シーメンス旭メディテック(株)は9月10日(水),東京慈恵会医科大学(東京・港区)において,多軸血管撮影装置「Artis zeego」を導入したHybrid手術室を紹介するプレス説明会「Hybrid ORが治療を変える〜脳神経外科,耳鼻咽喉科の事例から」を開催した。Artis zeegoはロボットの多軸駆動に着想を得て開発された多目的血管撮影装置で,2007年の北米放射線学会(RSNA2007)で発表され,注目を集めた。8つの駆動パーツによるフレキシブルな動きがもたらす200cmという長いアクセス領域によって,寝台を動かすことなく頭部から下肢までさまざまな部位にアクセスすることができる。同院では,2003年から手術室内に血管撮影装置を導入したHybrid ORを設置し,脳神経外科および耳鼻咽喉科の手術において,術中画像を用いた手術ナビゲーションシステムによるより安全な手術の実現などに取り組んできたが,2008年5月にはArtis zeegoを世界で初めて手術室に導入した。本プレス説明会では,各領域におけるHybrid ORの意義や展望,Artis zeegoの有用性について,3名の医師による講演が行われた。
冒頭,東京慈恵会医科大学附属病院院長の森山 寛氏が挨拶に立ち,大学病院の役割として高度先進医療の提供,最先端医療の開発と施行,高度医療の一般への普及の3つを挙げ,特に最先端医療の開発にはハイエンドな医療機器が必要であると述べた。そのためには,医療機器メーカーとの協力体制を築くことが重要であるとし,シーメンス社との共同研究によって実現したHybrid ORをいかに臨床にフィードバックしていくかが,今後の重要な課題であると述べた。
脳神経外科教授/脳血管内治療センター長の村山雄一氏は,「Robotic DSA in Surgical OR」と題して講演を行った。脳神経外科においては近年,脳血管内治療が急速に普及し,疾患に応じてより低侵襲な治療が可能となっている。しかし,脳血管内治療はもともと,血管撮影検査の手法を応用して放射線科医によって開発されたものであり,放射線科の血管撮影室で行うのが基本となっている。そのため,従来は合併症への迅速な対応や,患者さんに応じた柔軟な治療法の選択が困難であるなど,いくつかの課題があった。そこで同院では,2003年にシーメンス社のバイプレーンシステムを手術室に導入したHybrid ORによって,開頭手術と血管内治療を融合。これにより,血管内治療中に開頭手術に切り替えるなど症例ごとに最適な対応が可能になり,村山氏は,もはや2つの治療法のどちらかを選択する時代ではなくなったと強調した。一方,Hybrid ORにおける経験を通して,従来のバイプレーンシステムではさまざまな機材が置かれた手術室内でCアームを動かすのは困難なケースがあり,最適なポジショニングを行うためには,よりフレキシブルな動きが求められていた。そこで,そうした弱点を補う装置として,同院とシーメンス社との共同開発によって誕生したのがArtis zeego であるとし,村山氏はその有用性を紹介した。
Artis zeegoは,“Tilted Axis”機能により,チルト時にもCアームが投影方向を維持したまま手術テーブルと同期して動くほか,8つの駆動パーツによるフレキシブルな動きが可能なため,従来のバイプレーンシステムでは撮影困難だったポジショニングでの開頭手術においても血管撮影が可能となった。また,“DynaCT”が搭載されており,30cm×38cmのFDを回転させることで,CTのような立体断面像を描出することもできる。手術中に脳の深部で出血が疑われる場合には,その場でCT撮影を行うことで病変部を三次元的に観察できることから,同院では開頭手術および脳動脈瘤に対する血管内治療にDynaCTを役立てており,村山氏は,従来は数%の症例で発生していた血管の閉塞などが,ほぼ皆無となったと述べた。
