フィリップスエレクトロニクスジャパン

ホーム の中の inNavi Suiteの中の フィリップスエレクトロニクスジャパンの中の Technical Noteの中の MRI−上腹部領域における“MultiTransmit”の有用性

Technical Note

2010年4月号
Abdominal Imagingにおけるモダリティ別技術の到達点

MRI−上腹部領域における“MultiTransmit”の有用性

諏訪 亨
マーケティング本部MRアプリケーション

全身対応3.0T装置の普及が急速に進み,日常臨床における3.0T装置の使用が増えている。誘電率効果による信号不均一を補正するアルゴリズムの開発により,上腹部領域のルーチン検査として3.0T装置を使用している施設が増えてきているが,有用性が確立されるには至ってはいない。原因として,T1値の延長という物理特性の影響だけでなく,RFパルス不均一の影響が組織コントラストの低下を招いていたことが挙げられる。“MultiTransmit”は,RFパルスを根本的に改善することにより,誘電率効果による信号不均一だけでなく,これまで問題となっていた組織コントラストを大幅に改善する革新的な技術である。
本稿では,MultiTransmitの原理と臨床的メリットを紹介する。


■MultiTransmitの原理

これまで3.0T装置におけるRFパルス不均一の原因は,体内への入射波と体外へ抜けなかった反射波の干渉と考えられてきたが,実際には,Quadrature送信における位相角が90°異なる2つのRFパルスが引き起こす干渉が主な原因であると確認されている1)。この現象をハードウエアの観点から見た場合,入射波をコントロールすることは比較的容易であり,干渉によるRFの不均一に対し,技術的に改善可能であることを認識できる。MultiTransmitは,このRF送信の問題解決を目的として開発された。
MultiTransmitの手順は3つに分けられ,順を追って説明する。最初に,患者の撮像部位に応じたRFパルスの分布を測定する。続いて,得られたRFパルスの分布から,シミュレーションによって最もRFパルスの分布が均一になるように送信RFパルスをデザインする。具体的には,RFパルスの振幅と位相の値を計算式に当てはめ,RFパルスの分布が最も均一になる値を求めている。この方式の優れているところは,イメージベースでRF分布のシミュレーションを行い,患者ごと,さらに撮像部位ごとに最適な調整が可能なことである(図1)。このシミュレーション画像のように同一のファントムであっても,腹部領域と乳腺領域では,最適なRFパルスによるRF分布は異なることが確認できる。図2は,複数の患者における最適なRFセッティングの分布である。最適なRFセッティングは撮像部位ごとに特定の場所に分布しているが,この分布の中では大きなバラツキが存在する。このデータからも,患者ごとだけでなく部位ごとに最適化を行う必要性を確認できる。
最後に,シミュレーションで決定したRFセッティングで,独立した複数のRFアンプから実際に送信を行う。複数のRFアンプを使用することで,患者ごと,さらには,部位ごとに最適化された理想的なRFセッティングに対応した精度の高いRF送信が可能となる。

図1 最適RFパルスのシミュレーション
図1 最適RFパルスのシミュレーション
患者ごとにRFパルスの分布を確認し,最適なセッティングをシミュレーションで求めている。腹部もしくは乳腺と別々の関心領域に特化したセッティングが可能である。

図2 複数患者でのRFセッティング
図2 複数患者でのRFセッティング
患者ごとに最適なRFセッティング(振幅と位相)が異なっている。また,撮像部位ごと(腹部,乳腺)に異なるセッティングが必要である。

■MultiTransmitの画質改善

MultiTransmitによる画質改善効果は,以下に示すような項目が挙げられる。
  ・画像均一性の向上
  ・組織コントラストの向上
  ・脂肪抑制効果の向上
  ・balanced sequenceの画質改善
これまでMultiTransmitの画質改善効果として,RF分布の最適化に伴う信号均一性の向上が注目されてきた印象を持つが,臨床の現場において高い評価を得ている改善効果は,組織コントラストの向上である(図3)。従来のRF送信で課題とされていた信号均一性の低下は,同時に,設定したフリップアングルとは乖離した値でスピンが励起されていることを意味している。フリップアングルはコントラストと密接な関係があり,設定したフリップアングルにスピンが励起されないことは,組織コントラストの低下につながる。この現象が,1.5Tの画像と比較して違和感を持たれる要因となっていた。MultiTransmitでは,スピンが均一に設定フリップアングルまで励起されるため,従来送信と比較して組織コントラストが改善される。さらにRF送信の最適化は,脂肪抑制との併用やbalanced sequenceにおいても恩恵を受ける(図4)。脂肪抑制パルスも精度の高いRFコントロールを必要とし,脂肪抑制の改善効果が得られる。
MultiTransmitのメリットとして,高画質画像を安定して得られることも特筆すべき点である。3.0T装置における問題点は,体型の違いや腹水の有無といった患者に依存した画質変化が顕著であることだが,患者ごとにRFパルスの分布を確認し最適化することで,患者の体型や状態に依存せず安定して良好な結果が得られる。

図3 上腹部領域における画像比較
図3 上腹部領域における画像比較
a:3.0T。従来送信のT1W/FFE(B1補正あり)
b:3.0T。MultiTransmitによるT1W/FFE
c:1.5T。T1W/FFE
d:3.0T。従来送信のT2W/TSE(B1補正あり)
e:3.0T。MultiTransmitによるT2W/TSE
f:1.5T。T2W/TSE

図4 MultiTransmitによる画質改善:脂肪抑制とbalanced sequence
図4 MultiTransmitによる画質改善:脂肪抑制とbalanced sequence

■局所SAR低減による撮像時間短縮

もう1つのメリットとして,局所SAR低減による撮像時間の短縮が挙げられる。RFパルスの均一性が向上することで,ホットスポット形成の危険性が減り,局所SAR上昇による撮像時間の延長が軽減される。シーケンスによりSAR軽減効果は異なるが,従来のRF送信と比較して約30〜40%の撮像時間短縮効果を期待できる。

RFパルスを根本的に改善するMultiTransmitにより,画像均一性,組織コントラスト,脂肪抑制効果が改善し,患者に依存せず安定したクオリティの高い画像を得ることが可能なった。上腹部領域では,ダイナミックや肝特異性造影剤を使用した場合には3.0Tの高分解能撮像のメリットがあり,この技術が3.0T装置でのさらなる有用性を確立することを期待する。


●参考文献
1) Collins, C. et al. : Central Brightening Due to Constructive Interference With, Without, and Despite Dielectric Resonance. J. Magn. Reson. Imag., 21, 192〜196, 2005.


【問い合わせ先】 フィリップスお客様窓口 フリーダイアル:0120-556-494