医療放射線防護連絡協議会は,2011年12月9日(金)に国際交流研究会館国際会議場(国立がん研究センター内:東京都中央区)において,第22回「高橋信次記念講演・古賀佑彦記念シンポジウム」を開催した。この記念講演・シンポジウムは,医療放射線防護連絡協議会の年次大会として1990年から毎年開催されているもので,放射線科医としてCTの原理となる回転撮影法を開発し,日本の放射線防護の草分け的存在である高橋信次氏(1912〜85年)の名前を冠して行われてきた。昨2010年からは,高橋氏に師事し,放射線防護において国内外で大きな業績を残して2010年に逝去した同協議会前会長の古賀佑彦氏の名前も冠しての開催となっている。
今年2011年3月11日の東日本大震災に伴う福島第一原発事故を受け,テーマを「福島原発事故から学ぶ医療放射線安全の課題」とし,福島第一原発事故に伴う放射線の健康影響や事故対応についての講演や,福島第一原発事故から学ぶ医療放射線安全の課題をテーマとしたシンポジウムでプログラムが構成され,多くの医療関係者が参加した。
はじめに,医療放射線防護連絡協議会会長の佐々木康人氏が挨拶に立ち,2011年度の事業報告を行うとともに,現地で福島第一原発事故の対応にあたっている講演者を紹介し,今回の講演・シンポジウムが,放射線診療に従事する医療者にとっての道標のひとつとなることを期待すると述べた。
午前中には2題の講演が行われた。1題目の教育講演は富山大学大学院の近藤 隆氏が座長を務め,元原子力委員会委員長代理の田中俊一氏による「福島原発事故の概要と事故対応」が講演された。
田中氏はまず,福島第一原発の構造や,津波による冷却機能の喪失から炉心溶融に至る事故の経緯について解説し,事故後の福島県内における空間線量率の変化や分布について説明した。事故後の住民対応においては,政府指示の混乱や自治体の崩壊により,避難指示が適切に行われず,住民に混乱と不信を招いてしまったことが緊急時対応における反省点であるとした。また,この政治や行政の混乱は現在も続いており,除染や食品摂取における内部被ばくなど合理性に欠ける基準値の決定を繰り返していると指摘。早急に整合性のある放射線防護基準を国民に示すべきだと述べた。田中氏は,放射線量の高い飯舘村において除染実験を行っており,表土の除去などていねいな除染を行えば高い効果があることが確認されたと報告するとともに,除染による個人財産の破壊や損傷に対する補償や修復も重要であると強調した。そして,事故を振り返り,防災や避難の課題が見えてくるとともに,放射線が長期間にわたって住民生活に影響を与えることからも,国民一人ひとりが正しく理解し,適切な判断ができるようになることが重要であると述べた。
続いて,高橋信次記念講演が行われ,佐々木会長を座長に,福島県立医科大学副学長の山下俊一氏が,「福島原発事故と医療人」と題して,事故後に医療人として何をしてきたか,これから何をなすべきかについて講演した。
長崎大学教授である山下氏は,原発事故直後から福島県の放射線健康管理リスクアドバイザーを務め,7月から福島県立医科大学に出向し,副学長に就任した。山下氏は,今回の原発事故への医療対応や,自然放射線,原爆・チェルノブイリ原発事故にかかわる被ばく調査について説明した上で,放射線健康リスクの考え方とリスクコミュニケーションの重要性について述べた。放射線の年間積算線量について,山下氏らは事故直後の危機回避を目的に100mSv以下では過剰な心配は不要との見解を出したが,計画的避難地域指定や文部科学省による学校のグラウンドの使用許可規制値として20mSvが示され,その後,平時の1mSvが安全基準として遵守されるべきとの意見も出てきている。このような基準値の推移は,住民を混乱させ,不信感を蔓延させる原因となると指摘。医療従事者が,科学的根拠をどこに置くかをオープンにして,しっかりとメッセージを伝えていく重要性を述べるとともに,説明を受けて理解できるような素地も国民に必要であるとした。加えて,食品中に含まれる放射性物質評価や福島県の県民健康管理調査などの取り組みについて説明した。
午後のプログラムは,星総合病院(郡山市)の星 北斗氏の指定発言からスタートした。
福島県が,以前から原発災害対応の防災訓練や災害対応マニュアルの策定を行っていたものの,ほとんど役に立たなかった状況を受け,星氏は,医療従事者として原発災害への備えが甘かったと反省した上で,経験から得た課題やその解決に向けた示唆について述べた。医療従事者の放射線に関する正しい知識や理解を促進するとともに,事故後続いている風評被害の払拭のために,国民に対して正しい知識の普及啓発に努める必要性を強調した。また,国民の医療被ばくへの拒否感の高まりや,医療従事者の県外流出が懸念されることから,低被ばく医療機器導入を促す政策や,人材流出防止策の検討の重要性を述べた。さらに,住民への放射線被害への補償の必要性についても言及した。
