ホーム inNavi Suite東芝メディカルシステムズ別冊付録 新。超音波診断 Vol.3 乳腺エコーの最新動向
乳腺エコーの最新動向
Breast Ultrasound 乳房超音波の最前線−エラストグラフィ
植野 映(筑波大学大学院 人間総合科学研究科 乳腺甲状腺内分泌外科 )
乳がんの組織はdesmoplastic reactionにより硬くなることは古くから言われ,触診では重要な所見であった。リアルタイム超音波検査においても,動的検査にて腫瘍の硬さは評価され,診断基準の1つとなっていた。その硬さを超音波画像として表現することを目標として各国で研究されてきたが,わが国において世界に先駆けてその画像化に成功し1),臨床応用が可能となった2)。いまでは多くの企業がしのぎを削り,新しい弾性映像法“Elasticity Imaging”を開発しつつある。
発展の歴史
乳がんの硬さと可動性を評価するために,外力を加えてリアルタイム画像で観察する方法はわが国において考案され3),日本超音波医学会の腫瘤像形成性病変の診断基準にも採用されてきた4)。この硬さを画像化するために,米国のOphia, 英国のBamberらが1990年の初めより研究に取り組んできた。筑波大学の椎名は,Royal Marsden HospitalのInstitute of Cancer Researchに留学し,Bamberらとエラストグラフィの研究を進め,帰国後に独自に考案した複合自己相関法を応用して,エラストグラフィをアロカとともに開発した1)。当初は,白黒の画像,かつin vitroであったものの,非浸潤性乳管癌も明瞭に描出されたために,その将来性と,さらなる発展が期待された。しかしながら,開発資金に行き詰まり,資金と人材を提供する日立メディコ社との産学協同開発となった。その中で,当時,筑波大学の山川は,スライス方向へのズレを補正する拡張複合自己相関法5)を考案し,その精度は向上した。日立メディコ社の松村は,白黒のエラストグラムをカラー化し,白黒画像に重畳することを考案し,評価を容易にするシステムを構築した5)。筑波大学では,附属病院の倫理委員会を経て臨床症例が積み重ねられ,松村,植野,伊藤らは,臨床所見を組み合わせてTsukuba Elasticity Scoreを考案した6)。さらに,その硬さの定量化を図るために,植野,脇,椎名は脂肪と病変の歪みを比較するFat Lesion Ratio(FLR)を考案した。このエラストグラフィの発明は,広く世界に受け入れられるところとなり,フランスのAmy, イタリアのRizatto,ルーマニアのChioreanらが臨床応用を行っている。
さらに,新しいエラストグラフィが乳房用に開発されている。心臓の組織ドプラ法を利用したストレインイメージ,大きな音響放射圧で組織に歪みを与えてその変化を見るARFI(Acoustic Radiation Force Impulse)7),横波を用いて組織の歪みを見るShare Waveなどである8)。
弾性映像法の原理
1)組織ドプラ法(Tissue Doppler Imaging)
探触子を利用して,超音波の進行方向に組織を圧迫すると,その組織の硬さに応じて組織と探触子との距離(変位)が変化する。その変位は,図1のように表示される。これは,その組織の移動速度を表しており,深部ほど累積して探触子の方向に向かう速度は速くなる。この移動速度を微分することによって,その部分の組織の歪みが求められる9)。これがストレインと呼ばれるものである。したがって,ある部分での信号の長さをL0,圧を加えた後のフェイズにおける同じ信号の長さをLとすると,その歪みは下記の式で表される。
歪み=(L - L0)/L0 ……(1)
この歪みの値は,ROIの中での相対的な歪みの量としてカラー表示される。カラー表示の仕方は各企業により異なっており,東芝メディカルシステムズ社,日立メディコ社では,硬いものを青,順次柔らかい方向へ緑,黄,赤としている。それに対して,シーメンス社のみがその逆に設定している。色調の透過度から見ると,青を硬い組織とした方が乳がんを透見しやすく,診断には有利と思われる。
図1 組織ドプラ法によるエラストグラフィの原理図
乳がんは硬く,縮小しないために,それより深部の組織が探触子方向に向かう累積速度は遅い。この速度の変化(組織の位置の変位)を微分することにより,その部位の歪み(ストレイン)を求めることができる。この歪みを組織の硬さに代用している。
良性腫瘤の代表的な疾患に線維腺腫がある。線維腺腫は幼弱な時は柔らかく,加齢とともに徐々に硬くなる。その幼弱な線維腺腫を図2に示した。
