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ホーム の中の AZEの中の 別冊付録の中の Virtual Human & Analysis No.10の中のINTERVIEW COPDの現状とソフトウェア開発の展望 幡生寛人 氏 / オープンソースソフトウェア"3D Slicer"による産学連携の実際 波多伸彦 氏

別冊付録

INTERVIEW

1. COPDの現状とソフトウェア開発の展望 幡生寛人 氏
2. オープンソースソフトウェア“3D Slicer”による産学連携の実際 波多伸彦 氏

COPDの現状とソフトウェア開発の展望

幡生寛人(Brigham and Women's Hospital, Harvard Medical School)

COPD(chronic obstructive pulmonary disease:慢性閉塞性肺疾患)の罹患率,死亡率は現在,世界的に増加傾向にあり,世界保健機関(WHO)の2007年の発表によると,世界のCOPD罹患者数は2億1000万人,2005年の死亡者数は300万人に上り,2030年には世界の死亡原因の第3位になると予想されている。中でも特に患者数の多い米国では,2007年からCOPDに関する多施設共同研究(COPDgene®)がスタートしており,Brigham and Women's Hospital(以下,BWH)がその中心の1つとなっている。COPDの現状と対策,画像解析・診断の展望について,BWH, Harvard Medical Schoolの幡生寛人氏にお話をうかがった。 (2010年より,COPDソフトウェア開発に向けたBWHとAZE社との5年間の共同研究がスタートした。)

●米国におけるCOPDの現状

COPDは慢性気管支炎,肺気腫,ぜん息を併せた名称です。他の主要な疾患の罹患率や死亡率が横ばい,もしくは減少傾向にある中で,COPDはどんどん増加しており,現在,米国の患者数は1400万人以上(日本は約530万人),死亡者数は年間12万人以上で,死亡原因の第4位です。そのため,これに伴う医療費の増大が大きな社会問題となっています。COPDの原因はさまざまなものがありますが,中でも肺気腫の最大の原因は喫煙ですので,米国では,究極的な予防対策として禁煙を促進するプログラムが行われています。また同時に,すでに罹患してしまった患者さんへの対策も重要な課題です。

●BWHにおけるCOPD(肺気腫)研究のねらい

BWHとデンバーにあるNational Jewish Hospitalが中心となり,2007年から5年間,NIH(米国国立衛生研究所)の研究費でCOPDに関する多施設共同研究(COPDgene)が行われています。全米の軽症から重症までの肺気腫患者1万例を対象に,呼気および吸気の全肺のCT撮影を行って測定し,さらに,全例について遺伝子を解析して,肺気腫の原因となる遺伝子を突き止めることを目的としています。肺気腫に関連する遺伝子は多数あることが推定されていますが,その中で,若い患者さんで肺全体,特に両肺の下葉に肺気腫が分布する症例については,α-1アンチトリプシンというタンパク質の欠損が原因であることが同定されています。このように,肺気腫患者のCT画像を見ると,その発症や進行の形態はさまざまであり,関連する遺伝子もたくさんあることが推測されます。
COPDgeneの中で,BWHでは呼吸器内科のEdwin K. Silverman氏を中心に,臨床グループ,遺伝子解析グループ,疫学グループが共同で研究を行っており,私はそこに放射線科医として参加しています。共同研究が始まってから,当院ではこれまでに約500例のCT撮影を行い,また,全米では5000例のCT撮影が行われ,その評価もすでに始まっています。

●COPD(肺気腫)研究における画像診断の役割

COPD研究における画像診断の役割は,客観的に記録して定量化するということです。一般的な定量化の方法は,肺気腫になって肺の組織が壊れると空気が広がってX線吸収が落ちてきますので,CT値を肺の各部分で測定し,X線吸収がある一定量落ちた領域がどのくらいあるかを計測していきます。症状の進行度合いや,新しい治療薬の効果を客観的に正確に測ることが治療法開発の最も大事な点になりますので,それがCTの果たすべき役割だと思います。
また,COPDソフトウェアでは,気管支を自動抽出し,肺の低吸収域(LAA)の分布評価や低吸収域体積測定(LAA%スコア),気管から気管支にかけての炎症部位,気道径や気道壁厚の変化などを計測しますが,これらをきちんと画像化できることはもちろん,使いやすいこと,正確で再現性があること,さまざまなメーカーのCT装置に対応できることの3点がとても重要となります。2010年には,COPDソフトウェア開発に向けたBWHとAZE社との 5年間の共同研究がスタートしましたが,こうしたことについて,AZE社と情報を交換し合い,実臨床で使いやすいソフトウェアの評価・開発に寄与したいと考えています。

