医療放射線防護連絡協議会は,2012年3月2日(金)にタワーホール船橋(東京都江戸川区)において「第33回『医療放射線の安全利用』フォーラム」を開催した。「福島原発事故から355日を経ての体験・経験と反省からー医療の放射線安全教育を考えるー」をテーマに,基調講演2題,話題提供4題,総合討論が3部構成で行われた。会場には,医療関係者や一般市民など100名を超える参加者が集まり,菊地 透氏(協議会総務理事・自治医科大学)の司会進行のもとにプログラムが進められた。
はじめに,医療放射線防護連絡協議会会長の佐々木康人氏が開催挨拶に立ち,「2011年3月11日の東日本大震災とそれに伴う福島第一原発事故の影響で,現在も多数の方が避難生活をしている。避難の理由が放射線被ばくへの恐れであるとすると,放射線被ばくの影響をはるかに超すようなストレスを子どもに与えている状況も多々あるものと想像される。JCO事故の経験から,平常時に放射線被ばくに関する知識を一般市民と共有することの重要性を承知し,活動を行ってきた協議会としては忸怩たる思いもある。情報に対する不信や不安が,復興への妨げになっている面もあるが,医療従事者への信頼はまだ残っていると思われ,今後,医療従事者が一般市民と放射線について話し合い,知識を共有し,不必要な不安を少しでも軽減する努力をする必要がある」と述べた。
午前の第1部は,「福島原発事故の対応経験と反省から」をテーマに,基調講演1題,話題提供2題が行われた。
基調講演は,福島原発事故後に発電所サイト内での初期医療に携わった衣笠達也氏(三菱重工業株式会社神戸造船所・三菱神戸病院)が「福島第一原子力発電所サイト内医療と放射線被爆医療の考え方」を講演した。衣笠氏は,3月25日に福島第一原子力発電所サイトに入り,初期医療に従事した経験から,サイト内の医療の経時的変化や特徴について説明した。今回の原子力災害が,緊急被ばく医療の視点からは,大規模人数,低線量(300mSv以下),広範囲不均等汚染の被ばく事故であると述べた衣笠氏は,サイト内での医療の特徴や課題について,初期(事故後2週間)は広域避難により医療機関が機能不全に陥ったこと,早期(事故後2か月)は,線量管理により高線量被ばくの回避は可能で,現場作業員の健康状態の把握や支援が重要であることだとし,時間を追って解説した。また,7月1日以降,第一原発5,6号機に設置された24時間体制のERの活動状況や今後の課題について説明した。そして,放射線健康影響に対する過剰な警戒は社会的・経済的な不安定をもたらすため,放射線の健康影響に関する生体の応答メカニズムに対する理解が重要であると指摘し,被ばく治療の観点からは,放射線影響の自然回復が困難な線量に注目すべきであるとした。被ばく時の治療方針は,骨髄抑制のしきい線量である1〜2Gyを超えるかどうかで異なり,しきい線量以下の被ばくであれば,血液内科専門医が不在の一般病院でも受け入れ対応が可能であることを述べ,被ばくの程度の判断方法として,前駆症状や染色体異常分析が有効であるとした。
第1部の話題提供では,多田順一郎氏(放射線安全フォーラム)が「福島県内の汚染と除染」,寺田 宙氏(国立保健医療科学院)が「食品の放射線安全」についてスピーチした。
5月に飯舘村で実施した除染試験に参加した多田氏は,その経験から現地の状況を踏まえた上で,除染や処分場,農地汚染の課題や問題について述べ,実情から乖離した施策は,かえって復興を妨げかねないと警鐘を鳴らした。また,食品汚染についても触れ,食品中放射性セシウム濃度基準の引き下げの問題点や,測定結果に問題がないとしても“穢れ”と忌み嫌うような倫理観についても言及した。
