ホームinNavi SuiteGEヘルスケア・ジャパンAdvanced Report MRエラストグラフィ─本邦における初期知見
healthymagination series 2011
Advanced Report No.4
第25回日本腹部放射線研究会ランチョンセミナー2
MRエラストグラフィ─本邦における初期知見
本杉宇太郎
山梨大学医学部放射線科
2000年山梨医科大学(現山梨大学医学部)卒業,同大学放射線科に入局。2007年同大学院。その後,埼玉医科大学国際医療センター病理学教室助教を経て,2009年より現職。 |
第25回日本腹部放射線研究会が6月10日(金),11日(土)の2日間,大阪市中央公会堂(大阪市)にて開催された。2日目に行われたGEヘルスケア・ジャパン共催のランチョンセミナー2では,山梨大学医学部放射線科の本杉宇太郎氏が,「MRエラストグラフィ—本邦における初期知見—」と題して,肝臓疾患の診断におけるMRエラストグラフィの有用性と可能性について講演した。
肝臓疾患の診断において,患者の予後と肝がんの発生率に密接に関係する肝の線維化の状態を評価することはきわめて重要である。肝の線維化は,長い時間をかけて徐々に進行していくが,忘れてならないのは,肝硬変に至っても多くの患者は無症状であるという事実である。つまり,何らかの医療介入をしなければ,早期に線維化を見つけることは困難であると言える。当院では,肝線維化診断を目的として2010年1月から“MRエラストグラフィ”を導入している。本講演では,MRエラストグラフィの使用経験と初期知見について述べる。
■新しい肝の線維化の診断手法
現在,肝の線維化診断のゴールドスタンダードは肝生検である。肝生検は直接的に線維化を評価できる方法であるが,出血などの重篤な合併症が0.5%に発生すると言われており,そのリスクは無視できるものではない。また,肝生検で得られる組織は非常に小さく,これだけで肝臓全体を評価するのは困難であると考えられる。さらに,こうした侵襲的な検査を繰り返し行うことはできない。そのため,臨床医は血液検査の結果から線維化の状態をある程度予測して診療を行っている。しかし,血液検査では早期の線維化を評価するのは難しい。そこで,線維化をより正確に診断するため,画像診断モダリティを用いて肝臓の弾性率を測定し肝の硬さを測る手法,“エラストグラフィ”が開発され,注目を集めている。エラストグラフィには現在,超音波を用いる方法とMRIを用いる方法の2種類がある。
肝の線維化を診断のターゲットとして考える際にぜひ知っておきたいことは,線維化の原因さえ除去できれば,線維化は改善し得るという事実である。たとえ肝硬変に至っても,肝疾患の原因が除去されれば半数の症例では線維化は有意に改善するとも報告されている1)。
■MRエラストグラフィの原理
物質に振動を与えたとき,物質内を通る波の伝播速度(V)は物質の弾性率(μ)と密度(ρ)によって次式のように規定される。
生体では,物質の密度(ρ)は1g/cm3に近似するため,波の伝播速度(V)がわかれば弾性率を求めることができる。ここで,伝播速度(V)=周波数(f)×波長(λ)であるから,ある一定の周波数で肝臓を揺らしてその波長を測れば,弾性率(μ)が求められることになる。
図1は,MRエラストグラフィ(日本国内薬事未承認)の模式図である。振動の発生装置(加振装置)は機械室に設置し,プラスチックのシリンダーのみが壁を突き抜けてMR装置内の被験者まで届くようになっている。加振装置で発生した空気の振動は,シリンダーを通って患者の胸元に誘導され,円盤状のパッシブドライバーと呼ばれる装置が患者の胸壁を揺らす。揺らされた胸壁が肝臓を揺らし,肝臓内を振動波が通過していく。通常のMR画像ではこの体外加振による波を見ることはできないため,プロトンの位相を画像化した位相画像を用いて観察する。双極傾斜磁場を用いてプロトンが振動周期のどの位置にいるかということを位相シフトに転換し,位相画像上で肝臓内を通過している振動波を見ることが可能となる2)。
MRエラストグラフィを行うにあたり注意しなければならないのは,位相画像上で作った波がきちんと浸透しているかどうかを確認することである。人間の体表や肝臓は球形であるため,パッシブドライバーが胸壁を揺らしてできた波は平行には進まず,場所によっては波同士の干渉が起こる。波が干渉している部位では弾性率を正確に測定することができない。そのため,波が平行に進んでいる部分を位相画像で確認し,ROIを設定する必要がある(図2)。ちなみに,MRエラストグラフィの振動は腹水を越えて肝臓を揺らすため,腹水のある症例でも肝弾性率の測定は可能である。
■MRエラストグラフィの再現性