【参考文献】
1) Hatabu, H. : Are we ready? A time for measurement of physiological parameters of the lung using multidetector row CT scans. Acad. Radiol., 16・3, 249, 2009.
2) Washko, G. R., Dransfie, M. T., Estepar, R. S., et al.:Airway wall attenuation;A biomarker of airway disease in subjects with COPD. J. Appl. Physiol., 107・1, 185〜191, 2009.
3) Matsuoka, S., Washko, G. R., Dransfield, M. T., et al.:Quantitative CT measurement of cross-section area of small pulmonary vessel in COPD;Correlations with emphysema and airflow limitation(1). Acad. Radiol., 17・1, 93〜99, 2009.
4) Matuoka, S., Washko, G. R., Yamashiro, T., et al.:Pulmonary Hypertennsion and CT measurement of small pulmonary vessels in severe emphysema. Am. J. Respir. Crit. Care Med., 2009.(Epub ahead of print)

(2009年11月29日RSNA会場にて:文責 編集部)

*本インタビューは学術的な観点から述べられたものであって,AZE社の製品のプロモーションではありません。

Hiroto Hatabu, M.D., Ph.D.
1983年京都大学医学部卒業。天理よろづ相談所病院レジデント,京都大学大学院医学研究科博士課程,ペンシルヴァニア大学放射線科レジデント,京都大学医学部核医学科助手,ハーバード大学助教授,ベスイスラエル・ディーコネス病院放射線科,肺機能画像Director兼レジデント教育Directorなどを経て,2006年より現職。

オープンソースソフトウェア“3D Slicer”による産学連携の実際

波多伸彦(Brigham and Women's Hospital, Harvard Medical School)

オープンソース医用画像処理ソフトウェア「3D Slicer」の先進性に着目し,早くからその研究の中心であるハーバード大学医学部Surgical Planning LaboratoryおよびNational Alliance for Medical Image Computing(研究代表者 Ron Kikinis)との研究体制の構築に力を注いできたAZE社は,2009年1月,Brigham and Women's Hospitalの産学連携プログラムの一環として,3D Slicerの開発者である波多伸彦氏と学術的コンサルティング契約を結んだ。3D Slicerは,これまで10年間かけて,平均すると年間35人の研究者が取り組み続け,現在,ソースコードは120万行,市場価値は35億円以上と言われている。AZE社は,この3D Slicerの豊富な機能を同社製品に実装することで,医用ワークステーションのさらなる機能向上をめざしている。3D Slicerの特長とAZE社との学術連携の実際について,波多氏にお話をうかがった。

●3D Slicer開発の経緯と特長

私が東京大学大学院在学中の1997年に, MRI誘導手術の研究に伴う開発の基盤として作ったのが3D Slicerの原型です。その後,3D Slicerはマサチューセッツ工科大学の学生や企業の技術者らの手を経て,徐々に規模の大きなソフトウェアとなり,最終的には,5年前にNational Alliance for Medical Image Computingを中心としてNIH(米国国立衛生研究所)の助成金を受け,さらに大規模な基盤ソフトウェアとして発展しています。
3D Slicerの最大の特長は,オープンソースであることです。ソースコードはもちろん,3D Slicerに関する会議の議事録,今後の研究開発計画などもすべて公開されています。主な機能として,ビューワや三次元のレンダリング機能,DTI(diffusion tensor imaging),変形医用画像統合,解剖アトラスの表示,臓器ごとの画像解析などがあり,さらに,これらを発展させて組み上げるための基盤となる開発ツールも搭載されています。NIHの助成を受ける際には,データシェアリング規則によって,情報や技術をなるべく共有して同じものを一から作り上げるような無駄を省かなければならないという決まりがあり,そのために,こうした開発ツールを提供し,各研究者はそれぞれ得意な部分の開発だけを行うようにしているわけです。
現在,3D Slicerは約100名の研究者が実際に開発に携わっています。これは,共同で作業しているということではなく,ベースとなる技術を各自がダウンロードして,そこに自分の技術を載せてオープンソースで返してくれるという仕組みです。つまり,3D Slicerには米国中の最先端の知が詰まっていると言えますし,常に誰かが手を加え続けることで,短期間に研ぎ澄まされ,洗練されたものへと進化していくという点も,オープンソースの魅力だと思います。

●3D Slicerを利用して開発したソフトウェアの新規性と臨床的有用性

1.変形医用画像統合

手術の際,術前の画像で見えていたものが,術中に見えなくなることがあります。Interventional Radiology(IVR)のように術中に画像を撮影する場合も同様で,これが非常に問題だということで,約20年前から術前画像を術中画像に重ねて見えなくなったものを見えるようにする画像統合という考え方が出てきました。研究が始められた当初は,例えば手術の1週間前に撮られた画像と3日前に撮られた術前画像同士を重ね合わせ,しかも臓器が動かないことを前提とした剛性変換という方法が用いられていました。しかし,この方法では時期的な制約もありますし,実際には臓器は動きます。そこで,臓器が動くことを前提とし,なおかつ,術前画像と術中画像を術中に短時間で画像統合することを目的として開発された技術が変形医用画像統合です。
われわれが考えた方法は,術前画像を変形しながら術中画像に統合するという技術で,3D Slicerの新しさは,B-Splineと相互情報量という2つを使用した変形医用画像統合が,この1年ほどの間に安定して速く動くようになったことです。具体的には,B-Splineで変形の度合いを制御しつつ,なるべく画像と画像が合致するように画素同士を比べながら変形統合をしていきます。これは以前よく行われた,特徴点同士を結んで変形統合する方法ではなく,システム上での計算によって,モーフィングのような感じで自然に変形しながら自動的にフュージョンしていきますので,オペレーターは何もする必要がありません。MRIやCTはもちろん,超音波にも対応しており,例えば術前のMR画像を術中の超音波画像に変形しながら統合するようなこともできます。また,脳や肝臓,前立腺,肺など,さまざまな臓器に対応していますので,高速化と相まって,より多くの画像誘導手術に応用できるようになりました。
将来的に,例えば術中に撮影したPETなどの機能画像を形態画像に重ね合わせることが可能になれば,凍結療法(クライオサージェリー)などで治療後の組織が確実に壊死しているかどうかが手術中にわかりますし,さらなるデータ処理能力の高速化が図られれば,心臓などをターゲットにした四次元の変形医用画像統合による画像誘導手術が可能になると考えています。

