装置に比べてoctaveが優れていた(図7、8)。視覚評価でも、従来装置から約65%の線量低減をしたoctaveの画質は、臨床的に満足できるものであった。
メーカーが、がんや遺伝的影響のリスクを引き下げる努力をしていることがよくわかる結果である。今後、octave搭載Ultimax-iのような低線量・高画質装置が世界的スタンダードになることはまず間違いなかろう。

図4 透視像におけるoctaveと従来技術との空間分解能の比較

図4 透視像におけるoctaveと従来技術との空間分解能の比較

 

図5 透視像におけるoctaveと従来技術との濃度分解能の比較

図5 透視像におけるoctaveと従来技術との濃度分解能の比較

 

図6 透視像におけるoctaveと従来技術とのNPSの比較

図6 透視像におけるoctaveと従来技術とのNPSの比較

 

図7 撮影像におけるoctaveと従来技術との空間分解能の比較

図7 撮影像におけるoctaveと従来技術との空間分解能の比較

 

図8 撮影像におけるoctaveと従来技術との濃度分解能の比較

図8 撮影像におけるoctaveと従来技術との濃度分解能の比較

 

ところで、実際の検査線量は機器の要件だけではなく、撮影手技の組み立て方によっても明らかに変化する。透視線量と撮影線量のグラフを図9に示す。本検査は、NPO法人日本消化器がん検診精度管理評価機構が定める基準撮影法2に準じて行った外来スクリーニング近接検査である。撮影手順にしたがって、最初に食道部の二重造影、次に胃部の二重造影、最後に胃部圧迫法を行ったものである。灰色の棒グラフが透視線量を示し、黒色の棒グラフが撮影線量を示しており、一見して撮影線量よりも透視線量の方が多い。このことから、上部消化管二重造影においては透視像の画質が重要であることはもちろんのことではあるが、被ばく低減を実現するためには、透視像観察手順の標準化が課題であることがわかる。

図9 外来スクリーニング検査における透視線量と撮影線量の推移(2019年3月4日)

図9 外来スクリーニング検査における透視線量と撮影線量の推移(2019年3月4日)

 

octaveによる胃癌の症例画像を提示する。図10は、体中部後壁に不規則な輪郭を示すはじき像が認められる例である。近接して表面模様を見てみると、隆起部と周囲粘膜の模様はよく似ている。最終病理診断は、0-IIa+IIc型、粘膜下層に浸潤する25×10mmの分化型癌であった。図11は、腹臥位二重造影第1斜位像で、噴門部に近い体上部前壁に粘膜集中が観察された例である。周囲正常粘膜と比べて病変部粘膜には濃淡の差が認められ、その輪郭には微細な線状陰影が描出されていた。0-Ⅱc型、粘膜下組織の浅層に浸潤する45×21mmの分化型癌であった。図12は、胃角部前壁小彎のはっきりとした凹凸が目立つ病変である。漿膜外に浸潤する未分化型の3型進行癌であった。

図10 0-IIa+IIc型、25×10mm、tub2、SM2

図10 0-IIa+IIc型、25×10mm、tub2、SM2

 

図11 0-IIa+IIc型、45×21mm、tub1>tub2、SM2、Ul(+)

図11 0-IIa+IIc型、45×21mm、tub1>tub2、SM2、Ul(+)

 

図12 3型、56×50mm、por2=sig>tub2、SE

図12 3型、56×50mm、por2=sig>tub2、SE

 

正常像との形態的なかけ離れ ─ 肉眼的異型度理論

演者は、「表面形態」と「深部形態」という組織構築から見た胃癌臨床診断の肉眼的指標1)を実際の臨床の場で活用したいと考えている。そこで、熊倉の撮影技術としての二重造影法と杉野の機器や造影剤に関する空間・濃度分解能の研究結果5)にも着想を得て、立体形状を評価・判定するという作業仮説を構想してみた。その骨子は模様像と凹凸像の2つの水準をもって、その立体形状の規則性の差の大小を評価するというものである(図13)。将来的には、これを胃がんX線検診の読影基準や診断基準を構築するための枠組みとして活用するとともに、このことを「読影」と「診断」結果を導くための論拠のひとつになるよう育ててみたいと考えている。そうすることで、二重造影の「第I法」と「第II法」といった撮影技術や、空間分解能と濃度分解能などの画質評価とも関連する評価判定法(図14、15、表1)になりうるし、機器・造影剤メーカーと臨床病理学的な読影診断学との架け橋にもなるからである。

図13 正常像との形態的なかけ離れ

図13 正常像との形態的なかけ離れ

 

図14 空間分解能と関連する模様水準のかけ離れ

図14 空間分解能と関連する模様水準のかけ離れ

 

図15 濃度分解能と関連する凹凸水準のかけ離れ

図15 濃度分解能と関連する凹凸水準のかけ離れ

 

表1 臨床と病理との架け橋、そして、産と学との架け橋をめざして

表1 臨床と病理との架け橋、そして、産と学との架け橋をめざして

 

まとめ

X線撮影機器の低線量コンセプトとは、低線量のX線照射であってもヒト集団の健康に影響を及ぼすという前提の上に成り立っている。そうした背景をもとに開発されたoctaveとは、線量低減による画質低下を高度なデジタル画像処理技術で補完することによって、高線量と同等あるいは同等以上の画像が得ることができる最新装置である。
一方、これらの装置を日常的に活用するわれわれの喫緊の課題は、今後の胃X線検査・診断のありかたを念頭におきながら、撮影面では透視観察手順を示し、読影面では読影基準を構築することである。

●参考文献
1)馬場保昌・他:発見例100例にみる胃癌X線診断の究極. 東京, ベクトル・コア, 7, 2016.
2)吉田諭史・他:胃X線造影 胃がんX線検診における基準撮影法と読影の基準. 胃と腸, 54(9) , 2019
3)Gonzalez A B, Darby S : Risk of cancer from diagnostic X-rays : Estimates for the UK and 14 other countries. Lancet, 363 : 345-351, 2004.
4)今中哲二 : 低線量放射線被曝とその発ガンリスク. 科学, 75(9) : 1016-1019, 2005.
5)熊倉賢二, 杉野吉則, 馬場保昌 : 胃X線診断学-検査編-. 東京, 金原出版, 1992

 

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