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日本で大腸CT検査の多施設共同臨床試験(JANCT)を開始 大腸がんスクリーニングへの大腸3D-CT検査導入をめざして 永田 浩一 氏 マサチューセッツ総合病院/ハーバードメディカルスクール放射線科3次元画像研究所

近年,日本の大腸がん患者は急増しています。人口比における死亡数はいまや,大腸がん先進国のアメリカを抜き,4万人を超えました。大腸がんは早期に発見すれば治癒する確率が非常に高いと言われていますが,注腸X線検査や内視鏡検査に抵抗感を持つ人が多いことや,内視鏡医のマンパワーが不足していることなどから,現実にはなかなか早期発見が難しいことが課題です。
どうすれば大腸がんの早期発見を進めることができるのか? そこで注目されるのが,急速に進歩した多列CTを用いる大腸3D-CT検査(仮想内視鏡検査,CT Colonography : CTC)によるスクリーニングです。まずは侵襲の少ないCTCで診断し,精査(場合によっては治療に移行)を内視鏡で行うことができれば,より多くの患者さんを救える可能性がありますが,日本でのスクリーニングへの導入は進んでいないのが現状です。
2009年8月,CTCのエビデンスを確立し,スクリーニングも含めた臨床応用の実現をめざして,12施設が参加する日本初の多施設共同臨床試験(JANCT)が開始されます。事務局を務めるのはアメリカ・マサチューセッツ総合病院/ハーバードメディカルスクールの吉田広行氏と永田浩一氏,および昭和大学横浜市北部病院消化器センターの遠藤俊吾氏です。開始前の最終準備に奔走する永田浩一氏に,JANCTについてインタビューしました。

第2回大腸3次元CT研究会が7月11日(土),12日(日),丸の内トラストタワーN館13階(株式会社AZE社)にて開催され,同研究会がスタートさせる予定の多施設共同臨床試験(JANCT)の概要説明および参加施設のハンズオントレーニングが行われました。どのような経緯で,日本で臨床試験を立ち上げることになったのでしょうか。

臨床試験の正式名称は,「大腸3D‐CT検査(CT colonography)と大腸内視鏡検査による大腸腫瘍検出能の精度比較に関する検討─コンピュータ支援診断を活用した多施設共同臨床試験:Japanese National CT Colonography Trial (JANCT)」と言います。参加12施設で約1500例を対象に,読影トレーニングを受けた放射線科医と消化器科医による診断能の評価,コンピュータ支援診断(CAD)の有無による診断精度の違いを評価するものです。
この度,大腸がんの検査および治療に精力的に取り組まれる全国の先進的な12施設(図1)から,今回の臨床試験の成功に向け,さらには大腸がんの死亡率を下げることを目標にご賛同をいただくことができました。幸いにも,参加施設のスタッフ(医師,診療放射線技師,および治験担当者)の皆様には臨床試験のプロトコールの作成から大腸3D-CT検査の臨床の場での実施方法および研究会の立ち上げに至るまで,大変好意的かつ全面的なご支援・ご指導をいただきました。このような先進的かつ理念の高い施設からの協力がなければ,到底,臨床試験の成功はおぼつきませんし,また,臨床試験を開始することも難しかったと実感しています。参加施設は,まさに本臨床試験の主役と言えます。今後,臨床試験の本格始動に向けて全参加施設のさらなるご協力・ご指導をいただき,日本に新たな大腸がんの検査方法を導入すべく皆で力を合わせていくことを目標としております。

