ホーム inNavi Suite シーメンス・ジャパン 別冊付録 The 3rd Definition Symposium Report SessionW:Short Lecture 逐次近似画像再構成法: SAFIRE:Sinogram Affirmed Iterative Reconstruction 伊藤俊英(シーメンス・ジャパン株式会社 リサーチ& コラボレーション,チーフサイエンティスト)
SessionW:Short Lecture
逐次近似画像再構成法: SAFIRE:Sinogram Affirmed Iterative Reconstruction
伊藤俊英(シーメンス・ジャパン株式会社 リサーチ& コラボレーション,チーフサイエンティスト)
逐次近似画像再構成法は計算コストの高い画像再構成法ではあるが,近年のコンピュータ資源の発展により実用化の目処が立ってきている。本講演ではシーメンスの新しい逐次近似画像再構成法“SAFIRE(Sinogram Affirmed Iterative Reconstruction)”の原理や特徴について,現在最も広く実用化されているFiltered Back-projection(FBP)との比較も交えながら解説する。
■ FBPの原理と限界
FBPは計測プロジェクションデータ(サイノグラム,Sinogram)に対してカーネルをコンボリューションし,少なくとも180度の方向から,バック・プロジェクション(Back-projection)と呼ばれる加算処理によってCT画像を再構成するアルゴリズムの総称である。バック・プロジェクションというプロセスは数学的に線形なので,仮に十分な精度によってその逆方向の演算,つまりフォワード・プロジェクション(Forward-projection)を実装できるとすれば,再構成されたCT画像からオリジナルのサイノグラムが再現できることになる。
ここで期待されるのは,計測されたオリジナルのサイノグラムと,フォワード・プロジェクションによって再現されたサイノグラムが完全に一致することであるが,実際には相互の差分はゼロにはならない。これにはマルチスライスCTの発展が影響していると考えることもできる。データ汚染に対するロバストネスなどの現実性を勘案し,現行の臨床用のX線CTには近似解型に分類されるFBPアルゴリズムが実装されているが,検出器の多列化によるコーン角度の広がりとともに,コーンビーム・アーチファクトの補正は難しさを増してきている。
また,検出器コリメーションの狭小化による画像スライスの薄化とスパイラルタイプの撮影テクニックによって,等方性のボリュームデータが容易に取得できるようになったものの,その副作用としてウィンドミル・アーチファクトが顕在化している。そしてガントリ回転スピードの高速化と被ばくに対する懸念は,結果として画像ノイズの増加を誘導しており,空間分解能と画像ノイズがトレードオフの関係にあるFBPアルゴリズムでは,とりわけ深刻な状態にある(図1)。
図1 FBPのリミテーション
■ SAFIREの原理と特徴
こうしたFBPの弱点を解決するために,近年注目されているのが逐次近似型の画像再構成である。逐次近似型の画像再構成は,計測されたオリジナルのサイノグラムと,フォワード・プロジェクションによって再現されたサイノグラムとの差分を最小化するように演算を反復(Iteration)するアルゴリズムで,その代表格のひとつであるPenalty Weighted Least-Square(PWLS)を拡張し発展させたのが,シーメンスのSAFIREである。
●Penalty Weighted Least-Square(PWLS)
PWLSは図2のような数式として表現できる。オレンジで示した部分はCT画像をフォワード・プロジェクションして得たサイノグラムと,オリジナルのサイノグラムとの差分である。この差分は画像再構成のプロセスに起因するエラーと考えられる。そこでこのサイノグラムの差分をバック・プロジェクションした画像(補正画像:Correction image)を元のCT画像から減算してやれば,よりオリジナルのサイノグラムを反映したCT画像が得られることになる。
図2 PWLSの基本式と特徴
