最近,日立メディコが発表するモダリティが話題を呼んでいる。オフセットオープン式多目的イメージングシステムの「CUREVISTA」や1.2T超電導型オープンMRI「OASIS」,デジタル超音波診断装置の上位機種である「HI VISION Preirus」など,いずれも革新的と言える技術はもとより,これまでのモダリティとは一線を画するデザインが,高い評価を得ている。かつて同社は国際医用画像総合展(ITEM)において,新製品の展示がなかった年もあったが,その状況は大きく変わった。
医療機器の開発者をクローズアップし,製品開発思想や開発にかける思いを取り上げる「CHANGE the World〜世界を変えるモノづくり魂〜」。今回は,革新的な技術,斬新なデザインで新しい風を起こしている同社開発部門のトップである代表執行役執行役専務の三木一克氏にお話をうかがった。
社員が誇りを持てる製品を開発することが大事
●最近,意欲的に新製品を発表している日立メディコですが,その製品の開発思想をお聞かせください。
三木氏:日立メディコは,企業理念「医療の進歩に貢献し,世界の人々の健康に奉仕する」の下,医療機器・情報システムの開発,製造,販売および据え付け,保守サービスを行っています。この開発という上流から保守サービスという下流までをすべてカバーできていることは,非常に重要だと考えています。お客さまと直接接することができることが,開発のポイントになっていると思います。
そうしたお客さま中心,お客さま指向の中で,社員が働きがいを感じ,働くことへの誇りと自信を持てるようにしていくことが大事です。ここ数年業績が下降気味でしたが,いまは確実に上向きの方向にベクトルは変わってきています。新しい製品を出すことで,開発や製造,営業や保守サービスも含めて,自分たちの製品でお客さまに喜んでいただける実感を持てるようになってきました。
日立グループの総力を結集する医療システム開発センタ
●5月20日に世界に先駆けて開発した半導体技術を採用した新しい超音波探触子を発表しましたが,その中で浜松潔代表執行役執行役社長が「日立グループの総力を結集して」と力説していました。どのような体制で開発に取り組んでいるのでしょうか。
三木氏:日立メディコでは,2008年4月に「医療システム開発センタ」を発足しました。日本経済新聞に記事が掲載された翌週には株価が50円ほど上昇し,社会的にも注目されていると実感しました。 センタ発足のいきさつですが,もともと日立メディコには技術研究所が存在していましたが、設計部門を強化するために、2007年に技術研究所を廃止して,人員を設計部門に異動させました。さらに,日立製作所の研究所群と日立メディコの設計部隊との連携を強化するために,2008年4月に「医療システム開発センタ」を発足させました。これにより,日立メディコと日立製作所の研究所群の事業・開発戦略の共有化と,医療機器専任開発者の増強が可能となりました。
このセンタはバーチャルな組織ですが,現在250名前後で構成しています。開発の内容は,現在市場に出している製品の改良ではなく,次世代の新製品の開発に集中するということで,MRI,超音波診断装置,CTの開発を進めています。その成果として,この1年で,1.2Tの超電導型オープンMRIの「OASIS」,デジタル超音波診断装置の上位機種である「HI VISION Preirus」,ITEM2009で発表した64列マルチスライスCT「SCENARIA」を出すことができました。もちろん,これらの製品は以前から開発を進めてきましたが,センタによって,開発の速度が加速したのです。
これまでの開発は,設計部門が日立製作所の研究所群に対し開発を委託し,研究所側で委託された開発テーマのもとで研究を進めてきました。現在では,製品化の時期,それに対する開発のスケジュール,目標などを両者で共有し,日立メディコ柏事業場のサイトで一体となって進めるようになりました。研究所群の人たちは,出向して常駐してもらう人と,週2,3日こちらに来てもらう人がいますが,自分たちのミッションだけでなく,製品開発全体が見えるようになっています。つまり,同じ船に乗っていると感じることができ,市場やお客さまの反応をびんびん感じる立場にいるのです。これは製品開発を進める上で,非常に重要なことだと思っています。
核融合や半導体技術を画像診断機器へ
●センタ発足の効果は出ていますか。
三木氏:「医療システム開発センタ」は,日立グループの総力を結集するという考えでつくられたもので,このフォーメーションは,グループ内でも初めての試みであり,非常に注目されています。私たちのセンタが成功すれば,ほかの事業部門、関連会社も同じようにするところが出てくると思います。
センタ設立の成果としては,日立グループの総合電機メーカーとしてのシナジー効果が出ていると感じています。いまの画像診断機器は,他分野の最先端の技術を取り入れていかなければいけませんが,日立メディコだけでこれを実現するのは非常に難しいと考えています。情報システム系を含めた技術やモノづくりのノウハウなどが,日立製作所の研究所群には蓄積されており,センタを通じて効果的に画像診断機器に反映されるようになりました。