図1
図1 参加施設

私はもともと外科医ですが,最初に入局した東京女子医大で内視鏡をやるようになり,その後,消化管内視鏡の権威・昭和大学横浜市北部病院の工藤進英教授のところでマルチスライスCTによる大腸検査に出会いました。2006年4〜12月にかけて,東京西徳州会病院で64列CTによる大腸CT検診101例を対象にしたスタディを行っています。そして,2007年に著名な吉田広行先生のおられるマサチューセッツ総合病院の門戸をたたきましたが,アメリカではCTCの検査方法,読影方法,教育などが予想以上に整備されているのを見て愕然としたわけです。
アメリカでは50歳以上の大腸がん検診対象者約8千万人に対し,内視鏡の検査は年間約400万人しか対応できないという背景があり,CTCという新たなスクリーニング法が導入されたわけです。一方日本は,各施設の先生方が現場の努力で実施している状況なので,もう少し効率良く患者さんにフィードバックする形ができないかと考え,2008年の秋くらいから,吉田先生と一緒に臨床試験を検討し始めたわけです。今回2回目となる大腸3次元CT研究会は,臨床試験の運営・実施のために設立したものです(図2)

図2
図2 大腸3次元CT研究会
吉田広行氏
吉田広行 氏

遠藤俊吾 氏 平山眞章 氏
遠藤俊吾 氏
平山眞章 氏
第2回大腸3次元CT研究会 会場風景 ハンズオントレーニング風景
 
第2回大腸3次元CT研究会 会場風景
ハンズオントレーニング風景

インナビネットのモダリティ・ナビを見ても明らかなように,日本のマルチスライスCTの普及台数(2列以上6419台:内16列以上2538台・2008年12月現在)は世界に冠たるものがあり,CTCを行う環境は整っていると思います。日本ではCTCは術前検査として,いくつかの施設がそれぞれ撮影法や読影法を工夫して実施している状況です。一方,欧米では,2000年頃から複数の臨床試験が実施された結果,CTCのエビデンスが確立されてガイドラインが作成され,読影法やトレーニング法の標準化がなされています(図3)。日本にも欧米のスタンダードを知る機会をつくりたいというのが目的の1つです。

図3
図3 欧米の多施設共同臨床試験(2006〜2008年)

また,日本では内視鏡検査が非常に発達しているので,内視鏡医にCTCを理解してもらうことも目的としています。最先端の内視鏡技術をもってしても,なぜ大腸がん死が減らないのか? 内視鏡検査に抵抗があることや,内視鏡医の数が十分ではないことが理由として挙げられますが,それを補うためにはCTCが必要だと思います。日本の内視鏡に匹敵する成績を証明するために,この臨床試験(JANCT)を立ち上げたわけです。

National CT Colonography Trial (ACRIN 6664)

●海外から日本の臨床試験を立ち上げるというのは珍しいことだと思います。

日本の大腸がん罹患数は急増していて,死亡数は約4万2998人にのぼります(2008年人口動態統計月報年計)。食事や生活の欧米化によって急増しているという決まり文句がありますが,その欧米,特に大腸がん先進国のアメリカの大腸がん死亡者数は5万2180人(2007年ACS統計)です。日本の人口が1億2733万人,アメリカが2億9302万人ですから,人口比からすれば,アメリカの2倍くらい多いということになります。日本は大腸がん罹患数が多く,死亡数の割合ではアメリカをすでに追い抜いているという現実があるのです。これを何とかしなければならないと痛感し,アメリカにいながらでもできることはないかと考えて臨床試験を計画しました。北は北海道から南は九州まで,全国の先生方に声をかけて発足した次第です。

●当初,先生方の反応はいかがでしたか?

参加された12施設の先生方はすぐに賛同してくださって,ぜひやりましょうと言っていただきました。今回,臨床試験のための寄付金を味の素(株)が出してくださって,(株)AZE,堀井薬品工業(株),(株)キャンサースキャンにも協賛していただきました。今回の研究会も,先生方は手弁当で休日返上で参加されていますし,非常に熱心でやる気があります。参加施設の先生方には,大腸がんが急増し,死亡数も減らないという状況をなんとか変えていきたいという,共通の思いがあるのだと思います。

