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─民主党政権として最初の診療報酬改定で,10年ぶりのプラス改定となりましたが,どのように評価していますか。
野口:改定の内容を見ると,「質の評価」,「チーム医療の評価」という考え方が随所に表れております。そして,薬事法,医療法などの法令と整合が図られて,前回改定よりも具現化されている点がまず評価できます。特に「医療安全」に関して,医療法の遵守事項に対する評価がされており,これは国民から見ても良いことだと思います。また,画像診断や放射線治療関連の改定内容も,おおむね評価できると思います。
今回の改定では,社団法人日本放射線技師会(JART)の北村善明会長が,医療専門職の立場から中医協の専門委員となったことはこれまでにないことであり,私たちも期待をしていました。というのも,装置を正しく使い,臨床に供する画像を作成することを考えると,診療放射線技師の役割は非常に重要だからです。しかし,診療報酬の構成を撮影,診断,管理の3つに分類した場合,これまで撮影にはあまり光が当てられてきませんでした。特に,IT化,デジタル化が進む中にあって,デジタル撮影の手技が評価されることは大きな意義があります。JIRAとしては,喫緊の重要課題として,これについての提言を行ってきたこともあり,今回の改定ではJARTとの間で意見交換を行い,良い連携ができたと考えています。また,診療報酬改定要望に際しては根拠となるデータが求められます。特に「撮影」の技術料の正当な評価を目指して日本放射線技師会─診療報酬対策委員会での市場実態の調査への協力や,マンモグラフィ検査の適正評価のために,特定非営利活動法人マンモグラフィ検診精度管理中央委員会(精中委)および日本乳癌画像研究会と共同で実態調査等実施し,その結果を行政および関係機関へ報告するなど積極的に取り組んできました。
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─JIRAとしては,今回の診療報酬改定にあたって,どのようなことを要望してきたのでしょうか。
野口:JIRAとしては,産業界の意見を取りまとめて,診療報酬改定に合わせて継続的に提言を行っています。2010年度の改定に向けては,2008年度,2009年度に何度か提言書を提出しています。提言内容は,重要性を考慮してランクづけをしており,これにもとづいて行政との間でヒアリングも行われています。
─今回新設された「デジタルエックス線撮影料」についても,行政に対し何らかの働きかけを行ってきたのでしょうか。
野口:2007年10月31日に中医協で出された「画像診断の評価について」という資料があるのですが,これが「デジタルエックス線撮影料」(当時仮称)という新たな概念・枠組みを要望する出発点になっていて,「デジタル映像化処理加算」の今後のあり方について,何度も行政と議論をしました。その上で,2007年11月に産業界の要望として,初めて「デジタルエックス線撮影料」という枠組み構成変更の必要性を書面で行政へ提出しました。
この経緯として,「すでに医療施設の7割がデジタルに移行しており当該加算の役割は終わった」という見解が出てきたことがありました。しかし,実際は診療所や中小規模病院では,そこまでデジタル化は進んでおらず,「デジタル映像化処理加算」の役割が終わったというのは時期尚早だと言えます。画像診断,特に初期診断に供される画像診断は裾野の広い施設で使用されているものです。一部の施設の実態で判断することには納得が得られません。そこで2008年度の改定では,暫定措置として「デジタル映像化処理加算」が15点となり残されました。一方で,フィルムレス・イコール・IT化のような考え方で,画像診断を担ってきた分野やフィルム診断を否定するような風潮が作られたことです。これには大きな違和感がありました。デジタル化への移行は時代の自然な流れです。また,どのような装置,環境で画像診断をするかは,医療機関に選択の自由があります。こうした点から,「デジタル映像化処理加算」に代わる新しい枠組みが必要だとして,「デジタルエックス線撮影料」の新設を行政に対して主張してきました。結果として新設項目となり「基礎点数」として評価された意義は大きいと考えます(表1,2)
表1 2008年度改定後の画像診断領域の基本的構成
表2 2010年度改定後の画像診断領域の基本的構成
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─安全管理に関しても,診療報酬での評価を求めてきたようですが,それはどのようなことでしょうか。
野口:安全管理については,医療機関全体に関するものと,医療機器,放射線治療の安全管理への評価がありますが,今改定で,感染防止対策と医薬品の安全性情報等の管理など,医療法で医療機関に対して求めている4つの要求事項について,加算がついたことは高く評価できます。しかし,画像診断に関して言えば,まだ課題を残しています。JIRAでは市場調査を実施していますが,CT,MRIなど多くの画像診断機器で買い替え年数が長くなっています(図1)。こうした中,装置の保守点検については,必ずしも満足のいく状況ではないというのが実態だと思います(図2)。