例えば,今年発表した「OASIS」が良い例です。米国を中心に展開していた前機種の0.7T超電導MRI装置「Altaire」は,重量が41トンもありましたが,OASISは14.5トンと,約1/3に軽量化できました。にもかかわらず,磁場強度が1.2Tと約1.5倍になっています。1割,2割の軽量化なら通常の技術で可能ですが,ここまで圧倒的に軽量化を図るのは,ダントツの技術を取り入れないと不可能です。その技術というのが,日立製作所のエネルギー・環境システム研究所で長年培ってきた核融合の技術です。核融合装置の設計に使われていた電磁力,電磁場の解析技術をMRIに取り入れて,MRI装置の中で起こっている物理現象を見える化し,問題点を把握しながら技術開発を進めました。その結果がこのような大幅な軽量化につながりました。この数字には大きな意味があります。40トンのMRIは米国以外で導入するのは難しいのですが, 14トンであれば,日本をはじめヨーロッパでも採用していただけます。
もう1つの例としては,5月20日に発表した,新しい超音波診断装置用の探触子「Mappie」があります。このMappieには,cMUT(capacitive Micro-machined Ultrasonic Transducers)という半導体技術が使われていますが,これは,日立製作所の研究所群,半導体技術者と私たちが5年以上の歳月をかけて開発したものです。従来の探触子は,圧電セラミックスでつくっていましたが,それを半導体に置き換えるというのは,まったく製法が異なります。製造が非常に難しいのですが,量産価値が高く,コストダウンしやすいというポテンシャルを持っています。現在,競合他社も開発を行っていますが,信頼性の高い生産技術は難しく,それを私たちは試行錯誤して確立させることができました。これもまさに,日立グループの総力だと思っています。
開発の初期段階に時間をかけることが成功のカギを握る−製品デザインイメージの共有から開発が始まる
●センタ発足後,製品開発の流れはどう変わりましたか。
三木氏:製品開発のプロセスそのものは大きく変わっていませんが,開発に携わる人たちのモチベーションが違います。製品開発の時間は無限ではなく,あるタイミングでお客さまに出さなければいけません。もちろん,他社との競争もあります。年とともに価格も下がっていきますので,できるだけ早く市場に出す必要があります。開発プロジェクトは全体で進めているわけですから,一部の遅れが全体に影響してしまいます。ですから,開発者たちがプロジェクトの全体を知っていて,ここが頑張りどころで,「徹夜してでも踏ん張ってやる」という,単純にお金だとかそういうものは関係なしに,一人ひとりのモチベーション,強い意志が開発には必要になってきます。
また,製品開発にあたっては,開発の最も初期の段階と終盤も重要です。まずはお客さまのニーズをきちんと把握してから開発に取りかからなくてはいけません。開発期間は限られていますから,早く着手したいものですが,それをできるだけ我慢して,ターゲットやコンセプトを明確にすることに十分時間をかけないと良いものはできませんし,ここを誤ってしまうと長期かけて開発してもインパクトのある製品にはならないのです。開発期間は短くしなければいけませんが,この初期段階にできるだけ時間をとることが大事です。
そこで,例えば2007年に発表したオフセットオープン式多目的イメージングシステムの「CUREVISTA」の開発では,まずお客さまの施設へ,設計や営業,マーケティング担当者,そして,日立製作所デザイン本部のデザイナーが赴いて,ヒアリングだけでなく,実際の使用法を見ながら,必要な機能や操作性を把握していきました。お客さまにとっては,当たり前の操作や機能であっても,デザイナーにとっては「無理に回り込むよりも,こうした方が動きやすい」という考えが出てきます。このような調査をした上で,具体的な開発に入る前に,CUREVITSAの完成イメージのカタログをつくってしまうわけです。「HI VISION Preirus」も同様ですが,設計の前段階でイメージカタログをつくることで,開発にかかわる人たち全員で製品イメージを共有し,それに基づいて個々の開発を進めていくようにしています。いろいろな部品を開発する人も,最終的な製品イメージを知っているのと,何も知らずに開発するのでは,まったく意識が異なると思います。もちろん設計者からすれば,デザインされた形状に合わせて個々の部品を設計しコンパクトに収納させるのは大変難しいことで,時にはケンカになることもあります。しかし,お客さまが感動する製品を出すために何をやるべきか,そのために設計やデザイン,営業のやり方について議論し合う,そういう本音のコラボレーションができるようになります。
●そうした開発へのアプローチの成果はいかがでしょうか。
三木氏:「CUREVITSA」はこれまでに,グッドデザイン賞(2007年),iFデザイン賞(ドイツ),第38回機械工業デザイン賞経済産業大臣賞(2008)など,多くの賞をいただきました。先日も,2009年度の全国発明表彰において,朝日新聞賞を受賞することが決まりました。私自身が重要だと感じているのは,形がシンプルだとか,色がきれいだとか,そういうことだけではなく,製品そのものが持っている機能,良さがデザインに表れていることです。それが受賞に結びついていると思います。この製品によって,設計者も意識が変わったようです。これまで,きれいな形や流線型といったデザインを主体に考えていましたが,デザインとはそういうものではなく,製品の持つ機能につながっていくようなものでなくてはなりません。それだけに開発の上流側でデザイナー,設計者,営業など多くの人達のコラボレーションを進める必要があります。そういったプロセスの大切さを,ここ2年間で改めて認識しています。