●臨床試験を成功させるには厳密なプロトコールや読影能力の担保など,さまざまな要件が必須です。

臨床試験のプロトコールには厳しい規制がありますので,一番厳しいと言われる日本癌治療学会の臨床試験ガイドラインや厚生労働省の利益相反の規制を参考に,参加施設や顧問の先生方のアドバイスも受けながら72頁にわたる書類を事務局で独自に作成しました。
検査方法は,PEG‐C法による共通の腸管前処置を行い,CT撮影に続けて内視鏡検査を同日に実施し,1次読影(WSによる2D / 3D表示)と2次読影(CADをセカンド・オピニオンに用いる)を行うという手順です(図4,5)。

図4
図4 JANCTの手順の概要

図5
図5 検査方法の概要

アメリカの臨床試験(ACRIN)との違いは,医師が大腸内視鏡検査の保険適応があると判断した患者を対象にすることや,前処置にPEG‐C法を採用することです。PEG‐C法とは,腸管洗浄液(味の素ファルマ社製ニフレック)と水溶性造影剤(ガストログラフイン)を使用する方法で,ニフレックの安全で優れた洗浄効果により安定したタギング効果が得られるものです。大腸の拡張には炭酸ガス(CO2)注入器(堀井薬品工業社提供)を用います。
読影法については,今回は検診を目的にしたものですから,日本の術前検査とはまったく違います。そこで,参加施設の先生方には今回の研究会で,2日間の講義とハンズオントレーニングを行っていただきました。読影能力を担保して均一化させることが,臨床試験を成功させるためには必須です。
読影にはAZE社製ワークステーション(臨床試験仕様)を参加施設に貸与して使います。日本のワークステーションは画像が本当にきれいで,海外のドクターの評価は高いです。

●スクリーニングでは被ばくの問題を避けて通れませんが,JANCTのプロトコールではどのように規定していますか。

検診目的でのCTCで高い線量は許されませんが,日本の標準的な施設の線量が非常に高かったので,これを機に欧米レベルにまで下げる必要があります。懸念される描出能については,線量を下げるとCT値にあまり差がない腸管外病変は影響を受けるかもしれません。しかし,腸管部分の空気はCT値が非常に低い部分,あるいはタギングされたCT値が高い部分と,CT値に極端に差があるため,大腸についてはあまり影響はないと考えられます。
今回のプロトコールでは,欧米標準の100mAs/120kVpをさらに下回る設定を採用する予定です。

●JANCTは消化器科医と放射線科医が一緒に読影に参加しています。これは日本ならではということですが,そのねらいはなんですか。

アメリカでは専門領域がきっちり分かれているので,消化器科がCTCをオーダしても,放射線科が検査するのはかなり先になりますし,CTの読影を消化器科医が行うことはありえません。欧米の臨床試験はすべて,放射線科医だけが読影したものです。その点,日本では,消化器科医と放射線科医の連携が可能なので,CTCと内視鏡の同日検査を実現できますし,両者が読影も行えます。CTCには消化器科医と放射線科医の両方がかかわっているので,どちらか片方だけでは普及しないと考えました。両者がタッグを組んで,一丸となって協力すれば,大腸がんを減らす方向に進むのではないかと考えています。
また日本の場合,欧米に比べて放射線科医の数が少ないので,各施設の状況に応じて,放射線科医か消化器科医のどちらかが読影するなど,日本独自のパターンがあってもよいのではないかと思います。今回のJANCTで,消化器科医がCTCの読影をできることが証明されれば,アメリカの消化器科医にもエールをおくれると思います。そういった意味で,後発の臨床試験ですが,国際的にも非常にインパクトのあるものになるのではないかと自負しています。