2.DTIソフトウェア

脳神経領域の画像誘導手術にDTIを用いるようになって久しいですが,このとき使用するのはあくまでも術前の画像です。しかし,われわれは新たに,術中にDTIによる神経線維束の描出をインタラクティブに行う方法を開発しました。具体的には,術者が脳神経ナビゲーションシステムの位置センサーで起点(シード)を設定し,そこから神経トラクトグラフィを新たに作成するというものです。つまり,術前の画像を見ながら手術をするのではなく,いま手術を行っているまさにその場所の神経線維束の走行を調べながら手術を行うことができます。これにより,例えば腫瘍が神経線維束に浸潤しているかどうかを確認して,その場で手術戦略を立てることが可能になります。ここで重要なのは,術者の観点からトラクトグラフィを行ったことです。
これを実現するために必要な技術が2つあります。1つは,ファイバー作成の高速化で,これはHarvard大学のCarl-Fredrik Westin氏が行いました。2つめは,BrainLab社の協力のもと,脳神経ナビゲーションシステムの位置センサーをマウスポインターにしたことです。

●オープンソースソフトウェアによる産学連携の特徴

オープンソースソフトウェアのライセンスには,GPL(General Public License)とBSD(Berkeley Software Distribution)の2形態があります。GPLライセンスは,オープンソースソフトウェアのソースコードをダウンロードして自分の技術を加えたら,それもオープンにしなさいという考え方です。一方,BSDライセンスは,ソースコードを活用して商品化したら,そのソースコードは公開しなくてもよいというものです。そこで,3D SlicerはBSDライセンスとし,自由に製品開発に活用できるようにしました。最近では,特に欧米で多くの企業がオープンソースソフトウェアを使って製品開発を行っていますが,私はこれをもって,オープンソースソフトウェアによる産学連携であると考えています。
こうした中,オープンソースソフトウェアの先進性に早くから着目していたAZE社は,数年前からHarvard大学との研究協力体制の構築に力を注いできましたが,今回,Brigham and Women's Hospitalの産学連携プログラムの一環として,私が学術コンサルタントを務めることになりました。これは,3D Slicerを活用した産学連携なのですが,先ほど述べたように,3D SlicerはBSDライセンスなので,製品開発に自由に活用できます。しかし,ソースコードが120万行もあるので,効率良く活用するためにはWebページのどこを見ればよいかといったことを案内するガイドが必要です。そして,そのガイド役を私が務め,AZE社の製品開発の方向性に沿ってアドバイスをしていきます。このような方法は日本ではあまり一般的ではありませんが,それは国が研究予算を助成するときに,税金を無駄にしないためのデータシェアリングの仕組みを作ってないからです。米国でもまだ一般的とは言い切れませんが,少なくとも,こうしたことをひとつのイニシアチブとして大きな予算が動いています。

●医療の現場における医工連携の重要性

医療の現場における医工連携は,ほかの大学ではそれほどうまくいっていないと思いますが,まず大事なことは,少なくとも工学系の研究者が医学部の教官になったり,研究室を持って物理的に病院の中で研究を行うことが最低限必要です。また工学者は,机上の論理だけでは現状の問題をとらえることはできず,開発した技術を臨床応用するからこそ,新しい問題が見えてくるということにも気付くべきです。さらに,工学者であっても,自分の技術が医療応用されることで,多くの患者さんの幸せに貢献しているということに,喜びを持つような人が増えるべきではないかと思います。そういう人材育成を私自身が行っていきたいですし,あるいは人材育成をサポートするシステムを構築したいと考えています。そして何より,こうしたことを実現するためにも,工学系の研究者を喜んで迎え入れてくれる医師がもっと増えてくれることを期待しています。

(2009年11月30日RSNA会場にて:文責 編集部)

*本インタビューは学術的な観点から述べられたものであって,AZE社の製品のプロモーションではありません。

Nobuhiko Hata, Ph.D.
1993年東京大学工学部卒業。98年同大学院工学系研究科精密機械工学博士課程修了。ハーバード大学医学部リサーチフェロー,同大学医学部インストラクター,東京大学大学院情報理工学系研究科助教授などを経て,2008年より現職。

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