医師あるいは技師がエラストグラフィを開始した初期は,適正な外圧を加えたかどうかの判断は難しい。東芝メディカルシステムズ社製品では,ドプラシフト(速度のプロファイル)をカーブ表示し,適切に圧がかけられているかどうかの評価がしやすくなっているのが特長である。図2(3)のように,速度プロファイルがサインカーブを描いて描出されていれば,適正な圧と判定してよい。その適切なサインカーブの中で,適切な時相を選択することになる。また,ターゲットとした組織はサークルで示され,そのサークル内のストレインはトラッキングして,経時的にグラフ表示される。このトラッキングデータから,FLRの値が計算される。速度プロファイルからほかの圧迫時相をを選択することにより,再度FLRの値を計算することも可能であり,一度のトライアルで複数のFLRが得られるのは便利である。
図2 組織ドプラ法による線維腺腫の症例
(1)は通常のBモード画像,(2)がストレイン画像である。腫瘤の内部が緑色を呈しており,良性疾患であることがわかる。(3)は探触子で加圧した時の速度プロファイルである。+は圧迫時,−は解除時となる。通常は,解除時の方が整ったカーブを描く。均一なカーブを描くためには,解除時の組織の変化の速度に加圧の速度を同調させていく。(4)はサークルのストレイン(歪み)の値を経時的に表したものである。文中の<1>式から求められる。黄色は(1)の図の黄色のサークルのストレイン,ピンクはピンクのサークルのストレインであり,両者ともに似かよったカーブを描いている。この黄色のストレインをピンクのストレインで除したものがFat Lesion Ratio(FLR)となる。このカーブは(5)に示されており,その平均は0.89で良性と診断される。
2)複合自己相関法
組織の変位を計算するために,包絡線を用いてはじめに位相を合わせ,次にその包絡線の中で変位を計算する10)。高速で走っている電車の中の客を識別することは難しい。この電車と同じ速度で並走する電車から,その中の客を観察することは可能である。複合自己相関法はそれと似たようなところがある。2回の自己相関を行っているため複合自己相関法と言われ,このアルゴリズムにより,リアルタイムにエラストグラムを描出させることが可能となった。
3)ARFI (Acoustic Radiation Force Impulse)
ARFIは,音響放射圧を加え,組織に歪みを与えて画像化する弾性映像法である。1〜4MHzの周波数の音をpush pulse として,100μsの間放出して収束させ,組織に1〜20μmの歪みを与えて,その歪みを画像化する。装置から一定の放射圧が与えられるため,その音圧は一定であり,検者の加圧の技術に依存することなく再現性の良い画像が得られる11)。他方,音響出力の安全性の面では完全にクリアされてないという意見もある。
4)Share Wave
Share Waveは,横波による組織の変位をとらえて組織弾性映像を結実させる方法である。定量性に最も優れている。
診断基準
1)スコア分類
定性的な診断基準としては,Tsukuba Elasticity Scoreがある。これは,低エコー域の色調をベースに判定するものである。低エコー域が青いものは悪性,その内部に緑が混入するものを良性としている。それぞれがさらに分類され,スコアは1〜5に設定されている12)(図3)。
スコア1が悪性のことはきわめて少なく,悪性であっても非浸潤性乳癌である。
スコア2の悪性の可能性は3%以下であり,カテゴリー2と符合する。カテゴリー3には非浸潤性乳管癌が混じてくるが,非浸潤性のことが多い。カテゴリー4は限局性の乳がん,すなわち充実腺管癌,粘液癌,髄様癌などが多い。カテゴリー5は星芒状の硬癌であることが多い。
図3 エラストグラフィスコアによる良悪性の鑑別
低エコー域の色調により5段階にスコア化され,その値が高いほど歪みが少なく,悪性の可能性が高い。
2)ストレイン比(strain ratio)
定性的な診断基準としてstrain ratioがある。乳房ではFLRが利用されている。これは,皮下の脂肪組織と病変部とを対比させたものである。コントロールを乳腺とするか脂肪組織とするかに多くの議論がなされた。乳腺は性周期により硬さが変化し,また,年齢によっても硬さや大きさが異なり,コントロールとしては一定しない。一方,皮下の脂肪組織は,30歳以降ではコントロールとなる脂肪組織は十分にあり,脂肪の硬さは性周期に左右されず,年齢変化はあるものの,硬さの変化は大きくない。1つの欠点は,10〜20代の女性および妊婦では,皮下脂肪組織が薄く,コントロールとして十分な組織量がないことであった。しかし,乳がんの発症は主に30歳以降であることから,一定の条件が整う脂肪組織が,最終的にはコントロールとして採用されている。
コントロールとして,当初は脂肪の歪みを分母としたが,弾性係数が高いほどその数値が低くなるため,逆数で表すこととした。したがって,FLRが高いほど硬い組織ということになる。良悪性のカットオフ値は,5.0が妥当と考えられている。図4の症例では,FLRが10.66と計算され,乳がんと診断される。
