ホーム inNavi Suite 東芝メディカルシステムズ Seminar Report脳神経外科領域における最先端MR/CTの臨床応用 3T MRI脳脊髄液動態イメージング−Time spatial inversion pulse(Time-SLIP)technology 山田 晋也 東海大学大磯病院脳神経外科脳卒中神経センター長,脳神経外科准教授
日本脳神経外科学会第70回学術総会ランチョンセミナーLS-28
脳神経外科領域における最先端MR/CTの臨床応用
日本脳神経外科学会第70回学術総会が2011年10月12日(水)〜14日(金)の3日間,パシフィコ横浜で開催された。14日に行われた東芝メディカルシステムズ(株)共催のランチョンセミナーでは,新潟大学脳研究所脳神経外科分野の藤井幸彦氏を座長として,東海大学大磯病院脳神経外科脳卒中神経センター長,脳神経外科准教授の山田晋也氏がTime-SLIP法を用いた脳脊髄液の動態イメージングについて講演した。
3T MRI脳脊髄液動態イメージング
−Time spatial inversion pulse(Time-SLIP)technology
山田 晋也(東海大学大磯病院脳神経外科脳卒中神経センター長,脳神経外科准教授)
東芝メディカルシステムズが開発した非造影MRA技術であるTime-SLIP(Time- spatial inversion pulse)法は,血液や脳脊髄液などをRFパルスによって直接ラベリングすることで,非侵襲的に生理的状態での観察を可能にした。Time-SLIP法を用いて脳脊髄液(cerebrospinal fluid:CSF)の動きを画像化する方法がCSF flow imagingである。本講演では,正常脳および水頭症などの疾患に応用したCSF flow imagingについて,「Vantage Titan 3T」(以下,Titan 3T)による臨床画像を含めて報告する。
■脳脊髄液の循環動態
現在の脳脊髄液の循環動態については,20世紀初頭に,Cushing,Dandy,Weedらによって示された考え方がいまだに基本になっている。髄液は脈絡叢で産生(active formation)される。脳脊髄液は側脳室から第三脳室,第四脳室から脊髄クモ膜下腔に流れ出て,脳表のクモ膜顆粒から静脈に吸収(passive absorption)される。産生部位から吸収部位に向かって一方的に“ゆっくりとした川の流れのように”流れていく(unidirectional flow)とされてきた。Cushingは,髄液を血液,リンパ液に続くthird circulationと位置づけ,髄液は循環するという考え方が常識とされてきた。
しかし最近,Time-SLIP法による髄液の観察によって,この既成概念とは異なる循環動態が明らかになりつつある。
■Time-SLIP法による髄液動態描出のメリット
従来,脳脊髄液のトレーサースタディとしては,RIの脳槽造影やMetrizamide(メトリザマイド)を使ったCT Cisternographyが知られる。これらの方法は侵襲的であり,生理的な状態の観察が不可能な上,分子量や粘稠度が髄液とは大きく異なる造影剤は,ゆっくりとした流れの髄液の動きが本当に反映されているのだろうかという疑問があった。
観察したいのは,ありのままの髄液の流れであることから,髄液の動きを観察するための理想的なトレーサーは髄液そのものであると言える。Time-SLIP法では,髄液そのものをRFパルスでラベリングするため,動態を正確に描出することが可能になる。
図1は,Time-SLIP法による正常脳の画像だが,正常例において,本来は水頭症の所見であるとされた髄液が第三脳室から側脳室に逆流するreflux flowが観察できる。
図2は,同一患者における交通性水頭症のTime-SLIP法(a)とMetrizamide CT Cisternography(b)の画像である。図2 bでは側脳室に逆流する,いわゆるventricular refluxの所見が認められるが,図2 aでは逆流する脳脊髄液は認められない。これらの所見から,水頭症の時にはCT Cisternographyでは造影剤が逆流して側脳室に入ったのではなく,停滞した脳脊髄液の中を造影剤が拡散して到達していたのを観察していたと考えられる。外因性トレーサー(造影剤)が髄液の流れを正確に反映しないことがこの画像から明白である。