続いて寺田氏が,食品への放射線影響について,品目ごとの検査結果のデータを示しながら説明した。キノコ,野生鳥獣肉,茶葉は,放射性セシウム濃度が特に高いが,摂取量は少ないため被ばく線量への寄与は限定的であること,また放射性セシウム濃度が比較的高い食品として,魚介類(特に底魚,淡水魚),牛肉,小麦,大豆,果実類,種実類を挙げた。そして,4月から適用される新しい基準値(食品による年間線量限度1mSv)の考え方について解説した。
午後の第2部は「反省から学ぶ医療関係者への放射線安全教育」をテーマに,最初に神田玲子氏(放射線医学総合研究所)が基調講演「一般の方に伝える放射線影響とは」を講演した。放射線影響に関するリスクコミュニケーションの対象は,原発事故以前は原発従事者や地域住民であったが,事故後は日本人全体に広がったと述べた神田氏は,放射線医学総合研究所で一般市民向けの電話による健康相談を行った経験から,一般市民を対象にしたリスクコミュニケーションのポイントについて説明した。放射線影響について,医療従事者が一般市民に伝える場合には,教科書的内容では納得してもらえないため,1)線量評価,2)人体影響,3)低減方策という筋書きで分かりやすく伝えることが望まれるとした。また,放射線影響のリスクコミュニケーションは,“不安・不信”のマイナスの状況から始まるものであり,「安全である」といった情報は受け手側は押しつけられていると感じて不信につながってしまうなど,心理的ハードルが高いものであるとし,線量や単位,低線量放射線影響,リスクの考え方などの説明方法について具体的に示した。そして,提供する情報が恣意的にならないことが重要であり,一般市民がリスクを合理的に判断するための助けとなることがリスクコミュニケーションであると強調した。
続いて,大野和子氏(京都医療科学大学)が「一般医師及び放射線科医への放射線安全教育」,菊地氏が「医療関係者および市民への放射線安全教育」をテーマに話題提供を行った。
大野氏は初めに,原発事故に関連して不信感が蔓延している状況においても,信頼しているかかりつけ医の言葉は重く響くことから,医療従事者による一般市民への説明が期待されると述べ,事故後,医療従事者と対話を重ねてきた経験をもとに,医療従事者が知っておくべきことや,説明の際の効果的な伝え方について解説した。そして,医療従事者が一般市民に放射線影響をきちんと説明し,放射線に対する理解を得ることで,必要な放射線検査や放射線治療を納得して受けてもらえることの重要性を訴えた。
次に,菊地氏が登壇し,原発事故後の医療放射線防護連絡協議会の活動について紹介するとともに,今後は医療従事者のなかでも,医療現場のフロントラインに立つ看護師や保健師の活躍が重要になると述べ,看護師や保健師に対する放射線教育のポイントについて説明した。また,メディアによる放射線影響に関する情報の伝え方の問題点についても触れ,心理的な健康影響が懸念されることから,長期的な心のケアも含めた総合的なヘルスケア体制の整備が必要であるとした。
第3部では総合討論が行われ,冒頭に指定発言として香川靖雄氏(女子栄養大学副学長)が登壇し,放射線防護食についてコメントした。香川氏は,放射線照射後の遺伝子の修復に葉酸が必要であるとし,また,緑黄色野菜や果物の十分な摂取が固形がんのリスク低減に寄与するという研究結果から,栄養摂取による放射線防護を前向きに一般市民に伝えることが大切であると述べた。
総合討論では,基調講演と話題提供の演者が登壇し,参加者からの質問や意見を受け,活発な議論や情報交換が行われた。会場からは,報道検証や用語統一の必要性,新しい食品の基準値の問題点などについての意見も出された。
最後に,菊地氏が挨拶し,「医療放射線防護連絡協議会は,日頃は医療における放射線安全・防護に関する活動を行っているが,原発事故以後はその対応が1つの中心となっている。今後も事故対応を続け,解決していくことにより,医療における放射線安全・防護もさらに発展・向上し,患者が安心して放射線検査・治療を受けられる環境づくりにつながるだろう」と述べた。 |