MRエラストグラフィを導入する際の大きな懸念は,評価者によって(つまりROIの置き方によって)測定値に大きなバラツキが出るのではないかという点であった。そのため導入初期120例において,放射線科医と診療放射線技師が別々にROIを設定して肝弾性率を求めその測定値を比較した。すると,2名の評価者による測定値の級内相関係数は0.993であり,一致率は“almost perfect”であった3)。つまり,上述したようにROIの設定方法には一定のルールがあるため,それに則ってさえいれば,誰がROIを置いても高い再現性が得られるということである。
再現性については,Hinesらがさらに詳細な検討を行っており,異なる日にそれぞれ1回ずつMRエラストグラフィを施行した場合,小さい方の測定値の37%を超える変化があれば,有意変化と言えると述べている4)。つまり,2.0kPaの症例が2.8kPa以上,3.0kPaの症例が4.2kPa以上となった場合,その症例は「有意に弾性率が上昇した」と解釈できる。
図3は,初回の肝生検でF3と診断された慢性C型肝炎症例である。初回のMRエラストグラフィでは,弾性率は3.8kPaであった(図3 上)。その直後に,ペグインターフェロン・リバビリン併用療法を施行した結果,2週間でウイルスが陰性化した。1年後の経過観察にて再度MRエラストグラフィを施行したところ,弾性率は2.7kPaと1.1kPaの減少が見られた(図3 下)。これは,ウイルスが消失したことで線維化が改善していく過程をMRエラストグラフィがとらえたものと考えられる。
一方,エラストグラフィにはピットフォールも存在する。図4は,中肝静脈根部の肝細胞がん(HCC)局所再発症例である。肝の線維化はそれほど強くなく,MRエラストグラフィの弾性率も2.5kPaであった(図4 上)。再発病変に対して定位放射線治療(stereotactic radiotherapy:SRT)と肝動脈塞栓術(transcatheter arterial embolization:TACE)を施行した。7か月後に再度MRエラストグラフィを施行すると,弾性率は4.5kPaであり,治療前と比べて2kPaも上昇していた(図4 下)。これは急激な線維化の進行を示しているのではないと思われる。なぜならエラストグラフィの弾性率は線維化そのものを測定しているのではないため,血流やうっ血の影響により高めに測定されてしまうことがありえるからである。おそらく本症例の場合,静脈近傍を治療したことで類洞内圧が高まるなどの現象が起こり,弾性率が高く測定されたと考えている。
図3 初回の肝生検でF3と診断された慢性C型肝炎症例 |
図4 MRエラストグラフィのピットフォール (中肝静脈根部のHCC局所再発症例) |
■MRエラストグラフィの診断能
次に,MRエラストグラフィの診断能を検討するために,当院で病理学的な線維化スコアが確定した143例を対象に比較研究を行った。その結果,線維化の進行に伴って弾性率が有意に上昇していることがわかった(図5)。ROC解析を行ったところ,F1以上を診断する際に最適なカットオフ値は2.5kPa,感度は84%,特異度は100%であった。線維化のステージごとのカットオフ値を大まかに見ると,2.0kPaは正常,2.5kPa以上がF1,3.0kPa以上がF2,4.0kPa以上がF3,4.5kPa以上がF4と考えられ,当院ではこれを目安としている。ここで強調したいことは,早期の線維化については偽陽性はほとんど認められないという点である。図5ではF0の症例が2.0kPa周囲にのみ分布していることに注目していただきたい。
さらに,正診率について血液検査の結果から線維化を予測する予測式5)との比較検討を行った。その結果,MRエラストグラフィは,血液学的な予測式よりも有意に高い診断能を有していることがわかった(図6)。
図5 MRエラストグラフィの弾性率と線維化スコア |
図6 MRエラストグラフィと血液検査の正診率の比較 |
■超音波とMRIにおけるエラストグラフィの比較
エラストグラフィには超音波とMRIの2種類があるが,超音波を用いたエラストグラフィはMRエラストグラフィよりも古くから臨床応用されている。“FibroScan”(Echosens社)では,超音波プローブについた振動子で患者の肋間を揺らし肝内に浸透波をつくる。その浸透波の進行を超音波でとらえる。MRエラストグラフィとの違いは,超音波エラストグラフィで得られる情報が一次元であるのに対し,MRIでは二次元(三次元)の情報が得られることである。なぜなら,超音波では直線上で波をとらえ,MRIではボクセル単位で位相の差として波をとらえているからである。超音波エラストグラフィでは,測定方向と測定波進行方向が平行にならない場合,波長を過大に評価してしまう。そのため測定値が高くなってしまう可能性がある。一方,MRエラストグラフィでは,波がまっすぐに進んでさえいれば,ボクセルに対してどちら側から波が入ってきても波長測定結果に差はない。
