一般社団法人日本医療情報学会(JAMI)は2011年1月22日(土),ミッドタウン・タワーのシスコシステムズ大会議室(東京都港区)において,「ID等に関する政策研究」と題したワークショップを開催した。このワークショップは,政府が社会保障や税における番号制度導入の検討を進めていることを受けて,JAMIとして制度の研究や議論をする場が必要との観点から設けられたもの。木村通男学会長は,今後,このような社会的にも関心の高いテーマについて,ワークショップやシンポジウムなどを開催していくとしている。今回はその第一弾として行われた。当日は,シスコシステムズ合同会社の後援を受けて,JAMIの北海道支部会にライブ中継され,木村学会長らが北海道から意見を述べたほか,Twitterで質問や意見を募集するといった試みがあった。
ワークショップに先立ち,厚生労働省政策統括官付社会保障担当参事官室情報連携基盤推進室長の須田俊孝氏が挨拶を行った。須田氏は,2010年11月ごろから番号制度の本格的な検討が始まり,12月に「社会保障・税に関わる番号制度に関する実務検討会」の中間整理がまとめられ,今後早急に制度整備が進められていくとの状況を報告した。その上で,今回のワークショップのような場で議論していくことは,きわめて重要であるとし,実り多い議論となることを期待すると述べて,挨拶を締めくくった。これに続き,JAMIの学術委員長である九州大学医学部附属病院医療情報部准教授の中島直樹氏が挨拶に立ち,番号制度は行政主導で進められるべきであるが,JAMIでは地域連携やPHRなどもかかわってくるだけに重要なテーマとしてとらえていると,ワークショップの開催の趣旨を説明した。
この挨拶の後,まず厚生労働省政策統括官付社会保障担当参事官室情報連携基盤推進室の藤野雅弘氏が「『社会保障・税に関わる番号制度』に係る検討状況」と題して,「社会保障・税に関わる番号制度に関する検討会」や「社会保障・税に関わる番号制度に関する実務検討会」の内容などについて報告した。藤野氏は,社会保障は国民の負担によって成り立つものだけに国民から信頼されることが重要だと述べ,現状では信頼が揺らいでいるとの認識を示した。そして,信頼を得るためには,制度が国民のリスクやニーズとかみ合い,負担が公平に分担され,社会保障の財源として無駄なく活用されることが重要だと説明した。さらに,藤野氏は,番号制度が異なる制度や組織にまたがって存在する個人とその情報を把握するために重要であり,ITの活用により効率的で安全な運用ができる情報連携基盤だと述べた。その上で,国民にとってわかりやすい社会保障制度にするためと,質の高い効率的なサービスの提供をするためという2つの観点から番号制度が必要であると言及した。藤野氏は,これまでの検討会の経緯を報告した上で,今後のスケジュールとして,1月中に基本方針,6月に「社会保障・税番号大綱」がまとめられ,秋以降に法案が提出されると説明。また,2010年6月に発表された「社会保障・税に関わる番号制度に関する検討会」の中間取りまとめについて解説した。中間取りまとめでは,税や社会保障といった番号の利用範囲について,海外の状況も踏まえても検討が行われた。さらに,共通番号に用いる番号をどうするか,情報管理を一元化するか分散化するか,プライバシー保護などのリスク対応をどうするかといったことについても,選択肢を設けて議論を進めるとしている。藤野氏は,この中間取りまとめを受けたパブリックコメントの内容も紹介。その上で,共通番号制度を幅広い行政分野で使えるよう視野に入れつつ,まずは社会保障と税での使用をめざすこと,住民基本台帳ネットワークシステム(住基ネット)を活用した新たな番号を用いることなどをまとめた,「社会保障・税に関わる番号制度に関する実務検討会」の中間整理について,概要を報告した。
続いて,同室の野武L一氏が,「『社会保障カード実証事業』のねらいと成果」をテーマに発表した。野侮≠ヘ,2007年から始まった社会保障カードの検討から,実証実験の経緯について紹介した後,IDの用途と種類として,対象者を同一人物と確認するための「情報連携用ID」,誤りなくサービスを提供するための「サービスID」,サービスを受ける資格があることを主張するための「利用者ID」があると説明した。また,野侮≠ヘ,社会保障カードの目標について,ワンストップサービスの実現と情報連携基盤の構築であると述べ,実際の利用イメージやシングルサインオンでのアクセス,セキュリティを確保したIDのあり方について解説した。野侮≠ヘ,社会保障カードのシステム運用のコンセプトも図示し,SAML(Security Assertion Markup Language)とID-WSF(ID Web Services Framework)を用いた保険や年金など関係機関間での連携の仕組みについて説明を行った。社会保障カードの実証実験では,情報基盤としてのあるべき姿を整理,検証し,利用者に便利で,なおかつ安心して利用できるものをめざして行われ,制度運用の課題の抽出がなされた。全国7地域で事業が取り組まれ,ワンストップサービスなどの利便性が利用者には認識されたほか,事業終了後も継続してサービスの提供を望む声が高かったが,行政刷新会議による2009年11月の事業仕分けにより終了することとなった。野侮≠ヘ,実証事業の結果を踏まえて,資格証としての社会保障カードについて,1枚のカードで,医療・福祉・介護のサービスが受けられることが望ましく,なおかつ診察券として利用したいという要望が高いと説明した。また,社会保障カードの公共サービスへの活用については,年金・健診情報の閲覧,診療予約や共通診察券,医療費の通知といったモデルが考えられると述べた。その上で,野侮≠ヘ,個人情報保護などの制度の詳細設計,医療・介護現場で円滑に運用できる基盤の検討,情報連携のための基盤づくりが今後の検討課題であるとまとめた。
この後,休憩を挟み,「医療とプライヴァシーに関する考察」をテーマに,同室の中安一幸氏が登壇した。この演題は,参加者に質問を投げかけ,その回答を基に議論していくという形式で進められた。まず中安氏は,2008年の住基ネットの損害賠償請求に対する最高裁判所の判決を紹介。その上で,国が勝訴したことで,番号制度の導入が国の既得権益になったと言えるのか,利用目的が一定していない状況で住基ネットで扱う4情報を秘匿性の高い情報と言えないかどうか,参加者に問いかけた。また,次の設問として,中安氏は個人情報保護法が医療分野に適用される場合の重要なポイントは何か,同法では医療情報が患者,あるいは医師や看護師のものになるかについて問いかけた。そして,JR福知山線脱線事故時の同法に基づいた医療機関の対応を紹介し,同法における医療情報の考え方について取り上げた。中安氏は,さらに医療情報の疫学での使用例を紹介し,医療情報は誰の管理下に置かれるべきか,個人が医療情報を売るのは問題か,どのような情報なら患者の同意を得ずに活用できるか,情報を活用したことで出た利益はどう配分されるべきか,会場からの意見を求めた。続く設問3では,情報漏えいなどの安全管理義務に関して,設問4では警察照会の場合の個人情報の取り扱いについて,参加者に問いかけた。
これらの設問をもとに会場からはそれぞれ異なった意見が出されるなど,活発な議論が繰り広げられた。JAMIでは,今後も番号制度をテーマにしたワークショップを開催していきたいとしている。番号制度が医療の効率化や国民の利益につながる制度となるよう,今後も内容の濃い議論が行われることが望まれる。 |