続く,古賀佑彦記念シンポジウムでは,同協議会総務理事・自治医科大学の菊地 透氏が座長を務め,「福島原発事故から学ぶ医療放射線安全の課題」をテーマとした4題の講演と,指定発言1題が行われた。
1題目は,日本画像医療システム工業会の平出博一氏が,「医療機関の放射線診療装置の課題」を講演し,医療装置の地震や停電への備えについての説明が行われた。
2題目には,獨協医科大学RIセンターの高橋克彦氏が,「現地での放射線測定を行った経験から」を講演した。事故直後に高い放射線量が測定された獨協医科大学RIセンターでも,サーベイや汚染防止の対策を行っており,迅速に放射線環境を把握した上で,職員や医療スタッフへのリスクコミュニケーションをとることが,被ばくした被災者の診療に冷静にあたるために重要なことであるとした。高橋氏は,被災各地で行われた被災者支援特別行政相談所での相談内容から見えたこととして,放射線防護の専門家に求められる支援内容が,時間の経過とともに,リスクへの正しい理解から放射線環境の認知,放射線防護,除染や汚染された農地の回復などなど,段階的に変化することを述べた。そして,高被ばく被災者への対応においては組織化されたREM-net(緊急被ばく医療ネットワーク)が重要な役割を担っているのに対し,放射能の影響に不安を覚えながら生活する一般市民へは,医療従事者が直接対話をするリスクコミュニケーションの支援が必要であり,今後の備えとして検討すべき課題であるとした。
3題目は,彩都友絋会病院の中村仁信氏が,「放射線診療分野の放射線安全利用の課題」を講演した。原発事故をきっかけに医療被ばくにも注目が集まり,診療現場に影響が及んでいることを受け,CTを主とした医療被ばくによる発がんの可能性について,データを示しながら説明した。これまでの研究から100mSv以下の被ばくでの発がんについては,立証困難で不明としか言えず,低線量のCT被ばくでは発がんはないと考えられること,また,被ばく低減技術も進んでおり,医療従事者は医療被ばくの最適化に努め,患者にていねいに説明することが重要であると述べた。
4題目に,京都医療科学大学の大野和子氏が,「原発事故対応と医療放射線安全の見直し」を講演した。大野氏は,しきい値なし直線モデル(LNTモデル)や実効線量を誤用した情報により,国民が放射線への誤った認識を持ち,放射線検査拒否など医療現場に影響が現れている状況を説明。この状況を回復するためには,まず,医療従事者が放射線診療,医療放射線防護に関する正しい知識を持ち,患者が冷静な判断をするために必要な情報を提供していくことが,日常診療と変わらず重要であるとした。そして,科学的には問題のない範囲で放射線量が増えたという環境変化を,国民が容認し,共有できるようになることが大切であると述べ,医療関係者が放射線影響に関する正確な情報を持ち,意識統一を図ることの重要性を示唆した。
終わりに,指定発言2として福島県立医科大学の宍戸文男氏が「福島原発事故から医療従事者に求められること」をテーマに,福島県における被ばく医療の実際について報告した。福島県では,1999年のJCO事故を受け被ばく医療対策を強化し,マニュアルの策定や原子力防災訓練を重ねてきた。宍戸氏は,福島第一原発事故後,福島県立医科大学でも外傷患者を受け入れたが,幸いにも被ばく・汚染患者は少なかったものの,事前の想定通りには進まなかった現実を振り返った。その経験から,今後の課題として,現場の判断が重要であり,実行していくための訓練の必要性,医療従事者の放射線被ばくに関する教育,一般市民への知識の普及の重要性を述べた。
最後に総合討論が行われ,活発に意見が交わされた。放射線の健康影響への疑問や,安定ヨウ素剤の投与,投与指示に関する問題点,検診拒否への対応についてなどの質問が挙がった。
医療放射線防護連絡協議会では,2012年3月2日に開催する「第33回医療放射線の安全利用研究会フォーラム」でも「福島原発事故から355日を経ての体験・経験と反省からー医療の放射線安全利用分野を考える」のテーマを予定するなど,今後も原発事故に関連して,放射線防護や安全な利用についての意見を集約していくとしており,それらの意見を国に対しても報告,提案していくとしている。 |