●初めてCADが導入されているのも特徴です。

CTCの臨床試験にCADを組み込むのは初めてですし,CADの初の前向き試験になると期待されています。ただ,ほぼ同時に開始されているイタリアのIMPACT2という臨床試験もCADを取り入れていますので,どちらが早く結果を出せるかが注目されます。
CADは,大腸ポリープの疑いがある部分を自動的に検出し,マーキングして提示します。CADを使うことによって,見落としが減り,読影医のレベルによる検出率の差を少なくなり,かつ読影時間の短縮にもつながることが期待されています。
今回のCADは,吉田先生が開発されたCTC研究・教育用のソフトを臨床試験仕様のWS(AZE社製)に組み込んで使っています。CADはすでに世界で数社が製品化を始めていますが,今回使用しているCADは,研究・教育用に長期に渡って開発されたものであるため,バランスがとれていて使いやすいと,先生方は評価しています。今後,各種CADソフトの比較研究も出てくると思います。

●2011年に結果公表の予定ですが,今後のスケジュールと公表後の流れについてご説明ください。

対象例の画像データを随時ボストン事務局に送ってもらい,事務局を中心に,いろいろな先生方に協力していただきながらデータ解析を行っていくことになると思います。2010年9月に患者エンロールが終了し,10〜12月の3か月間で最終的なデータ解析を行って,2011年1月に学術専門誌に最終結果を発表するというスケジュールです。その間,臨床試験の経過報告や検討などを目的に,班会議など定期的に行っていきたいと思っています。
公表後は,解析データだけでなく匿名化した画像も,教育や検証のために一般公開していきたいと思っています。臨床試験の結果を出すだけではなく,臨床試験で培ったトレーニングなどの経験やノウハウを,ぜひ次の世代に橋渡ししていき,日本のより多くの先生方にCTCを使っていただきたいと考えています。
また,臨床試験の結果は,関連各方面で多角的に検討していただき,大腸がんスクリーングのガイドライン作成や保険収載の参考にしていただきたいと考えております。そのためにも幅広い分野の先生方にご理解をお願いし,顧問になっていただきました(図6)。みなさんとても好意的で,たくさんの期待と励ましのお言葉をいただきました。先生方のお力を借りて,ガイドライン作成や保険収載など,CTCによる検診の普及と大腸がん死撲滅に向けて鋭意努力したいと思っております。

図6
図6 JANCT顧問

(2009年7月13日(月)取材:文責inNavi.NET)

 
◎大腸3次元CT研究会 Japanese CTC Society      
URL http://janct.org/ E-mail ctc_trial@live.jp
・ 事務局本部: マサチューセッツ総合病院 ハーバード大学医学部
 放射線科 3次元画像研究所
Massachusetts General Hospital and Harvard Medical School
25 New Chardon St. Suite 400C, Boston, MA 02114, USA
TEL +1 617-643-4321 FAX +1 617-643-2743
・ 日本事務局: 昭和大学横浜市北部病院 消化器センター内
〒224-8503 横浜市都筑区茅ヶ崎中央35-1
 
◎略歴
永田 浩一
群馬大学医学部卒。1996年,東京女子医科大学附属第二病院外科に入局。昭和大学横浜市北部病院消化器センター,榊原サピアタワークリニック 副院長を経て,2007年よりマサチューセッツ総合病院,ハーバード大学医学部放射線科 リサーチアソシエイト。2009年,国立がんセンターがん予防・検診研究センター検診研究部外来研究員併任。 (外科専門医,消化器内視鏡専門医・指導医,消化器病専門医。米国消化器内視鏡学会(ASGE),米国消化器病学会(ACG),欧州内視鏡外科学会(EAES)会員)
 
吉田 広行
ハーバード大学医学部 放射線科 准教授
マサチューセッツ総合病院3次元画像研究所・研究ディレクター
東京大学大学院理学系研究科博士課程終了(理学博士)。1997年,シカゴ大学医学部放射線科 助教。2004年,同准教授。2005年よりハーバード大学医学部 放射線科 准教授,およびマサチューセッツ総合病院3次元画像研究所・研究ディレクターを併任。
   
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