■Time-SLIP法の原理
Time-SLIP法は,arterial spin labeling(ASL)法をその技術の基本としており,髄液そのものを内因性の造影剤として使用することができる。Time-SLIP法による髄液のラベリングは,まずnon-selective IR pulseによって背景信号を抑制し,次に任意の場所の髄液のみをもう1回反転させることでラベリングする。時間を置いて撮像するとラベリングされた髄液が,抑制された背景信号部分に流れ込むことでコントラストがついて,髄液の循環動態の描出が可能になる(図3)。
ラベリングパルスは,1.5Tの場合約8秒で完全に回復するので,この間が観察可能な時間となるが,コントラストの減弱を考えると実質的な観察時間は約5秒から6秒となる。逆に言えば,8秒待てば何度でも同じ部位を繰り返し検査することが可能である。非侵襲的に同じ部位を観察できることは,動態の再現性を確認することになり,想像以上のメリットがある。
特に東芝のMR装置では,ラベリングの位置や角度,幅(太さ)の設定の自由度が高く,複数タグの設定も可能になっており,臨床での有用性が高い。さらに,髄液の撮像に最適化するように,パラメータのチューニングなどの開発を当院と共同で行っている。
図4は,Titan3TによるTime-SLIP法の画像だが,中脳水道を通る髄液がきわめて高画質に描出されている。
従来のPhase Contrast(PC)法との違いは,PC法が心拍に同期した約1秒間の観察であるのに対して,Time-SLIP法では5〜6秒の観察ができることである。RI脳槽造影やMetrizamide CT Cisternographyでは数時間,あるいは数日単位の観察であるので,約5秒間の髄液の動態はTime-SLIP法で初めて描出された時間帯と言えるだろう。
■正常脳における脳脊髄液の動き
まず,Time-SLIP法による正常脳の髄液の動きを見ていく。
図1でも示したように,Time-SLIP法では,正常脳で第三脳室から側脳室への髄液の逆流が認められる。従来の古典的な髄液の循環動態のコンセプトとは異なる動きだが,日常臨床の場では,FLAIR法で側脳室内のフローアーチファクトとしてよく経験される所見である。髄液のフローアーチファクトであり,正常の所見だとされてきたが,教科書にこの部位の髄液の流れについての具体的な記載はなく,Time-SLIP法で初めて描出された動態だと言える。
図5は,正常脳で,第三脳室と第四脳室の中の髄液が攪拌される動きが描出されている。これもTime-SLIP法以前では観察し得なかった所見であり,このような乱流を描出するのにもTime-SLIP法は優れている。
Titan 3Tで第三脳室と第四脳室を撮像し拡大すると,逆流した髄液が視床間橋にぶつかって,一方は視床間橋の下側を回り込み,後側は松果体の方向に向かう流れが描出され,1.5Tとは次元が違う詳細な観察が可能になっている(図6)。このような第三脳室内の髄液の動きを見ると,髄液には,従来から言われている外力の衝撃から脳を守るbuoyancy(浮力)の役割や,脳からの老廃物が排泄される場所という機能以上の存在意義があるのではないかと想像される。
髄液は,正常脳第四脳室から流れ出る際には多くはルシュカ孔を通る様子が観察されるが,時々マジャンディー孔を通過して流出する画像がとらえられる。小脳の下方,脳幹の後ろ側の髄液は,ほとんど動かずに腹側前方に回り込み,延髄腹側から橋腹側のクモ膜下腔の速い髄液流に流れ込む。
図7は斜位の撮像を行い,中脳水道とモンロー孔,側脳室体部を同一面でとらえた画像である。中脳水道では速いpulsatile flowが見えるが,側脳室内ではゆっくりとしたslow flowが見えるだけである。同じ頭蓋内環境であっても,脳の場所によってpulsatile flowが異なることに注目する必要がある。
これまで,検出技術の限界から,動物実験や静止した状態での髄液の動態しか観察できなかったが,実際の髄液は立つ,歩く,走るといったいろいろなポジションで,われわれが想像しないような髄液の動きがあることが容易に推測される。Time-SLIP法によって,生理的な状態での観察が可能になることで,髄液が単純に循環するのとは違う動態を持つという新しい知見が得られつつあると言っていいだろう。