やはり,装置の保守には,安全管理という視点上,当然コストがかかるので,医療法が求めていることと整合性のとれた診療報酬体系あるいは別の手立てが必要です。画像診断機器の安全は,使用される方々や多くの診療放射線技師の管理によって確保されているわけですから,医療機器安全管理料1の適用拡大等をこれまでも主張してきました。厚生労働省では,2007年3月30日に「医療機器に係る安全管理のための体制管理に係る運用上の留意点について」(医政指発第0330001号,医政研発0330018号)の中で,保守点検が必要な医療機器として7品目(2008年3月に一部追加され計8品目)を挙げています。この通知の内容が算定要件に影響しているのですが,ほとんどの画像診断機器は,特に保守点検が重要視されている特定保守管理医療機器に該当します。8品目以外の医療機器の精選を行い適用拡大や新たな適用項目の新設を要望提案しています。これは今後の大きな課題です。医療機関に保守管理を徹底してもらうためには,環境整備が必要であるという観点からも,適用の拡大は必要だと思います。同時に保守点検を行う職種に診療放射線技師を含め明記することも重要なことだと考えており,これについても行政に要望しています。
保守点検は,患者さんの安全確保のためにも不可欠ですから,もっと深い議論をしていく必要があると思います。JIRAとしては,次回2012年度の改定でも重点項目として取り組んでいく予定です。
図1 主な画像診断機器の平均買い替え年数
出典:JIRA「画像医療システム等の導入状況と安全確保状況に関する調査報告書」,「画像診断機器関連産業2010」
図2 主な画像診断機器の平均保守点検実施率
出典:JIRA「画像医療システム等の導入状況と安全確保状況に関する調査報告書」,「画像診断機器関連産業2010」
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─今回の改定でコンピューター断層撮影料で,CT,MRIのクラス分けが進んでいますが,どのようにお考えですか。
野口:単純に装置の性能のみで点数が分けられるということについては,違和感を持っているのが正直なところです。今回新設された外傷全身CTのように,目的が明確に示され,施設要件が示され,そこに装置の性能要件が含まれているのが本来のあり方だと思いますが,単純に性能という切り口で階層化されてしまうのは疑問が残ります。
1997年の中医協の資料では,CT,MRIの積算の根拠が示されていて,これは装置の購入費や診療放射線技師の人件費,1日の検査人数などから,1回あたりの点数の根拠とされていました。当時は頭部,躯幹,四肢と部位別の点数となっていましたが,それが2006年度の改定で,装置の性能別へと変わりました。良い装置には高い評価をするということは,産業界にとって良いことでもあります。しかし,患者さんの視点で考えると,高性能な装置を使用しているというだけで,臨床上の結果が考慮されないということでは,説明がつきません。少なくとも検査の目的があって,それに対して求められる性能があって初めて階層化されるべきだと考えています。診療報酬は医療機関や産業界だけに関係があるわけではないので,患者さんの視点が重要です。ですから患者さんに向けてきちんとした説明ができるようなものであってほしいです。
─装置だけでなく,トータルでの評価が重要だということですか。
野口:そのとおりです。ですから装置が階層化されたことだけで一喜一憂するのは恐いことです。一方で,今回新設された外傷全身CTや前回の冠動脈CT,心臓MRIなど,施設要件の中で求められる要件の1つに装置の性能等を示すなどする。このような方が合理性があると思います。もう少し細かい配慮や表現などの工夫が必要と考えます。
─今後も装置の性能による階層化が進む流れになるとお考えですか。
野口:一度このような枠組みを設けた以上,それを踏襲していくことになると思いますが,前述のとおり疾患などの目的別に評価することも重要です。また,撮影の技術評価がされていないことも問題です。現状はCT,MRIの撮影評価は「モノ代」のイメージが強いのですが,「診療報酬」である以上,撮影手技が正しく評価されることが重要ですので,私たちとしても算定の根拠を明確に示せるよう取り組んでいく必要があると考えています。
また,積算の根拠が1997年の中医協で示されて以降,新たに出てきていません。私たちとしては,なぜこの点数になったのかということを知りたいです。現状では,改定のたびに点数の予測ができずにいますが,根拠がわかれば予見が可能となり,製品開発や技術革新に向けてのインセンティブが働きます。産業界にとっては,非常に重要なことですので,以前から行政には要望しています。
