ホーム inNavi Suite 日立メディコ 別冊付録 磁遊空間 Vol.25 日立メディコと徳島大学 乳房MRSの新しいアプリケーション開発に向けた共同研究が進行中 阿南医師会中央病院のECHELON Vegaで乳がん術前MRI検査にMRSを実施し臨床データを収集
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日立メディコと徳島大学
乳房MRSの新しいアプリケーション開発に向けた共同研究が進行中
阿南医師会中央病院のECHELON Vegaで乳がん術前MRI検査にMRSを実施し臨床データを収集
日立メディコと徳島大学大学院ヘルスバイオサイエンス研究部生体防御医学講座放射線科学分野の原田雅史教授は,同社の超電導型1.5T MRI「ECHELON Vega」による「乳房proton MR spectroscopyの最適化と定量的解析法の開発による乳がん診断への有用性の検討」の共同研究を2010年4月より進めている。日立メディコが乳房MRS用に新たに開発したアプリケーションについて,原田教授が臨床症例での検証と評価を行い,臨床データは徳島県阿南市の阿南医師会中央病院が研究協力施設として提供している。
日立メディコと徳島大学の乳房MRSの共同研究の経緯とこれまでの成果,阿南医師会中央病院におけるECHELON Vegaの運用について,原田教授と阿南医師会中央病院放射線科の藤本博之技師長,東龍男診療部長に取材した。
■日立メディコと徳島大学が乳房MRSの共同研究をスタート
日立メディコの1.5T超電導型MRIであるECHELONシリーズ(Vega,RX)には,MRS解析機能が搭載されている。スタートボタンをクリックするだけで調整,計測ができ,精度の高い解析結果が得られる“ワンボタン計測,ワンボタン解析”を特長とする。MRSのデータ解析エンジンには,定評のある“LCModelソフトウエア(S-Provencher社製)”が採用されており,MR装置コンソール画面上での操作,解析結果の表示が可能になっている。原田教授は,このECHELONシリーズにおけるMRS解析機能の開発に初期段階からかかわってきた。
「MRS解析機能のワンボタン計測の評価や,LCModelユーザーとしてパラメータの調整や表示方法についてアドバイスをしていました。乳房MRSについても,欧米メーカーとは異なる新しい計測方法について話し合いをしていましたが,以前から非常勤で勤務していた阿南医師会中央病院にECHELON Vegaが導入されたことをきっかけとして,乳房でのMRSの新しいシーケンスの開発について,日立メディコと共同研究をスタートすることになりました」
阿南医師会中央病院には,2010年2月にECHELON Vegaが導入されたが,徳島大学との共同で倫理委員会の承認を得て,同年4月に共同研究がスタートした。役割分担としては,日立メディコ(協力機関:日立製作所)が乳房MRSのアプリケーションの開発およびシーケンスの調整,原田教授がアプリケーションの臨床評価と研究,阿南医師会中央病院は乳がんの術前MRI検査の際にMRSを行い臨床データの収集を行う。
■新しい脂肪抑制法を採用した乳房MRSアプリケーションを開発
MRSは,ケミカルシフトを利用し,体内の代謝物質の情報を非侵襲的に検知する手法として,特に脳神経領域では腫瘍や変性疾患の鑑別,経過観察などに利用されている。頭部(脳)領域では,測定物質としてN-アセチルアスパラギン酸(NAA:正常な神経細胞の量を示す),コリン(Cho:細胞膜代謝の活性度を示す),クレアチン(Cr:神経/グリア細胞の量を示す),乳酸(Lac:嫌気性代謝の活性度を示す)などの代謝物質を計測し,周波数ごとの信号強度を表すスペクトルグラフとして表示する。
乳房MRSでは,脂肪が豊富な乳房で悪性腫瘍にのみ存在するコリンを正確に検出するための脂肪抑制法が課題となっている。MRSの脂肪抑制法としては,脂肪メインローブ信号を抑えるBASING法と,脂肪サイドバンド信号を抑制するTE-Averaging法があるが,日立メディコでは併用が困難とされた2つの手法を組み合わせた「Hybrid脂肪抑制法搭載TE Averaging」を開発した。ECHELON Vegaの乳房MRSアプリケーションに搭載し,阿南医師会中央病院の臨床症例でコリンの検出強度と脂肪抑制のバランスなど各種パラメータの調整を行い,臨床に応用できるアプリケーションとして改良を進めることが共同研究のねらいである。原田教授は,乳房MRSアプリケーションの開発について次のように語る。