シルビウス裂内でも,速い髄液のpulsatile flowが観察できる。一方で,シルビウス裂から大脳円蓋部につながる部分では,教科書的には髄液の流れがあるというイメージがあるが,実際に手術を行う脳神経外科医は髄液がその場所を容易に通過し得ないことを経験している。開頭をしていない生理的条件下でのMRI画像でも,この部位に髄液の流れがないことが確認される。髄液の吸収路は,大脳円蓋部からクモ膜顆粒を通して吸収されるとされているが,円蓋部の髄液はstand stillの状態であり,髄液の出口であるとされる部位に向かう流れは存在しない。シルビウス裂や脳室に見られる拍動流に比べると,長い時間単位では交通性が存在するであろうが実質的な髄液の流れはない。これは,髄液の吸収路の首座がクモ膜顆粒ではないことを強く示唆する所見であると考えられる。髄液の流れの概念も,前述したように100年が経過し,新しいテクノロジーでの再検討が必要な時期にあると考える。
■病的状態での脳脊髄液の動き
次に,水頭症症例におけるTime-SLIP法による髄液の動きを示す。水頭症では,中脳水道での髄液の流れは速くなる傾向にあり,正常脳で観察された第三脳室から側脳室に向かうreflux flowは認められない(図8)。
図8 Time-SLIP法による水頭症のCSF
第三脳室から側脳室に向かうreflux flowが消失する。
●クモ膜下出血後の水頭症
クモ膜下出血後の水頭症(図9)は,交通性水頭症と言われる。第三脳室から側脳室へのreflux flowが消失し,中脳水道での髄液は乱流を示していることがわかる。また,中脳水道の流れを見ると,laminar flow(層流)からturbulence flow(乱流)に変わっており,髄液流速の測定には向かない流れであることが理解される。脳室内髄液循環路の閉塞ではないという意味では,交通性水頭症として間違いではないが,言葉の定義上(terminology)の問題は別として,クモ膜下出血後水頭症は,クモ膜顆粒における髄液の吸収障害による交通性水頭症ではなく,橋前槽における脳脊髄液循環障害によるクモ膜下腔閉塞性水頭症であることが,Time-SLIP法で一目瞭然となる。
●多嚢胞性外傷後水頭症
外傷後水頭症では,嚢胞間の髄液の交通はTime-SLIP法で容易に観察できる。図10は,多嚢胞性外傷後水頭症のアキシャル像で,第四脳室内に1個の嚢胞があり,髄液が下方に流れて側壁に当たって跳ね返る様子が描出されている。このような嚢胞内の髄液の流れの描出はTime-SLIP法以外では不可能である。この症例では,各嚢胞間に交通があるという情報がTime-SLIP法によって術前にわかり,V-Pシャントのみで治療を行うという治療法の選択が可能となった。
●Syringomyelia(脊髄空洞症)
水頭症を合併した脊髄空洞症症例(図11)では,常にCranio-Cervical JunctionにおけるCSFのブロック(交通遮断)が観察できる。後頭下減圧手術の画像(図11 b)では,手術により脳幹が背側に移動し,脳幹腹側にスペースができることで,ブロックが解除され,その部分の髄液が動き出していることが理解される。
●Aqueduct stenosis(中脳水道狭窄症)
Aqueduct stenosisもTime-SLIP法がきわめて有用な症例で,髄液路の閉塞の有無だけでなく狭窄の程度まで描出でき,神経内視鏡によるETV(Endoscopic Third Ventriculostomy)後の開窓部開存率の確認(図12)も容易に可能である。
■最新技術により,100年前の髄液動態の常識の再検討を
Time-SLIP法を用いることで,髄液はターンオーバーし,pulsationしているが,一方向に単純に流れているわけではないことが観察できた。3T MRIの時代を迎えて,さらに詳細な髄液生理の情報が得られることが可能になってきており,Titan 3TとTime-SLIP法を使って,100年間の髄液循環のコンセプトの誤解を再検討することが期待される。
What is CSF Flow Imaging?