Artis zeegoにはこのほかにも,アイソセンターのオフセット機能(FIS:Flexible Isocenter System)を応用してきわめて広い視野の画像が得られる“Large Volume syngo DynaCT”や,その画像上でターゲットポイントとエントリーポイントを決めるだけで自動的に穿刺の道筋が表示される“syngo iGuide”といった新技術が搭載されているが,同院では現在,BrainLAB社およびシーメンス社と共同で,この2つの新技術を応用した“リアルタイムナビゲーションシステム”の開発が進められている。術前CT画像と術中のDynaCT画像を融合してブレインシフトを確認しながら手術を行うことが可能になるほか,syngo iGuideによる手術支援も可能になると期待されており,特にsyngo iGuideの頭部領域への応用は現在,世界で同院でのみトライアルが行われている。村山氏は,近未来の外科手術では,より安全で確実な手術を行うためのこうした技術革新が必要であり,そのためには,医師と医療機器メーカーとの協力が不可欠であるとの見解を示した。
脳神経外科教授/中央手術部診療部長の谷 諭氏は,「Hybrid ORを持つ大学病院 脊椎・脊髄外科における応用」と題して講演を行った。同院における手術件数は,この数年で増加の一途をたどっており,今年度は1万3000〜1万4000件に上ることが見込まれている。多忙な中で多くの手術をより正確に,安全に行うためには補助装置が必要であるとし,同院ではCTやMRIよりも設置面積や安全性,価格などの面で設置しやすい血管撮影装置を手術室に設置したと,Hybrid OR開設の経緯を説明した。その上で谷氏は,CT画像が得られる血管撮影装置が有用性を発揮する疾患として,変形性頸椎症,頸椎椎弓形成術,腰部脊柱管狭窄症およびすべり症などを挙げ,特に治療時に神経損傷や大血管損傷のリスクが10%以上もある腰部脊柱管狭窄症およびすべり症では,腰椎を固定するスクリューを挿入する部位を事前に確認することで,リスクが大幅に軽減できると述べた。また,将来的に術中CT画像を元にしたナビゲーションシステムが開発できれば,骨の微妙な位置ずれへの対応も可能になり,さらなる安全性の向上が期待できると述べた。
耳鼻咽喉科准教授の鴻 信義氏は,「鼻科領域疾患に対する術中画像更新システムを用いた新しいナビゲーション手術」と題して講演を行った。耳鼻咽喉科では,約10年前から慢性副鼻腔炎,副鼻腔嚢胞,副鼻腔腫瘍などを対象に鼻・副鼻腔のナビゲーション手術を行っており,すでに600〜700例を施行している。副鼻腔は奥行きが広く,目や脳と非常に近接しているため,内視鏡治療の合併症には,失明や脳の損傷などの重大なリスクがある。ナビゲーションシステムは,こうしたリスクを回避し,より安全な手術を行うために導入されたが,使用される画像は術前画像であり,副鼻腔の形態の変化に対応できないことが課題となっていた。しかし現在では,DynaCTによってリアルタイムな術中画像が得られるほか,術前画像との重ね合わせも可能となっている。その有用性について鴻氏は,より正確な治療が可能になったことで病変の取り残しによる再手術がなくなったほか,術中の手術プランやルート変更も可能になったと紹介した。さらに鴻氏は,Hybrid ORの可能性として,副鼻腔だけでなく目の内部や脳の手術など高度かつ低侵襲な手術と,手技レベルおよび治療成績の標準化という2つを挙げ,特に,こうした新しい手法が一般病院に普及して治療成績の標準化が図られれば,大きな社会貢献につながると展望した。
講演終了後は,Hybrid ORの見学会が開催された。村山氏の案内のもと,Artis zeegoのCアームが寝台と同期する様子や,手術中のCアームのフレキシブルな動きが実演された。
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世界で初めてArtis zeegoが導入された
Hybrid OR |
Artis zeegoのTilted Axis機能により,手術テーブルが傾斜するとCアームが連動するほか,Cアームの投影方向を自由に変更することもできる。 |
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2台のバイプレーンシステムが導入されたHybrid OR |
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