「乳房MRSの脂肪抑制法にはMRIメーカー各社が取り組んでいますが,Hybrid脂肪抑制法では2つの手法を組み合わせることで,さまざまなタイプの乳がん患者に対して安定した脂肪抑制効果が期待できます。共同研究では,実際の乳がん症例で検査を行い,脂肪抑制効果やコリンの信号検出状況,測定後のLCModelの乳房用解析コマンドなどについて検証や評価を行い,日立メディコにフィードバックしています。研究開始当初は,脂肪抑制はできたもののSNRが下がって代謝物質の信号も落ちたということもありましたが,現在では脂肪信号が十分に抑制されて,安定したスペクトルが得られています」
MRS解析機能を搭載する超電導型1.5T MRI 「ECHELON Vega」 |
ECHELON Vegaのコンソール。計測領域を設定しワンボタンで計測,解析が可能なMRS解析機能を使用し乳房MRSを行う。 |
乳房撮像専用コイル |
■プロトンMRSによるコリンの計測で化学療法の効果を予測
乳房MRSでは,乳腺腫瘍の良悪性の鑑別診断や,術前化学療法における効果判定への応用が見込まれている。術前化学療法では,投与している抗がん剤が腫瘍に対して有効かどうかを早期に判断する必要があるが,MRSでは形態変化が起きる前にコリンの数値で判断し,効果判定予測につなげることが期待されている。原田教授は,乳房MRSの臨床での可能性について,次のように述べる。
「コリンの信号の強さは腫瘍の悪性度を表していますが,MRSで化学療法の前後のコリンの値を計測し,信号が落ちていれば抗がん剤が奏効していると考えられます。形態変化が出る前にMRSの信号値で予測できれば,化学療法を続けた方がいいのか,抗がん剤を変えた方がいいのかなどの方針を早期に判断することができます。現在は,1クール終了後(2〜3週間)に計測していますが,早いものでは1週間後でもわかるという論文も出ています。化学療法前後のMRSのコリンの値の低下率で,抗がん剤の治療効果を予測することが研究テーマのひとつです」
乳房MRIは,術前に撮像されることが増えてきたが,MRSまで行われるケースは少ない。原田教授は現在,日本磁気共鳴医学会のプロジェクトの代表として『proton MRSの臨床有用性コンセンサスガイドライン』作成などを手掛けているが,MRSの普及については,「保険適用が一番の近道ではありますが,MRSのデータの標準化とより簡単な計測方法を提供していくことも必要です」と言う。
■阿南医師会中央病院での乳房MRSの現状
阿南医師会中央病院では,共同研究における臨床データの取得のため,乳がんの術前MRIの撮像の際に患者の同意を得て,全例でMRSを追加して検査している。乳房撮像では,乳房専用コイルを使用し,表1のようなプロトコルで行っている。MRSは造影前後で2回計測し,トータルの撮像時間は約25分,MRSの解析を含めて45分程度で終了する。
放射線科の藤本博之技師長は,共同研究の協力機関として同院での乳房MRI/MRS検査について,次のように説明する。
「乳房MRIは,乳がんの鑑別診断や化学療法の効果判定に大きな役割を果たしています。さらに乳房MRSを追加することで,がんの組織診断にまで診断効果が及び,治療方針や術後の予後経過観察などに大きく貢献していると実感しています。これまで大学病院などの一部の研究機関でのみ行われていた乳房MRS検査が,1.5Tの普及機クラスに標準搭載されることになれば,“どこにいても精度の高い医療が安心して受けられる”という,地域医療の高度化を常に考え目標と掲げる私たちにとって大きな一歩となります」
さらに,ECHELON VegaのMRS解析については,「ECHELON VegaのMRSはワンクリックで行えますが,腫瘍の範囲を同定してROIを正確にとることが重要です。そのためには検査者が乳腺の構造や乳がんの種類によるパターンを理解するのと同時に,マンモグラフィの画像やカルテの所見などの患者情報をしっかりと把握して検査を行うことが必要です。MRSではROIの取り方ひとつで結果が変わってしまいますので,検査の際にはさまざまな情報から判断し,高いレベルの検査ができるように心掛けています」と述べている。
表1 阿南医師会中央病院における乳腺撮像プロトコル
■乳房MRSの新しいアプリケーションとして製品化をめざす
MRSでは,磁場強度が高いほどSNRが向上し,良好なスペクトルが得られるが,1.5T MRIによる乳房MRSの可能性を原田教授は次のように語る。