─そのほか,コンピューター断層撮影料では,CT,MRIの同じ月内の2回目の撮影料が80%に引き上げられましたが,これについてはどう評価していますか。
野口:従来の650点という固定点数に切り替わってから,私たちは行政のヒアリングにおいて主張してきましたが,装置を階層化して評価している一方で,2回目の撮影料が同じなのは理不尽なことです。それが今回の改定で100分の80になるということは高く評価できると思います。CTの場合は,非マルチスライスCT以外は増点になります。2回目の撮影は重要なものなので,医療機関にとっては良いことだと言えます。 |
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─装置のデジタル化やIT化が進む中で,これを診療報酬で評価していくことについて,ご意見をお聞かせください。
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図3 デジタル撮影とアナログ撮影の違い
出典:「画像診断機器関連産業2010」
(高崎健康福祉大学・児玉直樹氏提供)
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図4
画像診断領域の新たな構成体系化における技術評価の位置づけ
出典:日本放射線技師会第23回学術大会(金沢,2007年6月),厚生労働省保険局医療課・佐方主査発表資料より編集
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野口:今回の診療報酬改定で,一般撮影がデジタルとアナログに評価が分けられました。撮影という行為自体は,両者に違いはありませんが,その後の画像処理には大きな違いがあります(図3)。すなわち,画像診断を行う医師の要求に応じ,診断に適した画像解析やさまざまな処理を行うことが求められます。また,デジタル化により再撮影が大幅に減少することを考えても,デジタル化は重要です。この点も踏まえ,今回の改定では一般撮影の手技の特性が評価されたと私たちは考えており,良いことだと思っています。
2008年の改定で「デジタル映像化処理加算」の廃止が決まったことでデジタル撮影とアナログ撮影が同じ評価になってしまうことが心配されましたが,今回の改定では評価が分けられ,私たちの主張が通ったことになります。このことは,今後,デジタルを基本とする新たな技術を評価していく上での布石が打たれたとも感じています(図4)。
一方で,患者負担という点で,デジタル化の評価については課題を残しています。例えば,モニタ診断を行い,電子的に画像を保存する施設と,フィルムで診断,保存を行う施設では点数が異なるので,当然患者負担も違ってきます。しかし,患者さんの視点から考えれば,モニタとフィルムの診断の違いによって何が変わるのかという疑問が起こるかもしれません。また,デジタル画像管理について,2008年度の改定で,デジタル映像化処理加算の点数が移行される形で電子画像管理加算が設けられましたが,一般撮影の区分同様に点数が単純,特殊,造影,乳房で分けられました。しかし,画像を「管理」するという,撮影手技とは異なる行為に対して,個別に点数がつけられているのは違和感があります。電子画像管理加算はあくまでも管理料であるべきで,この点からも今後の診療報酬では,撮影,診断,管理という大きな項目で分けるなど,新たな枠組みを考え直すことも必要だと思います。同時に質の担保と言う観点では「画像精度管理料」というような意味合いも出てくるでしょう。さらに,その中で,患者負担という視点から,どのような点数が妥当かどうかを議論していくことも大切です。JIRAでは画像診断に関するアンケートを行いましたが,患者さんは検査の重要性・必要性や検査の内容,あるいは画像を用いた理解しやすい説明がされないと,その検査に対し割高感を抱く傾向であることがわかりました。このような患者さんの意見も診療報酬を考える上で無視できないのではないでしょうか。
すなわち,画像診断の価値を評価する時,従来は医療機関・学会・産業にとっての価値というそれぞれのステークホルダーでの視点で評価する傾向でしたが,今後は患者及び家族そして国民にとっての価値という視点を入れることにより,医療に対する信頼度や質確保へむけ重要な要素となるでしょう。 |
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─今回の改定では,放射線治療の評価も数多く見直されましたが,これについてはどのようにお考えですか。
野口:JIRAでは,昨2009年から日本放射線腫瘍学会(JASTRO)とも連携してワーキンググループを立ち上げ,行政に対する要望や意見のフェーズを合わせてきました。放射線治療は今後ますます重要になってくる分野です。米国においてもがん治療の中で大きな位置を占めています。今改定でその重要性が認められ診療報酬上で高く評価されたことの意義は大きく,すばらしいことだと感じています。