フォワード・プロジェクションの過程では,焦点サイズ,検出器開口,焦点―検出器間距離,エックス線スペクトルなどさまざまなスキャナの物理特性を反映させることができる。考慮する要素を増やせば増やすほど精密なシステムモデルが構築できるので,アーチファクトや空間分解能の改善に寄与できる反面,アルゴリズムの複雑性は増し,演算時間の延長は避けられない。また,グリーンの部分は数学的には解の安定化を目的とした正規化(Regularization)項であり,ローパスフィルタとして局所ノイズの平滑化に効果がある。
PWLSではこれら一連のプロセス,つまり補正画像によるアーチファクトの抑制,正規化による局所ノイズのスムージング,を反復して漸近的に理想的なCT画像を作成していく(図3)。
図3 PWLSのパイプライン
● PWLSからSAFIREへの拡張
図4は,反復回数とアーチファクトの抑制速度,および画像ノイズの平滑速度を調べたものである。グラフが示すとおり,アーチファクトの抑制はノイズの平滑化よりも少ない反復回数で効果が得られる傾向がある。そこでSAFIREでは,(1) サイノグラムベースのアーチファクト抑制処理(Rawdata-loop),(2) イメージベースの画像ノイズ平滑化処理(Image-loop),の2つの独立したプロセスに分解することによって,演算処理の最適化と高速化を図っている(図5)。一般に画像に含まれるアーチファクトと画像ノイズの程度は,撮影対象,撮影条件などによってさまざまなので,独立化によりそれぞれの反復回数をアダプティブに調整できるメリットは大きい。
図4 アーチファクトと画像ノイズの低減スピードの違い |
図5 SAFIREの原理と特徴 |
サイノグラムベースの反復処理によるアーチファクト抑制効果を図6に示す。椎体からのストリーク状のアーチファクトや,周辺のモアレ状のアーチファクトが,SAFIREによって効果的に抑制されていることがわかる。この効果は,例えば心臓CTの臨床例においても観察することができる(図7)。
図6 FBPとSAFIREのアーチファクト抑制効果の比較 |
図7 臨床例によるFBPとSAFIREのアーチファクト抑制効果の比較 |
逐次近似型の画像再構成に対するもうひとつの期待は,低線量撮影画像からの信号復元である。ただし,単純に画像ノイズを低減するだけではなく,それにともなう空間分解能の劣化が最小限であることが求められている。
図8は,SAFIREによる画像ノイズ抑制効果を示したものである。サブトラクション画像からは,分解能を損なうことなく,画像ノイズだけが効果的に除去されている。また,SAFIREでは画像ノイズ低減後のCT画像の“テクスチャ(texture)"にも配慮がされている。非線形かつ異方性の反復型イメージベース・ノイズフィルタによって,単に物理指標としての画像SD値の改善だけではなく,処理後のCT画像があたかも高線量撮影の画像のような“ナチュラル"なテクスチャになるよう配慮がなされている。
図8 FBPとSAFIREの画像ノイズ低減効果の比較
● SAFIREによる線量低減効果
SAFIREでは,画像ノイズの低減強度(strength)を5段階に調整できるようになっている。FBPを100%とすると,strength=3では画像SDが約マイナス30%,strength=4では約マイナス40%の画像ノイズ低減率になる。つまり,仮にFBPと同等の画像SDならば,それぞれstrength=3では約50%,strength=4では約60%の線量低減率になる。
臨床例を図9に示す。左は線量50%のFBPの画像,中心は線量50%のSAFIREの画像,そして右は線量100%のFBPの画像である。下大静脈部分の画像SDが示すとおり,SAFIRE(strength=3)ではFBPの約50%の線量ながら,線量100%のFBP画像と同等,もしくは,より良好な画質が得られていることがわかる。
図9 臨床例によるSAFIREの線量低減効果の比較
■ まとめ
SAFIREはPWLSを独自に拡張したシーメンスオリジナルの逐次近似型画像再構成アルゴリズムである。サイノグラムベースの反復処理(Rawdata-loop)とイメージベースの反復処理(Image-loop)によって,それぞれアーチファクトやノイズの除去を行い,加えて自然なノイズテクスチャのCT画像を作成している。2つのプロセスを独立させることによって演算処理の最適化と高速化を図った結果,現在のハードウェア構成では秒間20枚の画像再構成スピードを実現している。