「MRSだけを考えれば高磁場のMRIの方が有利ですが,乳房の検査全体を考えた時には3Tがベストとは限りません。さまざまなタイプの乳房の撮像に対応するには,オーソドックスに安定した検査が行える1.5Tの方が有利なところがあります。今回の乳房MRSのアプリケーションを1.5Tで開発したのも,乳房に関してはコンスタントに臨床で応用できると考えたからです」
共同研究の到達目標について原田教授は,「最終的には,使いやすく,安定して結果が得られるアプリケーションとして完成度を高め,臨床機に搭載して実際に臨床で使われることが最大の目標です。その上で,ダイナミック造影MRIのKtransのような組織レベルでの変化を見る指標として,MRSのデータが活用できないか検討を進めています。将来的には,そういった研究にまで応用できる手法として利用できるように,精度を高めていきたいと考えています」と言う。
ワンボタン計測などクリニカルMRSの可能性を追究したECHELONシリーズの新たなアプリケーションの登場が期待される。
●阿南医師会中央病院でのECHELON Vegaの運用
地域からのさまざまな検査依頼に応える画質と,迅速な検査を可能にする操作性を評価
阿南医師会中央病院は,全国で8番目の医師会立の病院として1963年に設立され,当初から開業医を中心に地域と連携した医療を展開してきた。2001年には地域医療支援病院の認可を徳島県では初めて受けている。放射線科のスタッフは,東龍男診療部長のほか,非常勤医師3名,診療放射線技師5名,事務3名など。モダリティはMRIのほか,CT,マンモグラフィ,血管撮影装置などがそろう。読影は,CTについては東部長が全例担当し,MRIは原田教授をはじめとする非常勤医師による専門的な読影を行う体制となっている。東部長は放射線科の診療のポイントを次のように語る。
「医師会立の病院ですので,地域の開業医からの紹介検査が多いのが特徴です。直接の検査依頼のほか,当院の診療科を通しての紹介を含めれば8割が紹介検査です。それだけに,診療ではスピードを重視して,他院への紹介を含め迅速な対応ができるように体制を整えています。CTは予約枠のほかに当日の緊急検査に対応しており,MRIについても,急性期の脳梗塞が疑われるような場合には即時対応しています」
同院では,他社製の0.5T MRIからのリプレイスで1.5TのECHELON Vegaを選定したが,その理由を藤本技師長は次のように言う。
「当院では,多様な検査を行う必要性があることと,ランニングコストなどのコストパフォーマンスをトータルで判断して,3Tではなく1.5TのMRIの導入を決定しました。ECHELON Vegaを選択したのは,3Tのダウングレードではなく,1.5Tに集中して開発を行う日立メディコの姿勢を評価したからです」
また,同院では放射線科の画像診断機器の導入基準として,画質に重点を置いて選定を行っていると藤本技師長は言う。「すべてのモダリティで,機種の選定では画質を最優先にしています。ECHELON Vegaについても同様に,高い静磁場均一性に基づく画質の安定性を高く評価しました」
MRI検査としては,乳房のほかに整形外科の骨や四肢,下肢血管の造影検査,脳ドックを含めた脳神経外科領域,泌尿器科の前立腺や婦人科領域など,心臓以外すべての部位の撮像を行っている。東部長は,「MRIは,頭部や乳腺をはじめとして,原田教授の指導もあって精度の高い画像が得られています。検査依頼をされる開業医の先生方からの評価も高く,MRIでの依頼件数も増えています」と言う。
藤本技師長はさらに,ECHELON Vegaの導入後の評価として,アプリケーションの豊富さとコンソールを含めた使い勝手の良さを挙げる。「救急の対応がありますので,スタッフ全員がMRIを扱える必要がありますが,ECHELON Vegaは日本語対応なことはもちろん,基本的な検査は誰でも行える使い勝手の良さがあります。また,アプリケーションに関しては,体幹部の全身撮像の画像を自動的に合成するイメージ・ステッチングや下肢造影検査のPV CE-MRAなどを活用しています」
藤本技師長は,「乳腺(MRI,マンモグラフィなど)検査においては,常に当院が最後の砦と考えて検査に取り組んでいます。日本乳癌学会認定施設として,信頼される安心した治療を提供するためにも,ECHELON Vegaで取り組んでいる乳腺MRSは,重要な役割を担っていると考えます」と述べた。
(2012年7月17日取材)