図4 組織ドプラ法による浸潤性乳管癌の症例
速度プロファイルは均一なサインカーブを描いており,適正に加圧されていると判定される。低エコー域は青く描出され,スコアは4。FLRは10.66と高く,乳がんと診断される。
まとめ
乳房超音波による画像診断,特にBモードによる診断は経験を要することから,診断できるようになるまでには3年,エキスパートの域に達するまでには5年を要すると言われる。しかし,エラストグラフィを診断に用いることで,3か月もあればエキスパートと同じ診断が下せるようになる。これは,ワインオープナーとよく似ている。ソムリエはソムリエナイフでワインをうまく開けられるが,われわれ素人には難しい。しかしながら,オートワインオープナーがあれば,ソムリエに負けないほどきれいに栓を抜くことができる。エラストグラフィを設置することにより,一般の診断医が乳腺の超音波専門医とほぼ同等の診断を下せるようになるであろう。
●参考文献 | |
1) | Shiina, T., Doyley, M.M., Bamber, J.C. : Strain imaging using combined RF and envelope autocorrelation processing. Proc. IEEE Ultrason. Symp. 1996, 1331〜1334, 1996. |
2) | Itoh, A., Ueno, E., Tohno, E., et al. : Breast disease ; Clinical application of ultrasound elastography for diagnosis. Radiology, 231, ・2, 341〜350, 2006. |
3) | Ueno, E., Tohno,E., Bamber, J.C., et al: Dynamic tests in real-time breast echography ultrasound in medicine & biology. 14, 53〜57, 1988. |
4) | 日本超音波医学会:乳腺疾患超音波診断のためのガイドライン.Jpn. J. Med. Ultrasonics, 32・6, 590〜601, 2005. |
5) | Yamakawa, M., Nitta, N., Shiina, T., et al. High-speed freehand tissue elasticity imaging for breast diagnosis. Jpn. J. Appl. Phys., 42, 3265〜3270, 2003. |
6) | 伊藤吾子, 植野映, 東野英利子・他:乳腺疾患におけるElastographyの臨床応用. New Wave of Breast and Thyroid Sonology, 6, 50?51, 2003. |
7) | Nightingale, K., McAleavey, S., Trahey, G. : Shear-wave generation using acoustic radiation force ; in vivo and ex vivo results. Ultrasound Med. Biol. Dec., 29・12, 1715〜1723, 2003. |
8) | Ogasawara, M., Jibiki, T.,Tanigawa, S.:The overview of elasticity imaging. New wave of Breast and Thyroid Sonology, 11・2, 44, 2008. |
9) | Okamura, Y., Kuga, I., Kamiyama, N.: Elasticity imaging using tissue doppler ultrasound.New wave of Breast and Thyroid Sonology, 11・2, 46, 2008. |
10) | Shiina, T., Nitta, N., Ueno, E., et al. : Real Time Tissue Elasticity Imaging Using the Combined Autocorrelation Method, Med. Ultrason., 29, 119〜128, 2002. |
11) | Saito, M.: New dimension of ultrasound. New Wave of Breast and Thyroid Sonology, 11・2, 45, 2008. |
12) | 乳腺甲状腺超音波診断会議編:乳房超音波組織弾性映像法 ; Elasticity Imging.乳房超音波診断ガイドライン改定第2版, 東京, 南江堂, 133?137, 2008. |