─放射線治療は人材不足が指摘されていますが,改定の影響でその状況が変わってくるのでしょうか。
野口:米国では,がん患者の多くが放射線治療を選択するという実態があり,最も一般的ながん治療の選択肢になっています。日本においても,がん対策推進計画などで外科的(手術)処置・放射線治療・化学療法というように,がん治療の重要な療法選択と位置づけております。がん治療を国の重要課題としている以上は,人材,質の確保は大切なことであり,今回の改定によって,良い方向に向かうと期待しています。結果,患者さんの選択肢の充実拡大につながることを期待しております。 |
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─次回2012年の改定に向けて,今後はどのようなことを行政に対して,要望していくのでしょうか。
野口:JIRAでは,これまで撮影という手技は1つの大きな技術であり,手技に違いがある以上,きちんと分けて評価するべきであると主張してきました。今回の改定でそれが認められたことになりますが,デジタル化については,わが国の産業技術としても発展の要となるものなので,2012年度,2014年度の改定でも,さらなる評価につながるように取り組んでいきたいと考えています。厚生労働省が2008年にまとめた「新医療機器・医療技術産業ビジョン」においても,この方向性が示されています。また,効率性の観点からも,個別点数ではなく,将来の医療,技術の進歩などを包括的に評価できるような枠組みをつくることも主張していきたいと思います。それが認められることが新たな技術開発にもつながっていくはずです。
このようなことを要望していくためには,評価の根拠を行政に対して明確に示していく必要があります。JIRAでは,関係団体等と共同で市場調査の実施などを通じて,データとして示すことにも継続して取り組んでいくつもりです。
─そのほかに,今後JIRAとして取り組んでいくことはありますか。
野口:今回の改定では,デジタルとアナログが区分されましたが,次の段階として,まず1点目は,「質」をどのように評価するかがテーマになってくると考えています。例えば,モニタ診断をする上でどのような要件が望ましいのか,デジタル化に伴う撮影,診断の基準,要件を明確にしていくことも課題です。2点目のテーマは,CADなどの新しい技術をどのように評価していくのか,ということが挙げられます。さらに,3点目のテーマとしては,医療安全を実効性のあるものにするという観点から,画像診断機器の安全管理をどのように評価につなげていくかということです。この3つのテーマについて取り組んでいくほか,個別点数の再評価に関しても,関係学会と連携を図っていきたいと考えています。
─JIRA内部での活動はどのように展開していくのでしょうか。
野口:JIRAではこれまで,「医療機器の適正評価に架ける橋」というプロジェクトに取り組んできましたが,現在,そこで,新しいバージョンの提言の策定に取り組んでいます。画像診断の価値というものを考える時,先にも触れましたように一般市民や医療提供者の視点の実態を知ることは重要です。そこから浮かび上がるさまざまな視点・要求事項を取りまとめ,価値を評価するための提言にまとめていきたいと考えております。一口に画像診断といっても,一般撮影などの「初期的な画像診断」と,CT,MRIなどを中心とした「詳細な画像診断」に分けられますが,これまでは「詳細な画像診断」に対する評価に視点が置かれていました。しかし,一般撮影は画像診断の基本とも言えるものであり,それが今回の改定で,デジタル化が評価されたことはすばらしいことです。JIRAとしては今後も,「初期的な画像診断」と「詳細な画像診断」を分けた上で,それぞれの特性に合った評価がされるよう,意見をまとめていきたいと考えています。 |
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─最後に産業界からのメッセージをお願いします。
野口:国民から見て画像診断とはどのようなものなのか,その重要性について正しく理解していただくための努力が産業界にも必要だと思います。私たちが研究開発した装置は,多くの医療施設で,多くの医師や診療放射線技師の方々に使用されていますが,最終的に利益を受けるのは患者さんです。ですから,国民の方々に技術の進歩,そして,素晴らしさやそのメリットを知っていただくことが大事であり,身近に感じていただけるよう取り組んでいきます。また,技術開発には,医師や診療放射線技師や多くの関係者の皆さんの要望や意見,国民の声を欠くことはできません。産業界としては,これらを真摯に受け止めながら,今後も技術開発に取り組んでいきたいと考えています。
(2010年3月取材:文責inNavi.NET) |
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