当院で超音波とMRIの2種類のエラストグラフィが施行された80例について,その測定値を比較したところ,線維化が進んでいる症例ほどFibroScanの測定値が高くなる傾向があることがわかった。対象80例を20例ずつの4群に分けて検討したところ,線維化が進んでいる患者群(弾性率が高い患者群)では,有意にFibroScanの測定値が高かった。
この検討からではどちらが正しい値であるかを結論づけることはできないが,少なくとも,FibroScanとMRエラストグラフィの測定値を単純に比較して論ずることはできないことがわかった〔注:FibroScanの測定結果はヤング率で表示されるため,原理上MRエラストグラフィの測定値(剛性率)の3倍となる。この違いを補正して比較したとしても,硬変肝ではFibroScanの測定値が有意に高かった〕。
■Gd-EOB-DTPA造影MRIとMRエラストグラフィの併用
近年,腹部MR検査では,ガドキセト酸ナトリウム(Gd-EOB-DTPA)による造影検査が多く行われている。Gd-EOB-DTPA造影MRIは非常に有用な検査ではあるが,検査に時間がかかるため,多くの施設では造影剤投与後にT2強調画像や拡散強調画像を撮像し,できるだけ検査時間を短縮するよう努めているものと思われる。
MRエラストグラフィも同様に,肝臓の信号値は影響しないため,造影剤投与後に施行可能である。実際に,造影剤投与前後の弾性率を比較すると,非常に良好な相関が見られ,画像への影響もほとんど認められなかった。
またMRエラストグラフィは,Gd-EOB-DTPA造影MRIの適応判定にも役立つと考えている。通常,Child-Pugh分類Aの疾患は,肝細胞相における肝実質の造影効果は良好であることが多い。しかし,なかにはまったく肝細胞への造影剤取り込みが見られない症例もある。しかも,事前にそれを予測することは困難である。
われわれは,MRエラストグラフィにて肝細胞相の造影効果不良症例を予測できないかと考え,図7の条件にてChild-Pugh分類Aの181例を対象に検討を行った。その際,肝脾コントラスト比(Liver-to-spleen contrast ratio:LSR)が1.5以下の場合は造影効果が不十分と定義した。MRエラストグラフィの測定値に加えて,血液学的検査の結果なども検討に加えてLSRとの比較を行った。まず,LSRの分布を見ると,実に9%の症例で1.5を下回り,肝の造影効果不十分と判定された。LSRと各種パラメータとの比較では,いずれも有意な相関が認められた(図8)。不十分な造影効果が予見できるかどうかという観点から,多変量でロジスティック解析を行ったところ,有意差が認められたのはMRエラストグラフィだけであった(図8)。結果から,肝の弾性率が1kPa高くなると,造影効果が不十分となる可能性が2倍高くなると解釈できる(図9)。
図8 図7のLSRと各種パラメータとの比較 |
図9 MRエラストグラフィの弾性率と造影効果との相関 |
■まとめ
早期に肝の線維化を診断するために,MRエラストグラフィはきわめて重要なツールになると考えられる。
●参考文献 | |
1) | Bataller, R., Brenner, D.A. : Liver fibrosis. J. Clin. Invest., 115・2, 209〜218, 2005. |
2) | 本杉宇太郎, 市川智章, 荒木 力 : MRエラストグラフィ. 映像情報メディカル, 43・1,32〜38,2011. |
3) | Motosugi, U., Ichikawa, T., Sano, K., et al. : Magnetic resonance elastography of the liver ; Preliminary results and estimation of inter-rater reliability. Jpn. J. Radiol., 28・8, 623〜627, 2010. |
4) | Hines, C., Bley, T., Licdstrom, M., et al. : Repeatability of magnetic resonance elastography for quantification of hepatic stiffness. J. Magn. Reson. Imaging, 31, 725〜731, 2010. |
5) | Shin, W.G., Park, S.H., Jang, M.K., et al. : Asparate aminotransferase to platelet ratio fibrosis in chronic hepatitis B. Digestive and Liver Disease, 40・4, 267〜274, 2008. |