販売する人が愛着を持てる製品を開発する喜び
●製品開発をする上での喜びとはどういう時に得られていますか。
三木氏:例えば,「HI VISION Preirus」の場合,デザインだけでなく,機能的にも非常に高いものを実現することができましたが,社内の評価が高かったことが大きな自信になりました。通常,装置の試作後に,アプリケーションや営業の人たちに評価してもらいます。これは国内だけでなく,ヨーロッパの販売子会社HMSE(Hitachi Medical Systems Europe)にも評価を受けます。いままでは必ず猛烈なクレームがつくのですが,「HI VISION Preirus」ではまったくクレームがなく,画質も操作性も注文がつきませんでした。アプリケーションや営業,特に女性はこの装置を「かわいい」と言ってくれています。お客様に装置を説明する人たちが,製品に愛着を持ってくれている,これは私にとってやりがいを感じることでもあり,「これはいける!」と思うことができました。現在,国内のお客さまからも高い評価をいただいており,自信を持っています。
高品質で信頼性の高い製品のために品質保証も見直す
●製品開発において,初期段階に時間をかけることのほかに重視していることはありますか。
三木氏:初期段階という上流だけでなく,下流も重視しています。特に信頼性を上げるということが非常に重要です。通常,新製品というのは,初物ですのでどうしても市場に出して実際にお客様にお使いいただく中で改善を図ることで信頼性を上げざるを得ないところがありました。現在,私共は、そうではなく市場に出す時点で,現行製品以上の信頼性を持たせることに取り組んでいます。そのためには,開発の最終工程が大事になってくるのですが,このプロセスを変えています。いままでは新製品の試作後に品質保証を行う工程になっていましたが,それをオーバーラップさせて,開発の上流である設計の段階から品質保証が入り込む仕掛けにしています。品質保証というのは単なる検査ではありません。品質,信頼性を高めるためにどうすべきか,品質保証部門から注文を出して,開発初期の段階からつくり込みをしていく必要があるのです。
また,現在の製品は,ハードウエアからソフトウエアの方に開発の比重が移っています。ソフトウエアの品質というのは,ハードウエアとはまったく異なり,製造後に検査したのではブラックボックスのようになってしまいますから,開発の上流から,アルゴリズムも含めて,信頼性を高める努力が必要です。一方,ソフトウエアの比重が高くなったことで,製品を市場に出した後も改良が容易かつ低コストで行えます。ですから,できるだけソフトウエアへの比重を高めていくことが大事なのですが,ソフトウエアはバグを見つけるのが非常に難しいので,品質を高めるための評価の仕組みをシステマティックにしていかなければなりません。
世界の誰かを一人でも救うために,1日も早く製品を世に
●今後の製品開発の方向性など,ユーザーに向けてメッセージをお願いします。
三木氏:私たちの医療事業は技術開発がエンジンであり,開発を怠ると,たとえシェアトップであっても逆転されてしまいます。ですから日々技術開発をしていかなければいけません。そして,開発にはほかの産業の最先端技術を取り入れ,いままでとは違う製品,医療に貢献する製品を手がけていきます。また,コモディディ化するのではなく,日本をはじめその国の医療状況に合った製品をつくり出していくことも重要だと考えています。
日立製作所の川村隆執行役会長兼執行役社長は,社会イノベーション事業を中心にと述べていますが,医療もその1つだと考えています。私たちはものを売って利益を上げるだけが事業だとは思っていません。社会に対して使命と責任があると認識しています。私たちの医療事業は社会に対する貢献度が高く,やりがいがあるものだと思っていますから,そういう観点で開発を進めていきます。
私たちの作り出す製品は,自分自身のためにも,家族のためにも,社会のためにもなります。以前,米国に住む日本人の女性から,小さなお子様が病気になられた時に弊社の装置を使った検査を受け,その診断結果で異常がなく安心できたというお礼状をEメールでいただきました。私はこういうことが大事なのだと思いました。もちろん会社ですから,利益を上げて,雇用の維持,株主還元,納税を果たしていかなければいけません。しかし,一人の健康が守られるということは,私たちにとってもっと大きな意味があります。
ここ最近,開発の手応えをびんびん感じています。1つでも他社にない機能を持った製品を出せれば,それによって世界の誰かを救うことができると確信しています。だとしたら1日でも早く市場に製品を出す。それが私たちの使命だと思います。
◎略歴 (みき かずよし) 1973年京都大学大学院工学研究科修士課程修了。同年株式会社日立製作所入社。91年エネルギー研究所第二部長,96年電力・電機開発本部企画室長,2002年電力・電機グループ電力・電機開発研究所長,2003年機械研究所長を経て,2005年に株式会社日立メディコ執行役常務,柏事業場代表者。2008年から現職。工学博士。 |